62話 ダブルデートもどき

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 案の定という言葉が今日ほどしっくりきた事はない。何から何まで予想通り、案の定だ。計画など立ててないけど計画通りだ。


 クーラーガンガンのカラオケ部屋から出たら、当然のように外が灼熱地獄と化すのは目に見えていた事が、これほどまで辛いとは思わなかった。


 幸いなことに、本当に幸せすぎる幸いな出来事に、駅前でタイミングよく海鷺さん達と合流した。


 そしてその仕草、ルックスに度肝と骨を抜かれ、骨抜きになってしまったのだ。元から骨抜きという話は置いといて。


 そういえば先日ケンタ○キーで注文待ってたら、店員さんが「骨無しチキンのお客様〜」と言ってて笑い堪えるのに必死だったことも置いといて。


 なんの話だっけ?まぁいいや。


 とりあえず過去回想です。





「2人着いたっぽいぞ」


「うっし、イケボ作るか」


「無意識にできないのか。まだまだだな」


「うっせー」


 まぁ、体質的には男が出す女声よりも、女が出す男声のほうが難しい気がするが。男は基本的に裏声と地声の境目を探り当てるのだろうが、女はそんな簡単な話ではない。


 そもそも裏声だとさらに高くなってしまうし、地声でカバーできないから難しいのかもしれない。だからなんだって話なんだけどさ。


 カラオケの代金を一円単位で割り勘し、戻ってきた駅前はまぁまぁ混んでいた。


 ベンチや花壇に腰掛けてる人はちらほらいて、「座れるとこないなと」思ったが、海鷺さんと都楽くんが駅のホームから出てきた瞬間に、「座る必要などない。むしろ立っているべきなのだ。みんな目上の人が現場入りしたら立つだろ?誰だってそうする。俺もそうする」と見事な脳内論破をして、


「あっ!海鷺さんこっちこっちー!!」


 と俺は大きな声で手を振った。無論先ほどまで鍛え直していた女声でだ。


「おはようございます。と、言ってももうお昼時ですけど……。龍斗の夜行性を甘く見ていました」


「うんん、全然大丈夫。私たちもさっき来たところだし。ね?砂なが……」


 話をふろうとしたらそこには、なんと。


 どこぞのロリバンパイヤばりにカリスマガードに似た状態で、すなわち駅前という公衆の面前で、いい年した高校生が、顔に手を当ててうずくまり、現代アートのオブジェクトと化していたのだ。


 すなわち、砂流だ。


「何してん……」


「………尊みが、………尊みが溢れ出て死にそうなんです……………」


「…………それに関しては激しく同意」


 わかる。わかるよ。かわいいもんね。でもさ、俺(心の中で)下唇から血が出るくらい噛んで自制心働かせてたんだから、お前もちょっとは我慢しよ?


 手短に、率直に、端的に言おう。


 可愛い。以上だ。


 異常で以上だ。


「…………でもそこにいられると邪魔だからとりあえず立とうか」


 無理はないとは思うよ。うん。それでも少しぐらい平常心を装えよ。速攻で状況反射してんじゃねぇよ。


 2人の格好ははっきり言って可愛いのだ。可愛すぎる。その一言で十分なのですが、それでは伝わらないので解説タイム。


 海鷺さんは白の肩出しワンピースという王道かつ最強の装備。ショルダーバッグは主張弱めでありながら服に合わせた明るいカラーで、素足がのぞくコンフォートサンダルも服と同じ白。全体的にさっぱりした夏らしい服装だが、あくまでも海鷺さんがメインであると主張されている。尊い。


 よく街中にいる「服に着せられている、引き立てられている人」はぜひ見習って欲しい。


「え、えっと、……武田さん」


「はい。なんでしょう」


 見惚れていた。そして危うく天国に行きかけた。いやもしかするとここが天国の可能性も無きにしもあらず。ここで死んだとしても、我が生涯に一辺の悔いなしと堂々と公言できる。


「………その、これ、………似合って、ますか?」


「おぅふ…………」


 卑怯っすよ、もう。


 そもそもね、この状態でなくても、いつもの制服姿ですら脳死する破壊力を持つというのに、ばちくそ似合うワンピースを着てなおかつ照れながら感想を聞くとか、最高かよ。最高だよ。ありがとうございます。


 いやまぁ、制服には制服の素晴らしさはあるし、完成された完璧コーデではあるんだけどさ、そこからのギャップがよ、……………あぁ、素晴らしい。やっぱりもう俺死んでもいいかもしれない。


「似合ってます。バチくそ似合ってます」


 もう少しで七夕だけど、短冊程度で願いが叶うのなら俺の願いは、今目の前にあるワンピースになりたい。異世界転生したら目の前ワンピースになりたい。


 しかし服に嫉妬する日が来るとは思わなかった。案の定の外、つまり案外だ。


「よ、よかったぁ………。似合ってなかったらどうしようかと思いました。実はこの服、以前龍斗に選んでもらった服でして……」


 以前というとあの時のやつかな。俺と砂流が勘違いをしてストーカーもとい、セルフボディーガードをした時。


「すっごく似合うよそのワンピース。うん、とっても可愛い」


 もっと言えばお持ち帰りしたいぐらい可愛いですよ。テイクアウトは可能でしょうか?


「あ、ありがとうございます。その、何というか、………そこまで褒めてもらえるとは思ってなかったので、その……、ちょっと恥ずかしいです…………」


「あ………ぁ………」


 その言葉を脳内で解読した瞬間に、俺は異なった二つの感情に押しつぶされた。


 一つは嫌われるかもという可能性。


 やりすぎた。やってしまった。あまりに可愛いものだから暴走してしまった。この后谷一生の不覚。これ以上はやばい。どうにかしなくては。


 二つ目は可愛いの追加注文。


 愛でたいという母性本能に似た感情がアドレナリンと同時に噴出して、脳から血管に流れて細胞一つ一つに流れ込み、全身から溢れ出した感情は、


「…………尊みが、……尊い」


 文脈がめちゃくちゃだが、つまりそういうこと。


 嫌われる危険性と愛でたい欲。理性と本能が混ざって1人会議は大波乱。ビックモニターに映る海鷺さんをバックに口論を続ける。


『ここで今までの努力を無駄にする気か!?ここは踏ん張って好感触を持たれるような切り返しをするべきだ!!』


『うるせぇ!!可愛いは正義なんじゃボケェ!!登山家は山があるから登るように、海鷺さんがいるなら愛でるのは当然じゃろがい!!』


『お前らやめろって。そんなになって争うことないだろ』


『あぁ、可愛い。可愛いすぎるよ』


「………………」


 混戦だ。全部自分だからどうすることもできない。


 俺では手に負えない俺達が脳内で騒ぎまくり、飛び交う言葉で頭蓋骨が破裂する前に、物理的で原始的な解決方法を実行した。


「えっ?あの、大丈夫……ですか……?」


「大丈夫。ちょっと屈伸したくなっただけ」


 目をつぶってしゃがみ込み、論争を繰り広げる俺達を沈めるため、砂流と同じ姿勢になった。


『おい!どうなってんだこの野郎!』


『目ぇ開かんかいワレ!ぶちのめすぞゴルァ』


『あぁ、どこへ行かれたのですか女神様。私を置いて行かないでください』


 脳内モニターをシャットダウンすることによって幕を閉じた。


 随分と個性的な俺がいたな。あと最後のやつ、めっちゃ気持ち悪いぞ。お前は追放だ。

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