75話 ほら。お前らが好きな水着だ。

 ♡


「なんか一言」


「…………………その乳分けて欲しい」


「それはまさしくっぱいですね」


「言うんじゃなかった…………」


 プールサイドでそんな下らない会話をしていた。ちなみに個人的に、大胸筋が発達した雄っぱいよりつるぺたの方が好きです。


 『YO!SEY!夏が胸を刺激する♪ナマ足魅惑のマーメイド〜♪』は私ですバリに素肌が露出している水着に着替えたはいいが、見せる相手を完全に間違えた。こいつは私より美脚やわ。


 普段から手入れしてるのは私も同じなのだがやはり筋肉か、どちらかと言うと筋肉質な私の足は、健康面として見ればまさるが触りたいかどうか票を取ったら負ける自信がある。


 否、負ける自信しかない。なんでこんな白くて、すらっとしてて、すべすべなん?


「…………………ぴっちりした競泳水着だったら、私のデッサンが多少捗るんだが」


「誰がやるか」


「妄想の中の龍斗くん」


「…………逃げて欲しい。脳内だとしてもどうにかして逃げて欲しい。彼の貞操が破られる前に」


「想像の自由は国民権利の一つであるぞ」


「じゃあ声に出すなや」


「そいつはごもっとも」


 まぁ、リアルだと絶対あり得ないんだけどね。だから、妄想の中で我慢している。ただ、今の一瞬で競泳水着姿の龍斗くんと、その水着が破けるところまでは妄想、間違えた想像したけどね。ぐふふ。


 武田の水着はなんの色気もない紺色サーフパンツ。もーちょっとさー、ブーメランとかフンドシとかにしろよ面白くねぇなー。それは妄想したくないけど。


「……………………」


「……………………」


「……………………」


「……………………」


「…………これなんの時間?」


「こっちが知りたい」


 ずっとメンチ切ってくる武田にメンチを切り返していたら変な質問をされた。どうやらメンチを切ってるわけじゃないらしい。


「…………お前が泳ぎ方教えてくんないと、俺何もできないんだが」


「あぁ、そっか」


 こいつカナヅチだったわ。


 私も武田も、とりあえずプールに入るが、普通に足がつく。小中学生や赤ん坊なら海と変わらんのだが、我々高校生にとってはでっかくて冷たい風呂。


 試しに背を水に任せて全身の力を抜く。いわゆる脱力の呼吸、壱の型、海月クラゲという奴だ。多分違うね。


「……………………あ"ぁ"…………」


「今の声、風呂入ったオッサンと同じ」


「需要のないASMRだな」


 ぷかー。


 このまま足をバタバタすれば泳げるのに、なんでこいつは泳げないんだ?結構簡単やぞ。


 そして、ふと気になった事を武田に聞いてみた。


「……………あんさ、カナヅチって金槌?」

「はぁ?」


「だからさ、工具の金槌と泳げない人のカナヅチって一緒なのかなーって話」


「なんだ喧嘩売ってるのかと思った」


「あ、じゃあついでに売っとくわ」


「返品しまーす」


 ビシャ。


 プカプカ浮いてる私の顔面に、つまりはゴーグルもかけていない無防備な乙女のフェイスに、手で波を作ってかけやがった。


「テメェ何すんじゃボケェ!!!」


「さっさと教えろ」


「それが人にモノを頼む態度ですか?あ?」


「お前だって人のこと言えねぇだろ。そこにいたスタッフの海パンガン見して」


「……………………………見てないし」


「…………はぁ、…………こいつ1人できてたらどうなってた事やら……………」


「さっさと泳ぐぞ!!その為に来たんだろうが!!」


「そうだな。決して海パン一丁のスタッフや大学生を見に来たんじゃないよな」


「そうだよっ!!!」


 というか今のはプールサイドを素通りしたあの2人組が悪い。私が反射的に反応しちゃうのも悪いんだけどさ、君たちも見えやすい位置を横切らないで欲しいなぁ!!妄想捗らせてくれてくれてありがとうじゃなくて、そのせいコイツに気づかれただろうが!!


「…………とりあえず、そうだな。………浮く練習からかな?」


「なぜ疑問形?」


「そんなん教えた事無いからだよ!」


 こちとら自然と引っ張られる目線誘導から必死に抵抗してんだ!そんな細かいとこ指摘すんな!


「おやおや、初めましてですか。これはこれは、テメェさんも童貞でしたかなるほど」


「せめて処女って言え!!」


 てかこんな事大声で言わすな!誘導尋問だ!


 反論したり海パンのお兄さんを見たい欲求を堪えたり、ついでに金槌とカナヅチは後ほどググるしか無いと考えたり、色々と忙しくしている私をしばらく見ていた武田は、棒立ちの状態で微動だにしなかった。


「………………んだよ。何か文句あるか」


「いや、文句はないけどさ。質問」


「それは文句では?」


「…………………どうやって浮くの?」


「………………………」


「………………………」


「…………………スーパーこれなんの時間」


「まじめに教えろや!」


 浮けないんですか?カスですねーと煽りたいのは山々だが、ここで煽ると100倍になって返ってくる気がするので、ここは穏便に。


「うーん…………。こう…………、ふにゃーって感じにして」


「どう言う感じだよ」


「えーっと、…………………ケ○タッキーの骨無しチキンになり切る感じ!」


「…………お前教えるフリして煽ってんだろ」


 バレたか。


「とにかく!………あの、……………こう、…………なんつーか、……………その、…………アレだ!!」


「なんだ?」


「脱力!」


「脱力?」


「そう!全身が硬くなっちゃうから沈むんだよ!力抜いて、ふにゃふにゃーな感じで!陰部だけ硬くする感じで!」


「最後のは絶対違う」


「まずやってみ!」


「最後の以外ね」


 されたら今近くで潜っている人ガン見するだろうな。何か妄想捗った。


「………………………」


「………………………」


「………………なにしてんの?」


「………………死なないこれ!?」


「………………は?」


「無理じゃね?出来ないんだけど!?」


「できるわ!……………ほら」


「………………なぜ沈まない」


「………………なぜ浮けない」


 微動だにしない武田の代わりにお手本。


 もう一度脱力の呼吸、壱の型をしてぷかーっとラッコ状態になる私を、眉をしかめて見つめる武田。それを見て私も眉をしかめる。まさしくメンチの切り合い。


「………………よっと」


 腰を折り曲げてベットから起き上がるように立つ。それを見てさらに眉をしかめる武田。その武田を見てさらに眉をしかめる私。


「………………何これ」


「…………私が教えてほしい」


 燦々と太陽が夏を彩る市民プールにて、高校生男女にしては似つかわしくない空気が流れていた。いや、プールだから空気じゃなくて冷水が流れていたの方が正しいのか?

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