18話 ドレスアップ定休日
♤
男女での外出が全てデートなら、今から行う行事もデートになるだろう。
しかしどうだろう。ここまで気分が浮かないのなら、むしろ地下1万メートルほどの、マントルにまで届くレベルで気分が沈むのは、はたしてデートと言えるのだろうか。
否、言えない。これはデートでもなんでもない、いわばストレス発散行事だ。
ただの気が重くなる気晴らしだ。
「はぁ…………」
日曜日。午前10時前。駅前に一人、起床から今まで何百回とついてきたため息を今一度繰り返す。
そして何千回と繰り返した思考をまた巡らせる。
「もう帰っちまおうかな…………」
同じ独り言を何万回と繰り返し、ため息をまた一つ。
何度も何度もため息をついたから俺のせいで地球温暖化も早まったかもしれない。
一分一秒がクソ長いくせにあっという間に針は進む。
別に待ち遠しいわけではない。ただ「俺は高校生活の限られた休日に何をやってんだ」と思ってしまうのだ。ほんと何をやってんのやら。
スマホの画面に映る数字は9時58分。
「今からでも間に合うか?」
ロックを解除してトークアプリを開く。
連絡先をスクロールして、ある人のトークルームに入る。今から連絡を送ろうとしているのは無論、彼女であり、これから落ち合う予定の砂流夜麻だ。
その予定をキャンセルしてそそくさ帰ろうと思い、指先を滑らせる。
「急用が、出来たので、帰………ん?」
ポチポチと字を打っていくと、ポコっという音とともにトーク履歴がそれぞれ一段上がる。
着信だ。
「………………」
ついた。
たったその三文字が何かの誤作動であってくれと思った時には、後ろから不機嫌そうに地面を踏む音がしていた。
その音は真っ直ぐ俺の方に近づいてきて、
「武田、帰ろうとしたろ」
図星。
聞き覚えのある不満そうな声が飛んできた。
首を捻って振り返ると案の定、いた。奴だ。
砂流夜麻。女バージョン。
「…………」
思わず押し黙ってしまった。言い換えれば不意を突かれた。その姿に。
黒のフード付きパーカーに、デニムのショートパンツ、赤いスニーカーでボーイッシュな雰囲気ではあるが、ストッキングを履いてない生足が女性だと強調している。そして何気に膨らんでる胸元も。
男性ではやや長め、女性では短めの髪の毛はポニーテールで一つにまとめ、ニット帽と伊達メガネで変装。普通の鞄よりかなり大きめのショルダーバッグには、多分スケッチブックが入ってるのだろう。今日はそういう日。
あの悲劇の再会から数日間。砂流の私服は映画館の男子ファッションぐらいだ。
だから女子バージョンの砂流の私服は、なんというかこう新鮮で、とても似合っていて。
正直、綺麗だなと、思ってしまった。
「ふーん」
顎に手を当てて、俺を下から舐めるように見る砂流。
「…………んだよ」
「及第点」
「何がだよ」
多分ファッションチェックしているのだろう。砂流は内容はともかく漫画について妥協は一切ない。流行のファッションもチェックしているし、実際に着ているところも模写しているはずだ。あの頃と同じならば。
俺も服装にはかなり気を遣っているのだが、会うのが砂流だもの、気合入れてくるわけねーだろ。
「なんか普通の男子みたい」
「いや普通に男だし……」
「何故いきなり男アピール!?ホテルなんて行かないよ!?」
「ほんと脳みそ腐ってんのな」
ホテルの前に病院行ったほうがいい。絶対に。
見た目が変わっても脳みそが過去進行形で腐っている砂流は聞く。
「んでどこに行くの?」
「まずは……」
病院かな?と思ったが医師に「異常なし」と言われ調子に乗るのは目に見えていたので、
「コレに行きます」
スマホに映った地図に指を指した。
今日のお出かけはストレス発散なので。
♡
「いやー捗るなぁ捗るなぁ!」
「………………」
流石は我が天敵!よく理解してらっしゃる!
