57話 食っKING
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突然だが、飯作りとお菓子作りは違う。
俺の家は両親の帰りが遅かったりして、幼い頃からよく晩飯を作ったりするが、作る料理はほぼ目分量で食材も調味料もぶち込んで、少なかったら後で追加することができる。自慢ではないがそこら辺の30代サラリーマンパピーよりうまい飯を作れる。
しかしお菓子は別だ。お菓子作りは後戻りができない。例えレシピ通りに材料を混ぜても、箸で混ぜるのかヘラで混ぜるのかでも変わる。少量ずつ混ぜないと分離する物もよくあるし、数秒や数グラムの差が取り返しのつかない過ちを生む。
表面をカリッと仕上げても、中が生だったクッキーはクソまずい。一度固まったゼリーは二度と液体にはならないし、グミなんて作り方の想像がつかない。
まぁ、何が言いたいかと言えば、俺は菓子作りができない。ただその一言。女子力に直結するお菓子作りだが、飯作りはどっちかと言えば主婦力だ。
だってさー。さじ加減難しいし、温度とかも関係したりするんでしょー。切るように混ぜるってなんなん?
「神様仏様。どうか、どうか何かの間違いか、神様の不思議なパワーで、武田の手が滑って自分の指を切る事故を起こしくださいませ」
「よそ見してると焦げるよ。プリン液失敗したら焦げたやつ全部食えな」
あと包丁の使い方には慣れとるがな。初心者みたいなミスありえへん。
なんだったらバナナの薄切りしながらでも、教卓で「こっちがいいかな〜♡」「これも可愛いな〜♡」と妄想の世界に入り浸り、クネクネする白滝先生をガン見できるくらいには、包丁の扱いに慣れている。
トントントン。
リズミカルに流れる包丁とまな板のぶつかる音は、真正面から。海鷺さんは長い髪をポニーテールにまとめて、俺と同じく果物を切っている。ふつくしい。
どうやら缶詰から取り出した桃を、食べやすい大きさに切っているようだ。俺はポニーテール萌えでもなんでもないが、これは写真一枚撮って額縁に入れたくなりますねぇ。
俺がバナナを切っていて、海鷺さんは桃。ちょっとだけエッチに感じたのは俺だけの秘密。
「カラメルってこんな感じでいいの?」
「おー、……ベストオフ黒光!」
「砂流さんちょっと黙ろうかー」
「……龍斗、これちょっと焦げてるね……」
プリンの上にかかるカラメル担当は都楽くん。
片手鍋を覗いてみると、カラメルというには黒々しい液体がフツフツと泡を立てていた。
味見しなくても苦味を感じる匂いと見た目に、さすがの砂流でさえ苦笑いを浮かべながら、
「砂糖はまだあるから、もう一回作り直そっか」
「プリン液の予備は無いから、くれぐれも」
「もう終わってこれから冷やすとこ」
「…………………チッ…………」
どうせならミスって無理矢理食い、腹パンパンにして苦しめばいいのに。ついでに太って泣きながら体重計乗ればいいのに。
「あれれ?今舌打ちしました武田さん。言いたいことあるならはっきりどうぞ」
「そうですか。ではお言葉に甘えてはっきり言いますが、一度耳鼻科に行かれてはどうですか?」
メスの代わりにこの包丁で手術してあげよう。緊急手術開始だ。手遅れだとしても俺は諦めない!(砂流以外の)命を救うためなら俺は諦めない!
砂流はまだあったかいプリン液を、網目の細かいざるに通して、マグカップサイズの容器に流し入れる。
カップを大きめのバットに並べて、間に氷水を注ぎ放置。こんな簡単にできるものなのか?
都楽くんはカラメルの再挑戦をするため、新しい鍋と砂糖を持ってきた。ジュボボボボとコンロを点火させるが、失敗の原因かと思われる「最初からずっと強火」を直すつもりはなく、なんだか不安になってきた。
砂流と都楽くんが雑談していると、なんだか様になるのがむかつく。パシャリと一枚写真を撮ったら、写真部のコンクールに参加できるほど様になる。いや都楽くんはムカつかない。むしろ和む。奴がむかつく。存在そのものがむかつく。
「私、ちょっと心配だったんです」
「え?」
いつのまにか桃を切り終えてキュウイの輪切りをしていた海鷺さんがポツリと呟いた。
「龍斗は昔からマイペースというか、よく言えば流されない。悪く言えば共感できない子で、それは小中学校、高校に入っても変わらなかったんです」
慣れた手つきでキュウイの皮を剥いていく。
「私は従兄弟でしたし、昔からの知り合いでしたから、そういう周りと馴染めない龍斗をずっと見てきて…………」
俺の包丁は止まっていた。
「でも、よかったです。砂流さんみたいに理解してくれる人と仲良くなれて」
彼女はちょっと頬を上げた。
「そういる方じゃないんですよ。砂流さんのような方。龍斗みたいに表情がわかりにくく無口な人は、誤解を招きやすい。前まではそう言ったトラブルは何度かありましたし」
「…………………………」
彼女は勘違いしている。
砂流のアレは下心ありのコミュニケーション。寄り添いとか共感とかじゃない、脳みそピンク野郎の本能的行動。
それを言ってやりたい、暴露したい気もするが、誰も損をしてない勘違いを正すほど、お節介でもなければ真実大好き少年探偵じゃない。
そして何より。
「…………………………」
彼女から笑顔を奪うほど、俺は残酷な人間でも、人が悲しむ顔が好きなど変態じゃない。
「いい友達を持って、私のことじゃないのになんだかとても、とっても嬉しいんです」
「……………そっか」
そう他人の幸せに喜び、優しく微笑む彼女と友達になれた俺は、だいぶ幸せ者だと思う。
「……………………カラメル完成」
「甘くてドロッドロの蜜ができたね」
「そろそろ怒るぞ」
「今度はうまくいったみたいですね」
カラメル完成。プリンは冷やし途中。トッピングというか飾り付けのフルーツもあらかた切り終えたし、先ほど半分にカットされたリンゴはさらに4等分にカットして、変色防止の塩水に浸した。
小学校の時から作っていたリンゴウサギは、包丁さばきの上達で、なんだかんだリアリティに富んだ食べにくいウサギの彫刻と化した。
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