64話 私服の時間=ブドウ糖

 ♡


 あんまぁはぁぁ………。


 調理実習の時とはまったく違う、素人とは比べ物にならないプロの作り込まれた甘さが、体全体に染み渡るのを感じる。砂糖やクリームの一つ一つが分解され血管に流れて細胞や脳に届き、「甘い!!」という感想が運搬されてくる。口に運ぶたび私の中の私達がブドウ糖の過剰摂取で頭パッパラパーになるのがわかるが、それでも手を止めない。そんなことで止まらない。止まるんじゃねぇぞ。


 思えば肉体改造レベルまで仕上げたこの身体になって以来、食事はタンパク質をメインに、糖や脂質をなるべく避けてきたせいか、やたらとブドウ糖が染み渡る。なるほどこれがリバウンド心理か。


 どんなに体を鍛えようと、どんなに男装を仕上げようと、心は乙女なんです。


「すご……。………吸引力の変わらない掃除機みたいに、皿の上が綺麗になっていく………」


「………結構お食べになるんですね」


「まぁね」


 私、心は乙女なんでごわす。


「……………………太るぞ」


 ぼそっと言った武田の発言を私は聞き逃さなかった。


「……………武田サァン。なんか、言いました?」


「いんや、よく食べるなって言った」


 嘘だ。ぜってぇ嘘だ。こいつ女子に言ってはいけないワードを確実に言いやがった。小説の世界だからな!証拠は「」で残るんだぞ!よし、そうと決まれば今すぐ死刑執行だ。これ食い終わったら。


「………私お水取ってきますが皆さんも要りますか?」


「あ、私欲しいな。………………海鷺さんのお水」


 あ、お巡りさーん。コイツでーす。


「僕はいいかな。後でメロンソーダでも入れるからいいよ」


「俺も水欲しいけど、グラス三つは大変でしょ?一緒に行くよ」


「いや、それなら私が」


 ニヤリ。


 武田が立候補するのは予測済み。むしろそれを待っていた。


「武田さんはゆっくり食べててよ。ついでに追加の料理も取りたいしさ」


「……………………チッ」


 よっしゃ勝った。勝ち申した。


 今日は糖分があるから脳が回るのかな。言葉の入り返しで武田を切り刻むのは楽しいなぁ。


「じゃあ行こっか海鷺さん」


 武田を置いて。


「は、はい……」


 あー。振り返らずとも目に見えるぞ。歯軋りする武田が。目の前に龍斗くんがいるから表情には出さないが、私に妨害されてメラメラと怒りのボルテージをアゲアゲしてるのが。


 私は自分の皿を片手に、海鷺さんとグラスを取りに席を立った。


「あの、砂流さん。ありがとうございます」


「あぁ気にしないで。あくまでついでだし」


 追加の料理を取るという口実で、武田への嫌がらせのだから。


 ホールに足を運んで色々と物色する。片手が空いているうちに皿に盛り付け、最後にグラスを片手に持って帰る算段だ。


 カッププリンやカップケーキは可愛らしいが、案外スペースをとるし食べにくい。皿に盛り付けてわざわざ手にとって食べるのは、ナイフとフォークで切ったステーキを箸で食べるのと同じ感覚だ。


 しかし食べる。だって美味しそうだもの。


 ここで食べずにいつ食べるのか。だいたいバイキングで我慢するなどアホのやることだ。好きな物を好きなだけ食べるべきなのだ。後でヒイヒイ言いながら乗る体重計は地獄だがな!


 マカロンを二つ追加。


「……砂流さんって、なんだか女の子みたいですね」


 ドグスァァッ!!!


 今漫画の吹き出しが私の心臓を貫いた気がする。なんならヤムチャ化した。


「そ、そう……?」


「あ、いや、その!誤解しないでください。何というか、あの、…………選ぶお菓子が、女々しい感じがしたので……」


 グサッ!グサッ!!


 急所に当たった!効果は抜群だ!


 女の子が女々しいのは、男に男らしいというのとはまた別だが、間違ってない例えではある。しかし私に言いますか?絶賛男装中の私に。いや、普段なら嬉しい褒め言葉だよ?でもそれは女の子の状態であって、今求めてないの。


「ま、まぁね。ほら、たまには甘いものも食べたくなる、的な?」


 苦し紛れにそんな言葉を吐いたが、正直言ってさっきの言葉が突き刺さって致命傷です。もっと男子高校生らいしもの食ったほうがいいかな?あそこのオムライスとか?いやでも私そこにある杏仁豆腐食べたいねん。あとチーズケーキとモンブラン。


「いえ、いいと思いますよ!?その、どうかお気を悪くなさらないでくださいね!?」


「いや全然気にしてないから。うん、大丈夫」


 たぶん彼女は素で言ったのだろう。それで私の反応があまり良くないものだから、気を使わせてしまったわけだ。なんだろう、とてつもなく心が痛む。


 どうしよう。私もサンドイッチ食べようかなぁ。スイーツバイキングのはずなんだけどなぁ。何しに来たんだよ私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る