63話 本日のメインイベント

 ♡


 どの口が言ってんだ。お前だって海鷺さんの魅力に耐えきれず「手を横に〜♪あら危ない〜♪あったまを下げればぶつかりません〜♪」してんじゃねぇか。


 私は武田に聞こえるぐらいの音量で、


「屈伸ならすぐ立ち上がれよ武田」


「やかまし。地面にいるアリにファンサービスしてんだよ」


「お前の太ももドアップとか需要ねぇだろ。早よ立てや」


「お前こそ立てや」


 同じぐらいの小さい声が返ってくる。


 そんな様子を心配して龍斗くんも海鷺さんも気にかけてくれる。


「ほんとに大丈夫?二人とも。………今日は暑いから水分補給はこまめにした方がいいよ」


「私、何か買ってきましょうか?」


 二人ともやさすぃ。


 そうだよね。いきなり二人してしゃがみ込んだら何事かと思うよね。そして顔も合わせずにヒソヒソ話し合ってたら何事かと思うよね。武田一回死んだ方がいいと思うよね。


 スクッと立ち上がり鍛え直したイケヴォ(ここ重要)で受け答え。


「大丈夫。俺のはただの貧血で、武田のは長めの屈伸運動だから」


 つられて武田も立ち上がるが、まったくもって大丈夫そうじゃない。


「うんうん平気だよ。まったくもって平気だよ。俄然平気だよ。まだしも平気だよ」


 平気じゃねぇよ狂気だよそれ。とりあえず海鷺さんのファッションを目に焼き付けるのやめろ。焦げて眼球だけ熱中症になるぞ。


「そう?ならいいんだけど………」


「何かあったらすぐに教えて下さいね。何でもしますから!」


 おいコラてめぇ!「今何でもって言った!?」って顔するな!口角を上げるな!脳内でイメージを膨らませるな!


 何も言わなくても何を考えてるかわかるとは、いつからテレパシーを手に入れたんだ私は?でもこいつピンポイントでしか使えないのは残念すぎるぞこれ。


 私はもっと龍斗くんと絡みたい(物理的にも)のを必死に我慢して、通報されたら即アウトの危険人物の暴走を止めるべく、


「と、とりあえずここ暑いし店行かね?たぶん開いてる頃だろうしさ」


先手を打って、問題を先送りにした。


 今日のこいつはやばい。いつもの私を客観的に見ているようだ。いや私はこんなにやばくない。もうちょいマシだ。……と思う。


 大好物を前にして「待て」を言われた飼犬のようにソワソワしワナワナと震える落ち着きない武田を横目に私は思った。


 今日はツッコミ担当かな?



 ♤


 いいや俺がツッコミ担当だ。ボケ担当の座には座らないぞ。


 道中の十分な時間と店内のクーラーの涼しい風を受けて平常心を取り戻した。まぁ可愛いのは変わらないんですけどね。はい。


 今更気づいたが、都楽くんもなかなかいいファッションしている。


 ロング丈の白シャツにコーチシャツ。黒のスキニーパンツというラフな格好で、海鷺さんのようなデートコーデではなく「ちょっとお出かけ」ぐらいの服装。チャラチャラした小物は一切付けず、スマホと財布をポケットに突っ込んでバッグは持たない。


 ラフでスマートなファッションは都楽くんの性格をデッサンしたように、彼らしい仕上がりになっている。


 それをストライクゾーンで撃ち抜かれたどっかの誰かさんは何故か仏の面持ち。


「すべての食材と命、出会いと運命に感謝して、ラートム」


「他作品の言葉を引っ張るでない」


「あの漫画マジで面白かっただからしたがないだろ。……今度二次創作を」


「この話やめ!お偉いさんに怒られる!」


 砂流の二次創作なんて風評被害だよ。先生にマジで怒られるよ。お前をラートムしてやろうか。


「……………えーっと。龍斗、解説をお願いしても……」


「この会話には入らない方が吉。ノーコメントで」


「………わ、私だけついて行けてない……」


 むしろここに関してはついてきて欲しくないのだが、都楽くん何気にご存知の様子。


 土曜日の昼時なんてどの飲食店も大混雑だろうが、あまり混んでないのがこのお店。スイーツバイキングなんて女子しか来ないし、こんな早い時間に来る客は普通にラーメン屋とかに行く。


 よく女子会を開くおば様方は血糖値が爆上がりして死にかけるので、ここにはほとんどこない。かと言ってこんな開店直後の昼より朝に近い時間に砂糖菓子を食べたい若者も少ないので、自ずと店内は冷風の通り道が多々ある。


 ピークはやはり3時のおやつタイムだろうか。早めに来ておいてよかったー。ここでクラスメイトにあったら面倒………ってほどでもないな。女装してるし。大丈夫だ、問題ない。


 俺たちは大皿小皿に各々が食べたい物を食べたいだけ乗せて、自分だけのピラミッドを作っていた。


「…………なんか朝食みたいだなお前んの」


「うるせ。筋肉無ぇのに脂肪つけたら、落とすの大変だろうが」


 俺はスイーツではなくサンドイッチを皿にいくつか乗せていたら、砂流が茶々を入れてきた。


 スイーツバイキングといえどデザートしかない訳では無い。メインはスイーツやフルーツの映え映えデザートだが、サイドメニューも意外に豊富なのだ。とは言っても俺もさっき知ったんだけどね。


「朝飯は食わない種類の人間なんだよ俺は」


 そう反論してまたもう一個サンドイッチ。


 海鷺さんにはちょっとダイエット中とでも言っておこう。そうすれば怪しまれないし。


 いや待て。それだとケーキを大量に盛り付けた海鷺さんが俺の皿見て失望するかもしれない。妙な罪悪感を感じて海鷺さんの箸(スプーン?いやフォーク?)が止まってしまうかも知れない。


 彼女から誘ってくれたにも関わらず俺がスイーツを食べていなかったら、「あまり嬉しくなかったのかな?」と勘違いさせてしまう。不必要な気を使って二度と誘ってくれなくなってしまう。


 例えこの先こちらから誘っても、気遣いな人だから「気を遣ってくれてるのかな……」なんて思っちゃったりしちゃうのかもしれない。


 仕方ない。ググるか。


「…………………………」


「………何してはるんどすえ?」


「ケーキ100gに対するそれぞれの摂取カロリー」


「…………………何故ゆえ?」


「へー。抹茶は微妙なんだ」


「あ、聞いてないなこいつ」


 ふむふむ。モンブランも結構エグめなんですね。一見健康そうな抹茶も、クリームや砂糖の使う量は他のケーキとさほど変わらないらしいからショートケーキでもよい。


 うーん。では味の好みで。


「抹茶ケーキ食うの?」


「背に腹は変えられん。仕方ないことなんだ。でもま、いざとなったら……」


 俺はトングで挟んだ抹茶ケーキを皿に乗せた後、そのトングを砂流に向けて、


「これ食ってくれ」


「…………何のために来たんだお前」


「そりゃもちろん好感度アップイベントをしに来たんだ」


「帰れよ」


 そうだな。カロリーを蓄えたくない奴が来るところじゃないもんなここ。


 でもさ、お前こそ似たようなもんだろ。都楽くんとイチャイチャしたいだけだろ?帰れよ。

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