58話 いざ実食

 ♤


「トレ!!!ビアンッ!!」


 香りを嗅いで口に入れた瞬間、目をカッと見開き両手を広げて反り返る家庭科教師。そのポーズはどこぞの変態美食家と瓜二つ。


「なんだこれはっ!!舌の上で絡み合うハーモニーッ!!」


 いつの間にかメロメロのリア充空気は消えており、パロディ空気へ移り変わっていたが、途中から見ていないせいで他のパロディを見損ねた。味見段階のチョコソースを舐めただけであそこまで騒げるのは、もはや才能だ。


「私たちもプリン食べましょうか」


 我々の前には完成したプリンアラモードが並ぶ。それぞれお好みで盛り付けた果実と真ん中にどんと構えるプリン。カラメルの上にはホイップクリームとさくらんぼ。なかなか本格的だ。


「つかれたー……」


「あっ、スプーン一本足りないわ。悪いけど砂流さん素手でお願い」


「足りないなら武田がとってこいよ」


「そこの使い終わったお玉でもいいですよ」


 俺は洗面台で水に浸っている片手鍋と、その中に沈んでるお玉を指差す。盛り分けただけなんだから汚くありませんよ?


「………………………」


 砂流は眉間に軽くシワを寄せて、ゆっくり立ち上がった。


「いや、僕が持ってくるよ。そっちの方が近いし」


 と、都楽くんは自分のスプーンを砂流に渡して椅子から立ち上がる。


「あ、私が取ってきます。龍斗は座ってて」


 今度は海鷺さんが立ち上がって、対面している都楽くんの皿にスプーンを置く。


「いや私が取ってくるよ。さっき見たら汚いやつも混ざってたし」


 海鷺さんにスプーンを渡して立ち上がる。


 結果として逆バージョンのたらい回しが成立し、俺が取ってくることになった。なぜこうなった。


 調理室の後ろの戸棚にあるスプーンを一本手に取り、汚れが付いていないのを確認。洗い方が雑なやつおるけん。次の人が迷惑や。


 戸棚の扉を閉じて戻ろうしたら、視界の端で、つまり廊下で、女子生徒が1人通り過ぎた。


「………………………サボりか?」


 見間違いの可能性は大きいが、おそらく今のは可那だ。


 何してんだあいつ。もう授業が終わるってのにギリギリで参加するとは、厳しい先生なら欠席扱いだぜ。それにここは教室棟とは反対側の特別教室棟だぞ。今思ったけどさして特別ではないよなこの教室。


 まぁ、見間違いかも知れないからなんとも言えないが、今度あったら聞いてみよう。覚えていたらの話だが。


「遅い」


「………はいはい、すいませんでした」


 なぜかお叱りを受けた。スプーンを一本少なく取ってきたのは俺だから、あながち筋は通っているが。


「「「「いただきます」」」」


 家では滅多に重ならない声が重なって、皆で手を合わせた。こういうなんでもない事に、軽く感動する人間なのだ。


「ん〜。柔らかいです〜」


 一番早く口に含んだのは海鷺さん。頬に手を添え、口の中に入ったプリンを手のひらで支える。頬が落ちる慣用句を信じているのか。


 そして何より、うっとりとした満遍の笑みは俺の心臓に突き刺さり、血反吐の代わりに、


「ご馳走様ですっ!!!」


 の言葉が口から飛び出した。


「え?いらないの?代わりに食べてあげよう」


「え?何言ってんの食べるに決まってるでしょ?食べる前にご馳走プラス様の超絶丁寧語を付け加えても問題ないはずだよ」


 自分の皿を砂流から遠ざけ、プリンを持ったままスプーンですくい、口の中へ突っ込む。


 刹那、プルップルでクリーミーな食感が下を包み、プリンの甘さとカラメルのほろ苦さが口の中を染め上げる。卵と牛乳の相性は素晴らしいハーモニーを生み出し、思わず白滝先生と同じように月山習になるところだった。まじトレビアン。

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