72話 薄っぺらい約束
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夏休みが始まったような始まってないような、そんな終業式の放課後は、意外にもすぐに帰る生徒は少ない。ほとんどの人が教室に残り、友達と駄弁る。
ようは、別れを惜しんでいるのだ。
毎日毎日飽きるほど呆れるほど顔を合わせて、どうせ夏休みが始まったらまたすぐに会うくせに、まるでこれが永遠の別れとでも言うように、いつもの倍近く雑談に力が入る。
卒業式の時になったらどうすんだよお前らと、バカにするように言うこの俺も、本当は人のことを言える立場ではない。
なぜなら俺は、これから海鷺さんと放課後デートなのだから。別れを惜しむのが校内か校外かの違いだけ。
共に時間を育てた分だけ、離れるのが辛くなり、故にメンヘラとかヤンデレが生まれるのかと、よくわからない脱線をしているのですが。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「なんか久しぶりだね〜」
「クラス違うから基本あわないしな」
「それそれ。体感は一ヶ月ぐらいなのに、実際には22話離れているから、変な感覚だよね〜」
「………その体感と実際さ、逆じゃね?」
会ってないとそんなもんだという話。
ってか突っ込みどころはそこじゃなくて。
「あんさ可那さん。なんで今から学校入んの?」
可那は校門の外から話しかけてきた。
校門で待機していた俺に、生徒玄関側からではなく道路側から。下校ではなく登校。
「遅刻したからだよ〜」
「うん。それを聞いてるんだけど」
「教科書とかワークとか、宿題取りに来た」
「……………質問と解答が噛み合ってねぇ」
宇宙人と会話してるみたい。ワレワレモ、オマエモ、チキュウジンデ、ヒロクミレバ、ウチュウジンダ。狭く見たら日本人。
「あ、そうだ!この後遊ばない?今日はもう予定ないしどっか寄ってこうよ〜」
「あー、悪い。先約あるんだわ。……すまん」
「そっかー。………そーだよね、じゃないと校門で待ち合わせなんてしないもんね〜」
「ほんと悪い。今度でいいか?」
「いいよ〜。って言っても今度がいつになるかわからないんだけどね〜」
基本的に「今度行く」の「今度」は永遠にやってこないのがセオリー。行けたら行く奴は100%来ないのセオリー。
「じゃあさ、スケジュール空いたら教えて。絶対行く」
「あはは。律儀だね〜、后谷は」
「律儀か?」
実際可那と遊びたいのは事実だし、出番が少なかったのも事実。せっかくの夏休みなので親睦を深めたいのだ。
「んじゃまたね〜」
「おう」
相変わらずマイペースというか身勝手というか。まぁそれが彼女の魅力でもあるのだが………って何考えてんだ俺は。海鷺さんという心に誓った人が居ながらうつつを抜かすとは。
「お、お待たせしました………」
「いや、全然待ってないよ」
一瞬で切り替えイケメン彼氏のテンプレ返事をしてみたが、先程のやり取りのせいで、後ろめたさが発生し、浮気した彼氏みたいだ。これではキザなセリフを吐くクソ男にしかなっていない。おのれ秋常可那。罰として今度マックシェイク奢れ。
海鷺さんは走ってきたのか、少し息を荒立てて話しかけてきた。そんなに急がなくてもいいのに。危うく可那と鉢合わせて修羅場と化してしまうなんて、浮気思考が完全に定着している証拠だ。
「それで、どこに行くの?」
「はい。実は前々から気になっていたお店がありまして………」
そう言ってスマホを取り出す海鷺さん。
インスタかTwitterか、どこから引っ張ってきた写真かはわからないが、そのスマホに映し出された写真は。
「…………………マジ?」
「マジです」
興奮気味も可愛い海鷺さんが見せてくれたのは、オシャンティなパンケーキの写真。
聞くところによると最近オープンしたらしく、あの「たいがーどらごん」こと都楽くんが長文のTwitterをし、いわば珍しくオススメしたようだ。
それを本人から直で聞いて、いてもたってもいられなくなり、放課後に行くという話になったのだ。俺を誘ったのは、ほぼおまけ。うぅ、悲しみがぴえん。
そして何よりぴえん要素が強いのが。
「…………オ、オイシソーダナー」
「ですよね!?」
見るからに甘ったるいメープルシロップとチョコソースのかかった、二段重ねのパンケーキ。いわば脂肪と糖の玉手箱。開けたら激太り間違いなし。
海鷺さんはどうやってその体型をキープしているのか。羨ましくもあり妬ましくもある。
ただ一つ、ここで言える確実なことは。
「じゃあさっそく出発です!!」
「うん。行こっか」
選択肢など一つしかなく、そして夏休みしょっぱなからハードになるという事。
ただ一つじゃねぇな。ここで言える確実なことは三つあったな。
もう一つは今日帰った後、体重計に乗ったら悲鳴を上げること。これ確実。
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