39話 喫茶店でするお話

 ♤


「お待たせいたしました。こちら、カフェラテとカフェオレになります」


「ありがとうございます」


「どうもです」


「ごゆっくりどうぞ」


 夢のようだ。海鷺さんと放課後に喫茶店にいるなんて。これはほとんどデートですよね。帰りは槍でも降るのかしら。


「喫茶店の中で言うのも失礼ですが、カフェラテとカフェオレの違いって何なんですかね?」


「大きな声で言えないけどほとんど同じだね。たしかカフェオレがフランス語、カフェラテがイタリア語だったはずだよ」


「へー。武田さん物知りですね」


「まぁコーヒー好きだからね」


 カフェラテを飲みながらお茶を濁す。


「厳密に言えばコーヒーの抽出方法が違うらしいけど、私は缶コーヒーで十分かな」


「…………コーヒーは奥が深いんですね」


 味も香りも奥も深い。カフェラテやカフェオレも好きだけど、個人的にはブラックが一番なのですがね。女子同士ならこっちの方がウケがいい、はず。


「もう少しでテスト期間ですね」


「そうだね。海鷺さんは勉強してる?」


「少しだけやってます」


「そこで『全然やってない』って言わないところ、海鷺さんらしいね」


「そ、そうですかね?」


 さて、どう切り出したらいいか。いざこうして目の前に座ると、例の件を話すのはいささか勇気がいるものだ。


 面と向かって初めてわかる事だが、結構尻込みをしてしまう。疎遠になるのが怖くって、現状維持に甘んじてしまうのが人間か。


 しかし男に二言はないし、それで切れる縁ならばそれまでだったのだろう。


「あのさ、海鷺さん………」


「はい?何でしょう」


「実はね、昨日さ私…………」


 後悔してしまうかもしれなくても、前に進まなくてはいけない事があるから、


「隣町の方で………」


 言い辛くても、言わなきゃいけない。


「海鷺さんが隣に男の人を連れているのを、見たんだよね…………」


「!……………は、はい……」


 あぁ、言ってしまった。


 口に出した瞬間に後悔の海が押し寄せてきて、一気に呑まれる感覚がした。シワができたら大変なのに、思わずスカートを握っていた。


「えっとね。昨日さ、私買い物の時にチラッと見えちゃって…………、海鷺さんそんな感じしなかったから、ビックリしちゃって」


 しかしまぁ、これは黒かな。


 海鷺さんは少し赤くなった顔を俯き、手元のコーヒーカップを見つめてる。目線の先には少し手が震えているのか、水面は微かに揺れている。


 しまった。いつの間にか、責めている口調になってしまった。


「いや!ごめんね。そういうつもりじゃなくって!ただ、その…………、恋人がいるなら、教えて欲しかったなって………」


「………………はい……?」


 あれ?結構わかりやすく伝えたはずなのに、伝わってなさげ。


「その、………2人がそういう関係だったって、私知らなかったから。……相手がいるのに遊び誘ったりして、ごめんね」


「…………………」


 すぐさま立ち去りたいが、このまま放置すると疎遠になる可能性が大きいので、なんとかフォローしなくては。


「別に嫌いになったわけじゃないよ!ほんとに。でも、海鷺さんとは仲良くしたかったから、隠し事は無しにしたかったの」


 男を隠している奴が何言ってんだとは言わないでほしい。


「あ、あの…………すごく、言いにくいんですけど………………」


 完熟トマトのような真っ赤に染まった顔で、海鷺さんは俺に言う。




「ご、誤解…………です…………」


「えっ、と……………えっ?」


 誤解?誤解とはどう誤解しているんだ?あれをどう見繕ったら誤解になるんだ?


 頭の中が疑問符で一杯になると、顔の赤が収まらない海鷺さんは話始める。


「い、以前。武田さんと映画館にお邪魔した時ですね。…………武田さんの服がとってもお似合いでオシャレで、私、恥ずかしくなっちゃって」


 何が?あの時の私服、超カッコ可愛かったけど。大人っぽい雰囲気の服を、神スタイルの海鷺さんに纏わせると兵器になると知ったけど。


「………………私、地味な服しか持ち合わせがなくって。…………もし今後も2人で出かける際、隣にいても恥ずかしくないぐらいの身だしなみは、しようかと思いまして……」


 えっと。………気にしすぎでは?


 俺の記憶が正しければすれ違った客や映画館のスタッフは、女装中の俺ではなく隣を歩く海鷺さんに目を奪われていたはずだ。めっちゃ綺麗だったやん。


「でも、その、………洋服を選ぶセンスとか、良し悪しがわからなくって、でも頼れる友人は武田さん以外いらっしゃらないですし……」


「ち、ちょ、ちょっと待って!色々と聞きたいことは山ほどあるけど…………」


 特に「頼れる友人は〜」のところを録音したいからもう一回喋ってじゃなくて!


「え?じゃあ、何?どうして都楽くんなの?今の話を聞いたところ、全然関係なくない?恋人とかじゃないなら、何?」


 次は沸騰したやかんのように頭から湯気を出して、トマトより真っ赤な顔になる。おいおい大丈夫か?




「その、……………龍斗は、……………こ、恋人じゃ、ないです…………」


 し、下の名前を、呼び捨て……だと…!?

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