59話 御粗末

 ♡


「……………うまい」


 へっ。雑魚め。


 我が自信作に恐れ慄け武田。プリンは家で作ったりするから、割と作り慣れてる。今回作ったやつよりもっとシンプルで簡単なやつだけど。


「おいしい」


「そう言ってもらえると作った甲斐があるね」


 龍斗くんのその一言で先程のスプーンのくだりは帳消しにされた。もうその言葉で世界救えちゃう。天下統一も余裕っしょ。


 今回は生クリームやバニラオイルとか一般家庭の冷蔵庫に常備されない材料も入れられたし、なんといっても道具が揃ってる。ふるいで一気にプリン液をこす時は快感だった。


 弱火でじっくり丁寧にしたから香りは飛びにくいし、卵もダマになりにくい、とてもいいプリンが出来たはず。


「いざ、実食」


 スプーンでえぐり取ると、上のカラメルがドロっと垂れて、なんか、エッチだな。


 口に含むと予想通りうまい。バニラオイルが効いてるから、数滴でも商品レベルの香りを作り出せる。ホイップも合わせて食べると、また違った味のバランスになるから面白い。


「うん。うまい」


 ま、学校の調理実習で作った料理としては上々だけど、この一言に収まるよね。食べ物を商売にしている人が作るならまだしも、素人の作ったものなんて、「うまい」で十分。


「このバナナうまい」


「いただきましたぁ!ありがとうございます!!」


「え?…………えぇ?」


 今の一瞬で妄想がビックバンして、ストーリーが出来てしまった。バナナ、うまい。長くてぶっといのが、うまい。やだ鼻血出そう。


「え?いらないの?代わりに食べてあげよう」


「え?何言ってんの?君のバナナと龍斗様のバナナを同類と考えないでいただきたい」


「そっちが何言ってんの?」


 大きさじゃないんですよ、男性のみなさん。でかけりゃいいってもんじゃないんですよ。それぞれに合ったサイズがあるんです。大人のおもちゃは高校生にはまだ早い、と思いたい。


「別に変わらんでしょ。切ったの私だよ」


「バナナを切り刻んだのかお前!?人間のやる事じゃねぇ!!」


「とりあえず黙って食ったほうがいいと思う」


 バナナは長くてぶっといのに価値があるわけじゃないとさっき言ったけど、切り刻んじゃだめだよぉ。棒状で少し反ってるからいいんじゃん。それじゃあ食感が似ているソーセージに負けちゃう。


「めっちゃ甘いこのバナナ。どうなってんの?」


「あぁそれはね、砂糖水に潜らせたんだよ。変色防止でね」


「へー。物知りだね后谷さん」


 おばあちゃんの知恵袋という言葉を思い浮かんだのは私だけじゃないはず。


「包丁さばきもすごかったですよ。普段料理されてるんですか?」


「まぁ、たまにね」


 たしかにあいつは手先がめっちゃ器用だ。趣味で服を作れるんだ。器用じゃないわけがない。料理をちょくちょくするなら包丁さばきも同様に上達するだろう。


 じゃなきゃ、こんな食べにくいリアルに作られたリンゴウサギなど作れやしない。


「………でも、ここまでされると躊躇うよ」


「………だね。妙な罪悪感感じる」


「………ですね。ちょっとかわいそうです」


 リンゴウサギがつぶらな瞳でこちらを見ている。食べますか?の選択肢しかないのが残酷だ。


 このウサギは最後にしよう。うんそうしよう。


 私はプリンや他のフルーツをつついて、山を崩すようにプリンアラモードを攻略していると、頭にブドウ糖が届いた武田が、何かをひらめいたように、


「あ、そうだ海鷺さん。前言ってたスイーツバイキングの件って、まだ有効?」


 と問いかけた。


「え?あ、はい」


 急に聞かれた海鷺さんは、口の中にあるフルーツを飲み込み、口を空にして受け答えをする。マナーがなってる。武田はデリカシーがなってない。


「テストも終わって期末まで時間もあるし、タイミングとしては今が暇な時期だと思うんだけど。別に今日じゃなくていいんだけどさ、近いうちにどう?」


「あぁ、でしたら私は大丈夫ですよ。大きな予定はありませんし」


「よかった。これより美味しいプリンがあるといいね」


 と言って武田はスプーンでプリンをつつく。


 なんか偉そうな言い方だなオイ。それ作ったのワイやぞ。


「あ、あの!め、迷惑でなければ、……砂流さんもご一緒しませんか?も、もちろん龍斗も一緒に!」


 瞬間、ホワホワ笑顔で話して、プリンをつついていた武田は視線をスムーズにずらし、目がぱっちり開いて、私を凝視する。なのに口は変わらず微笑んでいるからなお怖い。


 目が訴えてる。「オレ、オマエ、ブッコ○ス」。ひえぇ。


「あぁ、うん、そうだね。うん、龍斗くんが行くなら、大丈夫かな。うん」


 怖ぇよ。もうやめてくれ。こっちみんな。プリクラみたいに目でっかくすんな。


「あーゆーのって女性客ばっかりで、うん、俺入ったら浮いちゃうからさ。龍斗くんも来てくれるなら、まぁ、うん、考えようっかなーって感じ?」


 チラチラ。


 これで彼が首を縦に振らなければ、私の首に横線が入ることになる。斬首刑はやばいですってマジで。エロトークならまだしも血ぶっしゃーは洒落にならん。


 彼が下した決断は………。


「え、そう?別に男1人でも行けるけど?」


「………………………マジ?」


 さすがっす。龍斗さんまじパネェっす。


 たしかに偏見だけどさ、普通行かないじゃん男子って。私いま男子だけどさ。


「じゃあみんな今週末とかどう?空いてる?」


 あのプリクラ開眼はどこへやら、武田はいつものにこやかスマイルで海鷺さん達に聞く。その一瞬の切り替えも怖いんすよ。自覚持ったほうがいいよ。


「はい。大丈夫ですよ」


「僕もオッケー」


「俺も問題ないよ」


 全員の承知が取れた。


「んじゃ今週末の土曜日、時間は、……お昼時でいいかな?11時あたり」


「構いませんよ」


「りょ」


「ん。11時ね」


 今週の土曜日は特に予定ないしいいだろう。スイーツバイキングは元々行きたかったし、龍斗くんと行けるなら万々歳。


「それはいいけど、スイーツバイキングの前に目の前のスイーツ食べたら?」


「当たり前じゃないですか。誰が残すって言いました?」


 だからそのネイティみたいな目でこっちみんな。ヌマクローよりホラーだわ。

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