60話 前にもあったような

 ♤


 これほどまでに自分の安直な思考を呪った事はない。


 あの調理実習の日から数日後の週末。そう。今日は約束の土曜日。


 言い換えるのならば海鷺さんとの数回目のデート。まぁ、都楽くんも来るし砂流も沸くから、ダブルデートのような形になっているが、海鷺さんはみんなで食べるつもりで誘ったので、厳密にはデートではない。


 それでも俺はデートだと言い張り思い込み、興奮気味ハイテンションで服装や髪、メイクも完璧のさらに上、もう二度とないくらいのレベルに引き上げて、コミケ以上のクオリティでバシッと決めた。


 もちろん最近のトレンドに合わせながら、自分の体型と髪型、諸々のバランスを考えて、最高に似合うファッションを考えて着飾った。


 だから街ですれ違う人が二度見したり、ついつい目で追われてしまうのは仕方ないと思っている。そりゃあ完璧に仕上げたんだ。無理もない。二度見したくなるほどのクオリティに仕上がっていると思うと、逆に肯定された気分になるから良しとしよう。


 ただ、最初は海鷺さんに捧げたかったなぁ、と思ってしまうのだ。


 それは物理的に不可能なので、駅の待ち合わせでチラ見されるのはセーフと勝手に線引きしたのだ。


 ここまではいい。問題はここから。


 俺はすっかり見落としていた。俺同様に今日を待ち遠しく思い、一足早く集合場所に来る奴の存在を、すっかり見落としていた。


 集合場所までにチラ見されるのはセーフ。なぜなら奴らはモブであり、俺と奴らには1ミリも関係性はないから。


 だから知り合いに会った時のみ「誰もが振り返る美人」から「誰もが振り返る武田后谷」にグレードアップされる。このグレードアップは海鷺さんにしてもらいたかった。


 言うなれば「この服、最初は君に見てもらいたかったんだ……。どう?…………似合ってる、かな?」という奴だ。やっべ海鷺さんをモデルにしたら鼻血出そうやわ。可那もなかなかいけるのでは?


 しかし現実とは残酷だ。


 簡潔に言えば、待ち合わせの時間から1時間30分ほど早い時刻に、遠足が楽しみすぎて昨晩眠れなかった小学生のように、一足二足早くウキウキ気分で到着した輩が、俺以外にもいたという話。


「私の初めてが……!こんな所で……こんな奴に…………!」


「言い方ァ、悪意」


 オロオロと泣き崩れる俺に、周りのチラ見モブは眉間にシワを寄せ、隣にいた砂流を「なにしたんだあいつ」って顔で見る。女の涙は武器なんだぜ。へへへ、ザマァみろ。


 今なら無理やり初体験を奪われた闇落ちヒロインの気持ちが異常なほどわかる。闇落ちヒロイン女優のオーディションがあれば受かる自信がある。


「なんでこんなことに………」


 自分の安直を呪いたくなる。


「お前が来なければこんなことにはならんかったんだ。さっさと豚小屋に戻れ武田ブタ


「テメェこそ猿山に戻れ砂流サル


「んだとゴルァ」


「やんのか、オォ」


 また始まった。脳みそではわかっていながらも、止めることができないのはもう本能だからだろう。DNAから組み込まれていて努力とか根性でどうにかなる類いじゃないのだろう。


「………………………」


「………………………」


 しかしながら、手を出せない。


 周りの目がやばいからだ。


 さすが土曜日というか、駅前にはボチボチ人がいる。そしてそのほぼ全員が「なんだなんだ?」と、チラチラ目線を向けてくる。


 ここで騒ぎになろうものなら、スイーツバイキングどころか海鷺さん達にも会えず、そこの交番で無駄な時間を過ごすことになる。


 そんな下らない理由でお楽しみが消えるのはあまりに下らない。しばらくは大人しくしてよう。


「……………フン」


「……………チッ」


 側から見たら異様な光景だろう。


 美男美女が土曜日の朝っぱらから、駅前で待ち合わせして痴話喧嘩を始めて、かと思いきやベンチにどっかり座る。しかも4人座れるサイズのベンチでお互い端っこに座っているのだから。


 客観的に見たら酷く奇妙な光景だろう。


 先程も言ったが我々は美男美女と化している。自覚はある。俺はハイレベルな美女に仕立て上げたつもりだ。


 だが、それに負けず劣らず、砂流まあまあ容姿を整えてきた。


 デニムのパンツに無地のTシャツという、あまり派手じゃない質素な服装だが、スタイルの良さを引き立たせつつ夏を感じさせるラフな格好は、ハッキリ言って絵になる。


 まぁこちらとて薄い上着を脱げば薄着のサマーファッションへとチェンジするからいざとなったら、って何に張り合ってんだ俺は。


 俺はスマホの画面を、砂流は左手首にした腕時計を見て、時間の進み方があまりにも遅いことに軽く絶望している。あと何分耐えればいいんだこれ。


「「はぁ…………」」


 もうため息が被っても、腹を立てる気力すら残ってない。


「……………………………………」


「……………………………………」


 無の時間。


 何をするでもなく、時間が過ぎていく。


 しかし舐めていた。天気予報では晴天と言っていたが、日差しがこれほどまで照りつけるとは。一応日焼け止めクリームはしているけど、あくまで気休め。少しでも腕や太ももに日焼けの境界線できたものなら、俺は砂流を呪う自信がある。


 だから日陰の方がいいだろう。お互いに。


「おいバカ、立て。移動するぞ」


「あ?なんだよ?」


 …………………今は俺しかいないんだから、無理して男口調にしなくていいだろ。


「あまりに早すぎるから時間潰す。もう開いてる店あるだろうし、クーラー効いてるとこの方がいいだろ」


 こんな屋外よりさ。と付け加えて俺はボチボチ歩き出す。


 汗かいたら地獄だ。メイクは剥がれるわベタベタするわで良いことなし。服に汗でもシミようものなら、悲しさと恥ずかしさと怒りと恐怖でデートどころじゃなくなってしまう。


「どこ行くんだよ」


 いつのまにか後ろを歩いていた砂流がぶっきらぼうに訪ねてきた。


 さてどうするか。歩き出してみたものの何も考えていない。


 クーラーが効いていて、これ以上知人に合わない場所。クラスメイトなんかにこの装備を見せてやるものか。あとはそう、ドリンクが飲める方がいいな。ゆっくり休憩できて、集合時間に間に合う範囲の場所で…………。


 地図アプリで近場を探してみると、結構いい場所を見つけた。


 それを砂流に向ける。


「……………カラオケ?」


「そ」


 クーラーが効いてドリンク飲み放題で、人目につかずゆっくり休憩でき、いい時間になったら退室できる場所。近くにあってよかったー。


 と言っても利用時間は30分ぐらいだろうけど。そのあとはまた駅前で待ち合わせタイム。


「………………………」


 結構、好条件だと思ったが砂流反応は薄い。暑さにのぼせたのか頬が赤い。さらに二の腕を蚊に刺されたのかカリカリかいている。


 なんだこいつ。いや、今更ではあるんだけどさ。

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