61話 密室で2人きり
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カラオケに入ったはいいが、また外に出ることを考えると嫌になる。多分私だけじゃないはずだ。
てかクーラーガンガンにすんのなお前。ちょっと肌寒いぞオイ。
普段というとややこしいので学校での、つまりは女の子バージョンの武田は、人前では甘い物を飲む。しかし「実は」というほどではないけど、そんなに好きではない。どちらかと言うまでもなく、圧倒的にコーヒーが好きだが、猫をかぶるように女の子をかぶり、女子バージョンでは甘い飲み物を飲んでいるのだ。
だから学校での昼食は隠れてブラックコーヒーを飲み、1日の養分を補充している。こいつの脳みそは砂糖で動かない。
本人曰く、「女子も飲むだろうけど、キャラ崩壊したくないし」とのこと。いやどの口で言ってんねん。
土日の女装が珍しいし私服も珍しい上、その状態では絶対口にしないブラックコーヒーを飲んでいる今は酷く珍しい状態。例えるなら道端で子供銀行の1万円札を拾うくらい珍しい状態。
「夏になったらちょっと注意しないとな」
「まぁね。衣替えなったら無駄毛処理も慎重にせな」
「森高の夏服薄いからなぁ、ブラ透けもちょっとするぐらい通気性あるし、近々ショップで見せれる用のやつ補充しとくか」
「………………セクハラ案件?」
「ハラスメントを辞書で調べてこい」
女子の前で女性用下着の話をする男子高校生。一般常識ならど変態扱いするが、もうなんとも思わなくなってきた。人間の適応能力すごい。
そもそもこの会話が成立している時点でツッコミを入れるべきなのかもしれないけど、あいにく私はボケ担当なので。
武田はスマホを片手にコーヒーをちびちび飲み、画面を何度かスライドし文字入力して、またマジマジと画面を見つめる。時折聞こえる着信音は耳馴染みのある無料トークアプリ。トーク相手はもちろんあの人だろう。
「海鷺さん?」
「………エスパー?それともストーカー?」
「なんでそうなんだよ」
こいつが話す相手など彼女以外に考えられない。
「『今、準備しているところ』だってよ」
「じゃあまだかかりそうだね」
「俺もまだ着替えてる途中設定だから、急な電話きても声出すなよ」
「BLで
「………………お前、今男子だろ。それしたら加害者になるぞ」
ぐぬぬ。
「てか寒い。この部屋だけ一足早く氷河期来てるぞコレ」
「氷河期なめんな」
武田はリモコンを手に取りピピピと温度を上げる。と言っても設定気温になるまで時間がかかるから肌寒いのは変わらないが。
「暑そうにしてたから下げたのに。………寒いんなら勝手にあげりゃいいじゃん」
適当に下げてリモコンをほん投げる。それをうまくキャッチし表示された数字を見ると、そこには30度の文字。極端だわボケ。
「……………オッケーグ○グル。限度とデリカシー売っている店探して」
「お前のiPh○neだろ」
「デリバリーの店は出てきた」
「そのスマホぶっ壊れてんじゃね?」
「少なくとも辞書より優秀だ」
辞書で調べるよりもスマホの方が何十倍も効率的。今時辞書を持っている人の方が少ないと思うが。
「お前暇なの?」
「スマホは最高の暇つぶしツール」
たまに閃いてマンガのメモをするけど、それ以外は暇つぶしアプリのみだ。
過去ツイートを遡る私に、哀れみと同情を混ぜた視線を送った武田は、
「何しにきたんだお前」
「そっちの方が何しにきてんだ」
お前が言えた立場ではないことは確かだ。
コーヒーをちびちび飲んでスマホを構うわけでも音楽を聴くわけでもなく、ただテレビ画面に映るCMに耳を傾けるのみ。というか聞いてない気もする。
カラオケのCMをここまで長々と見る奴を初めて見た。
「暇なんだったら歌でも入れれば?」
私は手を止めて、カラオケのタブレット端末を武田の前に置く。
「………………まぁスイーツバイキング行くのに今コーヒーで腹を満たすはやばいしな。これから摂取するカロリーを先に消費しますかね」
カラオケで消費できるカロリーはそんなに多くないと思う。多分ケーキ一個で逆転されるだろう。それこそスマホで調べるべきなんだろうけど。
「それに女声のトレーニングにもなるし」
「じゃあ私はイケボトレーニングか?」
「大音量のマイクで変な声出したら殺す」
「オマエモナー」
タブレットにはカツカツと武田の長い爪が当たってる。ネイルはしてないけどとても手入れされている爪先だ。
「…………おかしい。ランキング上位にピンとくるやつないぞ。俺結構、流行りとか注意してるはずなんだけど……」
「最近のマイブームはですね……」
「無理やり性癖をねじ込んでくんな」
「ねじ込んでいきたいのはどちらかと言えば肉棒!つまり性癖!」
「お前の方がセクハラだし、今すぐオッケ○グーグルにデリカシーをデリバリーしてもらえ」
キレッキレすね。やはり頭が冴えていらっしゃる。
ここでツッコミの体力を消費させて、バイキングでツッコミを封じる作戦っすよ。私の暴走は初号機並みに止められない。止めさせない。
「…………茶番して体力使うのもったいないから、……ボイトレするわ」
ピッピと曲を入れた武田はマイクを一つ手に取り、コーヒーを一口含んで口を滑らせる。
イントロが流れ始める。知ってる曲ならイントロだけで題名を見ずとも当てられる。昔から有名な曲だ。
立ち上がったりはしないけど武田の面持ちは真剣そのもので、トレーニングといえど本気なのだと表情から伺える。特にマイクを両手で持つ感じは特に(ここ重要)シャクに触るが、それだけ気持ちが入ってるってことだろう。
それをどう捉えたのか武田は、
「知ってんのこの曲?………マイク二つあるしデュエットでもする?」
「…………………上ハモリと下ハモリを交互にして点数下げてやる」
「……勝手にすれば。音程つられることないし、カワボで歌い切れるから」
「じゃあそれをTwitterに上げるか」
「……デリカシーと一緒にプライバシーも消えたな」
もう一つのマイクを差し出され、私は受け取った。
「…………………………」
別に気を張ることじゃない。むしろリラックスし奴の邪魔を徹底的にするべきだ。出せないデスボイスを発揮して武田の平常心をぶち壊し、ツッコミ欲求を刺激することで集中力を削ぐべきだ。うんそうしよう。
だから少し心拍数が多く熱っぽいのは、上げすぎたエアコンと、体温を奪わないぬるいコーラのせいだ。
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