29話 壁ドゥン

 ♡


 どうしてこうなった。


 私は今、都楽くんでも武田ブタでもない男子と、かなかな結構なイケメンとスタバでお茶している。


 スタバで「お茶している」というよりかは、スタバで「コーヒーしている」と言ったほうがそれっぽいが、この際どうでもいい細かいことだし、「根掘り葉掘り」で「葉っぱは掘れない」ことに激怒するほど、私は細かいことが気になる人間じゃない。


「俺さ、初めて運命ってやつを感じたんよ!マジに!こう、赤い糸がピューって繋がってんのを感じがしたんだ!」


「…………はぁ………」


 生返事。とれたて新鮮。生返事。


 どうしてこうなった。


 なんとかフラペチーノを飲むフリをしながら振り返るする。


 説明しよう。どうしてこうなったか。





 私と武田はストレス発散のため休日に遊んでいたところ、偶然にも発見し発覚してしまった都楽くんのデートを尾行し、あわよくば介入して「私に隠れて浮気してたの!?信じらんない!」と、なんちゃって修羅場を演出しようとしていたのだ。私の脳内プランでは。


 急遽男装をするとのことで、メンズの服を買うために電車に乗っていたところ事件は起きた。


 つり革につかまっていた男性が、電車の急な揺れでバランスを崩し、ドアに背を預けていた私に壁ドゥンしてきた。正確にはドアドゥンだ。


 まるで少女漫画に出てきそうなご都合めいた事件が起きたのだ。私が漫画でこのシーンを描くならこの瞬間にキスまではしちまって、そっからBL方向に持っていくのだが、私は今女子だから残念ながらBLにならない。


 結果、ドアドゥンされてキュンとしたわけでも、ズキュゥゥゥン!!したわけでもなく、まあまあ近い距離にも関わらずまばたきもせず表情をピクリとも変えない私に、


「………すいま……せん」


 と男性は謝ってきた。


「………いえ、気にしてませんから」


 むしろネタを拾えたからありがたい。謝礼金として彼をBLに登場させてあげよう。


 男性は手を離すのとほとんど同時に電車は減速を始めて、背後のドアが開くアナウンスが入る。


 プシューッと開く扉から飛び出し改札を抜け、地図にあった駅近の服屋に向かう。


「……………悪くないフェイスしてたなぁ」


 あの男性、(以降、ドアドゥン男子と呼ぶ)そこそこパーツがいいし、体のシルエットもすごくいい。


 ドアドゥン男子の容姿はチャラ目で、個人的にサラサラ短めの茶髪はあまり好みじゃないけど、余裕がある雰囲気と、他人の懐に入るようなヌルッとした性格なら、キャラ立ちするし、まぁ、いいんじゃない?


 そして隠れドSの受けなしの攻めて攻めて攻めまくる、ちょっと鬼畜な感じが似合う、意地悪系…………。


「…………今はやめとこう……」


 今、暴走しかけていた。


 武田がいない以上、私の暴走を抑えられるのは私の自制心のみ。ここは我慢だ。ひたすら我慢。


 しかし逆に考えてみれば武田がいないのだから好き勝手できるし、せっかく発散したストレスをここで貯めるのはよろしくない。


 いやでも騒ぎになったら本末転倒だし、都楽くんという心に決めた人がいるのに浮気などあってはならない。


 もし都楽くんたちの追跡をほったらかしてたら武田に殺され、私も私を殺すだろう。


 しかしまだ取り返しがつく。というか事件はまだ発生していない。未遂ですらない。


「………………馬鹿なこと考えてないで、さっさと買っちゃお………」


 急ぎ足で服屋に向かった。

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