53話 テスト明けの妙なテンション

 ♤


「ウゾダドンドコドーン!」


「今回のテストにオンドゥル語は入ってなかったはずだが?」


「オンドゥルルラギッタンディスカー!」


「別に裏切った覚えはない」


「オレァクサムヲムッコロス!」


「日本語でおけ」


 会話が成り立たん。


 テスト期間が終わって数日後、緊張がほぐれているようないないようなクラスの雰囲気で行われたテスト返却。赤点というもしもの不安がある人は緊張感マックス。購買のアイスを賭けた男子生徒も緊張感マックス。


 今回のテストで一番早く丸つけが終わったのは物理で、苦手科目じゃない俺は緊張も何も無かった。


 出席番号の1番から順番に用紙を受け取り、各々テストの点を確認している。受け取った時の表情で点数はおおよそ予想できるから、プライバシーのために裏返しで渡しても効果薄いのでは?


 順番が回ってきて砂流が受け取った後、俺も席を立った。


「お前すごいな」


「はい?」


 物理の橋本先生は少し驚いた表情で渡され、その場で裏返し点数を確認してみると、


『72点』


 五段階評価の成績だと四段目に入る点だ。


「クラス2番だぞ」


「…………………どうも」


 2番を褒められるのはスポーツ選手にとって屈辱的らしいが、なんとなくわかった気がする。裏を返せばトップじゃないってことだから。


「何点だよ」


 テストを折りたたんで席に着くと前から声が飛んできた。


「72」


「は!?」


「ウソダドンドコドーンと言ったら殺す」


「オンドゥルルラギッタンディスカー!」


「こいつめんどくせぇ」


 たかがテストの点でそこまで暴れますかね。赤点じゃなきゃなんでもいいでしょ。


「そっちは?」


「37」


「赤点回避できたじゃん。おめでとう」


「煽ってんのか?喧嘩売ってる?」


 税込み298円で売ってる。


「………………別に大したことないだろテストの点なんて。学者になるなら話は別だが、ほぼ将来の役に立たないしな」


「それ中学の受験で何回も言った」


「砂流の心は中学生」


「殺す」


 殺意を向けられシャーペンを向けられた。しかしそのシャーペンは俺に刺さることなく、砂流は手にしたまま腕を下ろした。


 理由としては都楽くんがテスト用紙を見て小さなため息をついたのだ。


 それを聞き逃さなかった砂流の聴力はもう気持ち悪いレベル。


「どうしたんだろ?」


「俺が知るわけ」


「武田に聞いてない」


「知ってる」


 都楽くんはトボトボと歩み、静かに席についた。おそらくテストの結果があまり好ましくなかったのだろう。そのままスムーズに腕組みを枕にして寝るあたり嫌いじゃない。


「………………龍斗くんはやらんぞ」


「誰も欲しいとは言ってない」


 そんな誰かさんが望む、男同士のカップリングなんて死んでもごめんだ。いや、都楽くんにとっては俺は女だから、ノーマルか?


 クラス全員にテストを返し終えた橋本先生は、チョークを手に取り黒板に擦り付ける。


「今回のテストは勉強した奴としてない奴ではっきり別れた。平均点は58.2点だが、最高得点は94点。赤点は数人いたから、期末テストで追い返せるように、しっかり解説聞いて頭に叩き込め」


 砂流さん。確実に勉強してない奴の仲間入りだぜ。


 にしても最高得点は94か……、誰だろ?


 別に張り合う気もないし、赤点回避できただけでいいから、そんな高得点なんぞ興味ないけど、どれだけ勉強したのかは知りたい。そんなガリ勉くんうちのクラスにいたっけ?


「あぁ、そうそう。今から黒板に答え書いていくけどちゃんと書き写せよ。回収して平常点になるからな」


「えー」


「マジで…………」


 クラスメイトが緊張感なく愚痴を吐いていく。


「………めんど」


 一つ前の席からも不満の声。もちろん砂流。


「武田。プリントかしてくれ」


「……………自販機の缶コーヒー、ブラック一本で手を打とう」


「はぁ、……………………ん」


「まいどあり」


 半分冗談で言ったのだが、思わぬ収穫だ。棚ぼただな。


 犬に対してする「お手」の様に差し出された手に、おやつチュールを渡す様にプリントを渡す。ひったくるように紙を取ると黙々と書き写し始めた。上下関係は大切。


 もちろんだけどテストプリントを砂流に取られた状態では、俺の間違い直しはできないので、何もすることがなくなってしまう。


 暇なので机に覆いかぶさる。ほとんど都楽くんの真似。


「………………………」


 テスト前には色々とあったけど、期間中は意外と集中できたし、努力に見合った点も取れた。勉強中は何度か睡魔に襲われ、夢の国と現実世界を行ったり来たりしていたから、今もいささか眠い。


 このままネズミのいない方の夢の国へ行ってしまおうかと考え、ウトウトしていると。


「………………終わった」


 砂流がテストを返してきた。


「…………おん」


 睡眠を邪魔するように頭の上に置かれたプリントを机に引き摺り下ろし、ついでに開いて間違えた問題と黒板の文字を見比べる。


 昼寝ぐらいさせろと後ろ姿を睨んで、口の中で小さく舌打ち。平常点もまあまあ大切だから、解説を聞き流しながら、適当に書き写そう。


 だが、それは出来なかった。


「……………………」


 全部埋まってる。


 百点満点のテストを受け取った覚えはないし、数分前に全部埋めた覚えもない。そもそも埋められる学力があったらテスト本番に書いている。


 チェックマークの上に書かれた文字は赤色で、筆跡からしても犯人はわかりきっているけど。


「…………………何これ?」


「………日本史。私が勝ったらプリン奢れ」


「…………………日本史って、お前の得意分野だろ。じゃあ俺が数学で勝ったらもう一本な」


「なら現代文も追加」


「終わんねぇよ」


 これでは無限ループだ。


 本当にやることがなくなったので、お昼寝の続きでもしようと思ったら、テストに不可解な点を見つけた。


「………なぁ、これ」


「ん?」


「ここ、抜けてるけど」


 全部埋まっていたと思ったら一つだけ埋まっていなかった。


 3段落の2問目。「ア」「イ」「ウ」の三択問題。


「私もお前も間違ってたの」


「なんて答えた?」


「ウ」


「…………………俺が『イ』で間違ってんだから、答え『ア』だろ」


「あ……………………」


「………………バーカ」


 書いてもらった分際で罵倒するのは、恩を仇で返すような最低行為だが、砂流相手だったら話は別。これはお昼寝を邪魔された仕返しである。そして少しお釣りが帰ってくるレベル。


 まぁ、今回はくだらない日常に戻ったって話だね。

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