第四章
71話 おっひさー
♤
アブラゼミがうざい季節になってきた。
一週間しか生きることのできないセミに対して、なんでそんな悪態をつくんだと、愚痴る俺に説教したい者はそこに整列し、耳の穴かっぽじってよぉぉぉく聞け。
セミの抜け殻って見たことあるよなお前ら。アレはいわばセミの幼虫で、奴らは基本的に地中で生活して、セミとして羽ばたく時まで樹液を吸って、何度も何度も脱皮を繰り返し生きてるんだ。
もうわかっただろ。
あいつら一週間の命じゃねぇんだよ。バリバリ地中で生きてんだよ。木の根っこかじって伸び伸び生きてんだよ。
だから可哀想でもなんでもない、ただうるさいだけの昆虫なんだよ。
他にも鳴くセミはオスのセミだけで、求愛のサインらしいく、鳴き声が大きければ大きいほどモテるとかいうどうでもいい雑学はおいといて。
本題に参ります。
「今回の補修者は以上だ」
本日は、補修発表日。
久々のご登場、担任の星草先生はいつものいや、いつも以上の気怠さ満点トーンで呼びかける。夏の暑さで、気怠さに磨きがかかっている。
「今呼ばれた出席番号の生徒は、それぞれの補修日に学校へ来て、担当教員の募集を受けてください」
あくびを噛み殺しながら喋る先生だが、クラスメイトも気が抜けている。補修者の一部を除いて。
今日が補修発表日なら、つまりは学期末テストを終えた日時であり、もうしばらくすれば、そう。
『夏休み』
朝のラジオ体操なんてクソみたいなイベントは含まれない、高校生らしい自由な夏休みが訪れるわけだ。クラスメイトの落ち着きのなさにもうなずける。
「あ、そうそう。夏休みの課題だが………」
そこは忘れてていいよ。思い出すなよ。
「お前ら愛されてるな。各教科の先生がたーんまり出してくれたぞ」
「………………………」
クラスの連中はガヤガヤとし「ありえねー」とか「マジ最悪」とか呟いている。
「そうなるだろうなーって思ったから、俺の現代文はプリント一枚にしたわ」
あら神様。
「これでやってこなかった奴は、マジ超減点だから覚悟しておけよー」
あら悪魔。
「んじゃこれでホームルームおしまい。この後終業式だけど…………まだ時間あるし、課題配りますかー」
そう言うと先生はプリントを一枚一枚めくり、一列分のプリントを束にして、その席の最前列の子に渡していく。最前列の子は一枚とって後ろへ、次の人も一枚取って後ろへ。全員が本当は取りたくないと思っているだろう。俺もその1人。
汗にじむ夏かつ、若い教師なのに手に油がなくてプリントをめくるのに苦戦している先生。ハンドクリーム貸したげようか?
そのまま宿題をファイルに入れてバックに詰め込み、しばらくして終業式が始まった。
夏休み中に部活動で大会に出場する生徒や、一学期中に検定とかを受賞した生徒が表彰される中、俺も先生同様あくびを噛み殺しながら見ていた。隣のやつガッツリ寝とったけどな。
その後、校長先生のありがたーいクソどうでもいい話を、またしてもあくびを噛み殺しながら聞き流し、生徒会長の始業式よりかは緊張がほぐれたお話も聞き流し、現地解散で体育館からわらわらと教室に戻った。
星草先生はあまり堅苦しいタイプの教師じゃないから仕方ないのだが、
「んじゃ明日から夏休みだな。お前らくれぐれも馬鹿やらかさないように、また一ヶ月後…………補修者は数日後に会おうなー」
と言って教室を出て行った。
相変わらずテキトーというか緊張感がないというか。まぁ嫌いじゃないけどさ。
ガヤガヤとし始め帰宅の支度をしたり、友人と駄弁ったり、各々夏休みに向けて期待を膨らませている中、俺は後ろの席に腕組み枕で寝ている野郎にデコピンした。
「いっ………………何すんだテメェ……………」
「目覚ましアラームだ。帰るぞ」
「…………なんでお前と帰らなきゃならんのだ」
「帰れるぞ。……これでいいか?」
「よろしい」
「何様のつもりだよ………」
起こしてもらった分際で……。
「ほら、推しのところ行って夏休みの予定立ててこい」
「イエッサー」
その一言で眠気が吹っ飛んだようで、砂流は都楽くんの方に歩いて行った。あれが本能の赴くまま行動する獣の図か。
とはいえ。
夏休みに好きな人とぱーっと遊びたいのは俺も同じ。さっさと荷造りして、放課後にでも遊ぼうかしら。
「あのー、武田さん」
「うぉっ!!ビックリした………」
「す、すいません!驚かす気はなかったんですけど………」
まぁ百割演技なんですけどね。彼女が近づいてきて下さったのは、この美少女アンテナで一足先に察知していただきましたでそうろう。何語だこれ?
「どうかした?」
わかってて聞く奴、俺。
「は、はい。この後お時間ありますか?よかったら、どこか寄っていきませんか?」
「うん、行こ!」
二言の二つ返事。NOなんて選択肢はそもそも存在しない!
「ありがとうございます。あ、でも、ごめんなさい。…………ちょっと待っててもらえませんか?自分から誘っておいてなんですが、その、…………星草先生に用事がありまして………」
「うんいいよ。待ってる。ずっと待ってる」
私、まーつーわ♪いつまでもまーつーわ♪ちょっと古いか。
「校門で待っててもらえませんか?用事が済んだらすぐに行きますので!」
「わっかった」
校門というワードに引っかかりそうになったが、なんとか堪えた。俺は砂流とかいう変態ではないのだ。
海鷺さんは自分の席に戻り、机からノートを取り出すと急ぎ足で職員室の方へ向かっていった。
あぁ、健気で可愛い。あんな生徒を持つ星草先生を、嫉妬に狂って刺さないように、俺は課題やらワークやらが入った鞄を肩に掛けて教室を出た。
学校の校門で待ち合わせして、寄り道しながら帰るなんてデートみたいなんて、そんな考えがよぎった瞬間、自然と階段を下る俺の足は高速になった。
下駄箱をオープンして靴を取り出し、いつも通り等価交換の上履きを入れようとして、止まる。ここで放置すると洗う機会が消えてしまう。そして夏休みの間はクソむれた空間に放置され、9月の頭にはソレを履かざる終えなくなる。
それを見越して取っておいたコンビニ袋に上履きを突っ込み、空のまま下駄箱を閉じる。
外履きを地面に叩きつけ履き替え、言われたとおり校門で待機していると、
「おっ待たせー。待った?」
「現在進行形で待ってる」
「そこは過去完了形に変換しようよ」
「無理。可那とは待ち合わせしてないからね」
「あっちゃー。振られちゃったねー」
「振ったつもりはないけどな」
待ち合わせで待っていない人がやってきた。だからといって悪いという訳じゃない。むしろいい。俺の周りに美少女が集まるのはどこぞのハーレム主人公みたいで悪くない。
「久々の登場、可那ちゃんだよー☆」
「…………誰に言ってんだ?」
「読者!!」
「ぶっちゃけたな」
出番が少なかったのが不服なのか、それを空元気に、しいつもよりテンションの高い可那さん。これは俺が振り回される流れ。
作者さん。彼女の登場回数もうちょっとでいいので増やしてあげて下さい。じゃないとストレスで俺の胃に穴が空きます。砂流一人でも穴が空くのに。
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