55話 誤回答
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怠くて怠い授業のような授業じゃないような授業を受けて、一日の折り返しである4限目に、突入する前の十分休憩。多分次の英語もテスト返しだろう。憂鬱だ。
この時間は移動教室や授業準備、あとトイレ休憩みたいなところだが、ほとんどのクラスメイトは友達と喋って時間を埋めている。チラホラ聞こえる会話から察するに、どうやらテストの得点が会話の題材らしい。どうでもいいが。
俺も海鷺さんと親睦を深めようかと思い席を立つと、海鷺さんの姿がない。自販機でジュースを買いに行ったのか、もしくはお手洗いに行ったのかわからないけど、自販機ダッシュする体力もないし、いるかわからないトイレに侵入するほど危険を冒して喋る雑談など持ち合わせていないので、大人しく席に座る。
仕方ないので真面目に次の英語の教科書を机から引っ張り出し、ノートを開きテストの問題用紙を開き、時間を潰していると、チラホラ目線を感じる。
自慢じゃないし、自慢になるような事じゃないけど、俺は目線に敏感な方だ。
コスプレイヤーは誰かから見られる趣味だ。パフォーマンスを仕事にしている人は誰でもそうだろう。劇、ドラマ、映画、ミュージカル。講演とかもそうかな。
誰かに見られることで成立する仕事。趣味だとしても、数年続けていれば、目線ぐらい気づく。
入学から何度も感じる視線。分けるなら2種類。
男子生徒の見惚れたような視線。
女子生徒の見下したような視線。
我ながら俺の女装は完璧だった。砂流を除いてバレたことは一度もないし(可那にはバレそうになったけど)、誰も俺が男なんて疑いもしなかった。
容姿端麗を張り付けて、女子生徒よりも女子らしく振る舞う俺を、よく思わない人もいる。それを魅力と捉えて興味を持つ人もいる。
もちろん全生徒がそうってわけじゃない。海鷺さんや可那は偏見も何もなく接してくれるし、このクラスも全員が全員、俺に敵意を持っているわけじゃないはずだ。そこまで自意識過剰じゃない。
まぁ、敵意を向ける女子のほとんどは砂流目当ての人だろうけどね。
砂流の容姿は(俺ほどじゃないけど!)ちゃんとした男子高校生だ。少し危ない言動はあれど、振る舞いやしぐさは男子だし、声のトーンや身振りもそれっぽくなってきた。
なんと言っても顔だ。美男子を絵に描いたような顔を浮かべて、目を合わせると爽やかに笑う。それにハートを撃ち抜かれた人もいるのだろう。あーやだやだ。
しかし当の本人は黙って席に座っている。何やら難しい顔をして。
「どした?」
俺がこうやって声をかけるのが、気に食わない人もいるだろう。
「………………この問題が気に食わないの」
「…………………は、はぁ…………」
お前も気に食わないのか。
砂流が手にしていたのは、先程返されたばかりの現代文のテスト。赤い丸ばっかりで腹が立つほどライバル心も対抗心も持ち合わせていないので、特に何も思わんが。
「お前はなんとも思わないわけ?」
「何が?」
「こういう問題」
ビシッと指された指の先には、一行の問題文。
『作者が意図しているものを選び答えよ』
いわゆる読解問題のテンプレート問題。今まで死ぬほど聞かれてきたこの問題に「なんとも思わないわけ?」と聞かれても、「なんとも思わない」としか言えないだろう。
「何が言いたいんだ?」
どーせ砂流の考えている答えなど導けるはずもなく直接聞くと、なんだか腹を立てて砂流は言った。
「作者の言いたい事って、そんな簡単なことか?」
「………………は?」
ちょっと、いやだいぶ、いやとても理解できなかった。
「だから、それが本当に言いたい事って限らないじゃん。本当はもっと深い答えがあるのに、このテストのために薄っぺらい答えを、言いたい事を引っ張り上げてるだけかも知れないじゃん」
「………………おん……」
「言いたい事が別に合ったとしても、お偉いさんの意見で答えが作られる。そんなんおかしいだろ?だいたい作者にインタビューしたわけでもないのに伝えたい事を問題にするとか意味わかんない。受け取り方を強制すんじゃねぇよ」
「……………お、おう」
「てか、そう易々と言いたい事が伝わったら苦労しねぇの。A3の両面プリント一枚で伝わるぐらいでわかった気になってるだけ。クリエイターなめんな」
「………………………」
俺はもう何も言えなかった。
だがなんとなく砂流が言いたい事はわかった。
作者の言いたい事に100%の正解はなく、人それぞれの解釈でもいいはずだ。それに言いたい事は他にもあるのに、表面だけなぞってテストを作るのは、その文章に対する冒涜だ。
要するに、砂流は怒っているのだ。
伝えたい事はないかもしれないし、そもそも答えなんてないかもしれない。それに答えを張り付けて問題にするのは、作品への侮辱だ。
こいつの怒りは、漫画家ゆえの怒りかな。
だとしたら、まぁ、わからなくもないけどさ。確かに言っていることは正しい。
正しいからこそ。
「じゃあ今度は、選択肢にない解答したら?感じたとおりに答えて、お前なりの解釈を教師にぶつければ?」
反抗心を消火するどころか、油を注ぐことにした。
どうせ答えなんて求めてないのはわかってる。砂流の「答えなんてないだろ」って主張に俺の「答え」をぶつけたら、永遠の平行線になる。
俺にとってはどうでもいい事だから、平行線であり続ける意味はない。俺の主張なんていくらでも折り曲げてやる。
しかしながら。
「まぁ、そのテストボロクソだろうけど」
ニヤリと笑ってやった。
そんなことすれば成績ガタ落ち。さすがの砂流もそのハンデは大きすぎるし、わがまま放題では最悪赤点だ。
学力で俺に唯一勝てる科目の現代文。それで負けた時のこいつの悔し涙は、その表情だけで白米三杯いける。
しかし砂流は腕組みをして怒りの矛先を窓の外に向け、
「上等だ。私の感じたとおりに答えてやる」
そう言ってニヤリと笑った。
「…………あんましデケェ声出すなよ。男装バレするぞ」
そんな捨て台詞を吐いている時点で、敗北フラグが立っている。というか今回は俺の負けかな。
まぁ、そういう不器用で、馬鹿みたいに真っ直ぐなところは、嫌いじゃないけどさ。
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