56話 クッキング

 ♡


「皆さん中間テストお疲れ様〜。家庭科のテストは期末だけだから、今日からしばらく筆記授業はなしにして、調理実習しま〜す」


 1学年、1から3組の家庭科担当の白滝しらたき先生は二十代後半の若い女性教師だ。


 とても美人で人当たりがよく、生徒にも気兼ねなく接する姿勢から、保健室の先生と白滝先生でどちらが美人でいい奥さんになるか、男子の間では密かに争いが起きている。


 15、16の若い夢を壊すような話だが、生徒と教師の恋愛はありえない。男子生徒と男子教師の恋愛は許す。


 と言っても、彼女に猛烈アタクックするような生徒は先月からパタリと居なくなって、保健室の先生に乗り換える浮気ものも現れ始めた。


 なぜかと言えば、答えは単純明白。


「いや〜♡最近ダーリンったらすごく甘えん坊さんで〜♡この前なんて〜私の作った肉じゃがをすぅ〜〜〜っごく美味しそうに食べてくれて『こんな素敵な嫁さんをもらえた僕は幸せだ』って〜〜〜っ!!あーん♡してもらった一口がもう、味見した時以上に甘くって、ダーリンったらスプーンですくったもの何でも甘くしちゃう魔法使いだったの〜♡今日は帰ったら甘〜い甘〜い自家製チョコパフェを作るので、今回の調理実習はもっと簡単にプリンアラモードにしたいと思いま〜す♡私は今日のチョコパフェの試作品作るから、みんなはいつも通りグループで作って、わからないことあったら聞いてね〜。って言っても夢中で聞こえないかもだけど〜♡」


「………………………………」


 切り口が、会話の切り口が甘すぎて糖尿病になるっす。


 何を隠そう。彼女は先月結婚したのだ。


 新婚ホヤホヤどころか出来立てアツアツの状態では、いくらアタックしても効果がない。それどころか振り向く可能性が0%どころかマイナスまでいっている。


 立候補者が減った美人先生グランプリは保健室の先生の不戦勝。元々戦ってなどいないけど。


 メロメロの中に入ったメンヘラスパイスがちょっと効きすぎた夢心地先生こと白滝先生は家庭科準備室に入っては、おそらく持参したであろうチョコレートたちを並べていく。


 ビターチョコ、ホワイトチョコ、あれはミルクチョコかな?板チョコからチョコクリーム、チョコチップ入りのビスケットアイスや湯煎して溶かしたチョコ。机の隅っこには完成したショコラのようなものまで。十分休憩もやっていたのかな?


 職務放棄した先生を差し置いてクラスメイトは準備をし始める。


 授業開始時に配られたレシピプリントはほんとに手抜きのようで、有名料理アプリのスクリーンショットを貼り付けただけのものだった。


 今回はプリンアラモードということだが、難易度が高く時間を使うのは無論プリン作り。他のフルーツは出来上がるまでにカットすればいいだけだ。


 何度か一緒に料理したメンバーで集まり、最初に役割分担をする。


「砂流さんはまず頭を割って間違えた、卵を割って卵白と卵黄に分けておいて」


「怖ぇ間違え方すんな」


「都楽くんはお鍋の準備、海鷺さんは食材の用意をお願いします」


「おk」


「わかりました」


 我が4人グループは、紹介するまでもないメンバーである。


 補足説明としては家庭科のグループ分けは名簿番号順に分けられているのだが、元々のグループにいた人が頻繁に休み、海鷺さんのグループにもサボる人が2人もいるのだ。海鷺さんのグループの余った2人を他のグループに補充した結果、海鷺さんは私たちのグループに仲間入り。


 龍斗くんは隣のグループだったが、元メンバーが隣のグループと仲がいいため、メンバー交換したのだ。そして今に至る。


 意外にも気づかれないもので、先生に注意されることはなかった。先生からすれば旦那さん以外の男子生徒はジャガイモで、女子生徒は玉ねぎにでも見えてるのだろう。


 ルンルン気分でフルーツやら卵やらを取りに行く海鷺さんは、同性であってもとても可愛い。特に鼻歌まじりで早歩きするところが。以前スイーツバイキングにハマっていたっていうし、甘い物に目がないのかも。


 龍斗くんは相変わらずあくびをしながら鍋を物色している。それ寸胴鍋。そんな巨大なプリン作らないから。


「武田さんは何をするんですか?まさかとは思いますがサボりですか?」


「包丁が誤って刺さっても事故だから、安心して刺されるがいいよ」


「質問と答えが一致してない」


「それは困りましたね。いい精神科の病院教えますよ?」


「会話をする気がない事がこの会話でわかった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る