武田と地下鉄に乗り、徒歩で移動する事約5分。着いたのはR○UND1という「若者がバイトで稼いだわずかな金を払い、様々なサービスを提供する子供騙し、もといエンターテインメント」と、武田が捻くれた説明をしたアミューズメントセンター。
入るや否や、そそくさとエレベーターで階を跨ぎ、ボウリング場へ。
「むふ……むふふ……腐腐腐………」
「……………」
武田が無言なのも無理はない。
何故なら今!
「うぃ連チャンストライク!」
「イェーイ!」
ハイタッチをする男子集団を、私はスケッチしているのだから!
カリカリとシャーペンが音を立てていくと、真っ白だったスケッチブックは徐々に黒く染まっていく。
色鉛筆は後で使うとして今はこの光景を、ひたすらに写し撮って、目に焼き付けていく。
それを持ち帰ってネタを起こす。はい完璧!
今思いついたネタはスマホのメモアプリにちょろっと書いて保存しておく。
「ウヘヘ………」
「……………………」
ゴロゴロカッコーン。
黙々と作業している私をよそに、ワンゲームでありながら、二人分のスコアを埋めていく武田。
数字が並んでない。全部ストライク。
「あのさ、二人分投げんのキツくない?」
「仕方ないだろ。………料金払わずに席に座ってたら営業妨害だ」
「あれ、もしかしてマクドナルドの件忘れてます?」
「ゔ……………」
私の指摘に手を滑らせて、コロコロコツン。
9ピン。
「……下手っぴ」
「………ウルセェ。誰のせいだと思ってんだ」
ボウリングの球が出てくる台からボウリングが出てくると、すぐさまそれを掴み、勢いよく投げる。
ゴロゴロ。カン!
一本だけ残っていたピンが飛び跳ねる。
「ドヤァ」
「ドヤァって口で言う人初めてみた」
スペアをとってドヤ顔をする武田。
たかがスペアで何ドヤってんだこいつ。
「……手本見せてやる」
スケッチブックを閉じてペンケースにシャーペンを入れる。チャックをしてバックの中へ。立ち上がって凝ってた肩をほぐすためにストレッチをする。
「やった事あんの?」
バカにするように、というか本当にバカにしている。
「まぁ見てなって」
サイズの合う球を選び、掌を乾かしす。
指をはめて投げるフォームを作る。
「……………」
息を整えて、ゆっくり歩き出し、腕を後ろに、一気に振りかぶる。
そのまま手を捻り回転をかけて、思いっきり投げる。
勢いよく球は転がり。
ゴロゴロガタンッ。
そのままガーターに一直線。
「…………………」
「………手本って?」
「いやいやこれはガーターの手本」
「……………」
大丈夫。まだいける。
今度は回転をかけずに真っ直ぐに、真ん中のピン目掛けて、振りかぶって勢いよく投げる。
ゴロゴロガタンッ!
「………………」
「………………」
スコアボードに0の表示。
「いや、まぐれだよ?まぐれまぐれ」
「……………」
スコアボード的には次の投球は武田だが、お構いなしに私は投げる。
しかし次の球は違った。
ピンに向かって一直線に転がりそして、
カコーンッ!
ピンの真ん中に当たった。
「ほらみろ」
自慢げにドヤる私、をジト目で見る武田。
「ド下手じゃねぇか」
スコアボードの1の文字。
勢いよく放った球は端っこのピン目掛けて一直線に転がり、ピンの真ん中に当たった。
「…………スケッチ戻ります」
どうやら私にはボウリングの才能はないようだ。
「………俺的にはスコアを落とす事より、えぐい絵を描かれる方が遥かに苦痛なんだが」
ため息と一緒にボウリングの球を持つ武田。
フォームを作って振りかぶって投げる。
その姿は、とてもかっこよく、酷く綺麗なフォルムで、もし私が漫画家ではなく写真家なら、この一瞬を永遠に収めたい衝動に駆られるものだった。
その遠くを見据える目を、ずっと見ていたかった。
「武田、絵のモデルになってよ」
「嫌に決まってんだろうが」
今回は同様せずに真っ直ぐに転がった。
爽快感ある音が聞こえた後、スコアボードの1の隣には数字ではなく黒い三角形。
「お前に描かれるなんてごめんだね」
「じゃあ意地でも描いてやる」
「やめろテメェ」
掛け声と共に投げた球も一直線。
その後、スコアボードに数字は表示されなかった。
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