17話 ハニーじゃないトラップ 後編
♡
「ねぇ夜麻くん。どうして?」
都楽くんが器用にもパソコンを構いながら繰り出す問いかけに、
「どうしてって?何が?」
質問を質問で返した。
「そのさ、武田さんのために、どうしてここまでするのかって」
あぁ、そう言う事か。なるほど。
「都楽くんは、俺と武田が同じ中学出身だって知ってる?」
「うん」
目と手はパソコンに。口と耳はこっちに。
「昔からね、あいつ危なっかしいところあんだよ。一人で何でも抱え込んじゃうって言うか、見栄を貼りたがるんだ」
「そうなんだ」
「力不足だろうが何だろうが、目標のためだったら何だって捨てる感じの、放って置けない奴なんだよ」
「あぁ、なるほどね」
その言葉はパソコンの方なのか。はたまた会話の方なのか。
「よし。できた」
「え、はや!」
パソコンの中には例の写真がある。
その写真はどこか違和感があり、部屋を含めた写真全体的に暗く、なにより犯人が武田に似ていない。
「これって……?」
「写真の加工を外した。それだけだよ」
それだけってレベルじゃない。
「基本的にスマホで写真を撮ると位置情報もくっついてくる。SNSでは非公開になるけど、まぁそこはちょっとのハッキングでてくるよ」
あれれ?なんだか犯罪臭のするワードが顔を出しましたが、気のせいですかね?
「USBに保存する。彼女に届けて」
差し込まれたUSBを抜き取り手渡す都楽くん。ちなみに彼女とは、女装状態のこと武田である。
「ガッテン承知!この命に変えてでもお届け致す!」
敬礼のポーズをして一目散に走り出す。さすがに走る時、スカートよりもズボンの時が断然走りやすい。
遠のく教室からポツリと聞こえた。
「そりゃ応援したくなっちゃうよ」
紛れもなく都楽くんの声だ。
♤
「武田さん。ちょっといい?」
「ん、はい。なんでしょう?」
「ちょっと………」
俺は内心ほくそ笑んでいた。ようやく声をかけてくれたのか。
恐らく俺はこの人達に人気のないところに連れられて、数の暴力でもみくちゃにされるのだろう。エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!!
ついて来いと言わんばかりに先導する彼女。そして俺の背後には急かすように張り付く共犯者2人。
「ねぇ都楽くん。連れションしよ?」
「えー………まぁ、いいけど」
誘い方ってもんがあるでしょ。バカかアイツは。
「水筒が……。自販機で買うしかありませんね………」
それぞれ席を立つ彼女ら。
それを横目に俺は、
「えっと、どこに行くんですか?」
と、とぼけながら聞いてみるも返事はなし。
相当カリカリしているようだ。生理かな?
廊下を渡り、着いたのは教室からも職員室からも遠い、美術室や被覆室など特別教室のあるB棟。
その女子トイレに入っていく彼女。
今更だけど女子トイレは小部屋なのだから、1人で行っても2人で行っても変わらないのに、一緒に行く女子多いよね?意味わかんない。
トイレに踏み込むやいなや、背後から強く押された。
2人から押されてつまづき、派手にすっ転ぶ俺。衝撃で胸ポケットに入れていたスマホが床を滑る。汚ったな。後で消毒しなきゃ。
「ねぇあんたさ、どういうつもり?」
「どうと言われましても………」
まず起こせよ。人が倒れてたら。
「バカにしてんの?」
「ちょっと話がつかめないんですが……」
すっとぼけていたら。
ガシッと、頭を蹴られた。
世間では女性に蹴られて快感を感じる豚野郎もいるらしいが、生憎俺は痛みを快感には変更できない人間だ。ドMは攻撃でダメージ回復以下略。
「調子乗ってんじゃねぇよブスがっ!!」
「っ!!」
いきなり大声出すなよ近所迷惑だろうが。
「あんた何なの!?ブスのくせに私より注目浴びて!砂流とか都楽とかイケメンとつるんで!おまけに熊沢先輩に告られるとか、調子乗ってんじゃねぇってのっ!」
「ゔっ!!」
熊沢先輩?もしかすると先日のヤンキーの誰かだろうか。
などと考えていると、またしてもガシガシ蹴られる。
女の脚力で先の丸まった学校指定の靴じゃ、あまり痛くはない。
5、6回蹴られてようやくおさまったと思ったら、髪の毛を掴まれて上に引っ張られた。
うんこ座りといえばいいか、かがんで俺の顔に彼女は顔を近づけて威嚇する。
「喧嘩売ってんの?」
「………喧嘩は売ってません。どっちかっていうとパンツ見てますね」
蹴ってる時もそうだが、かがんでいる今、スカートの中見放題で、黒いパンツがこんにちはしている。
これが見せパンというやつか。
「結構大人っぽいの履いてんですね。久琵琶さん」
彼女の名前は久琵琶早妃(くびわ さき)。クラスカースト上位のイケイケ系グループのリーダーだ。
「死ねっ!!」
ギャルのような彼女の体格じゃ、痛くも痒くもないが、反撃するわけにもいかないので蹴りを頬で受け流す。
「このっ!このっ!このっ!」
もう怒りが治らないのか、はたまたパンチラで恥ずかしさを紛らわせたいのか、腕でも体でも足でも、どこでも蹴る。アザ出来ちゃったらお肌に悪いわ。終わったらちゃんと冷やしとこ。
すると、カシャリと。
シャッターの音。
それは立て続けに鳴り、連写になる。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
反射的に振り向く久琵琶さんとその仲間たち。
振り返る彼女達の顔もバッチリ映ってるはず。
シャッター音が止まると同時に入り口付近にいたお仲間さん達が、先程の俺同様にすっ転ぶ。後ろから背中を蹴ったのだろう。
そして聞いたことのある声。いつもなら耳を塞ぎたくなる雑音だが、今回ばかりはありがたい。
「随分とお楽しみみたいですね?武田さん」
「お楽しみに見えたら眼科に行った方がいいですよ?砂流さん」
ヒーローは遅れて登場する。常識だ。
それはそうだ。
勝ちが確定しているシナリオはもう、出来上がってるのだから。
♤
「そんなわけで作戦を発表します」
マクドナルドの営業妨害にならない声量かつ、女声を意識して言い放つ。
「最終的にはあちらから正体を明かしてもらいます。さっきも言ったけどシラを切られたら私は終わりなので、自己申告制にします」
「具体的にはどうするのですか?」
海鷺さんが小首を傾げながら聞く。
「基本的には何もしません。むしろ何もしないのが作戦です」
「というと?」
砂流が問う。
「こういう影でこそこそする嫌がらせに限らず、卑劣な嫌がらせっていうのは、相手が落ち込んで欲しいからやるものなんです」
ちょうどいい具合にナゲットとポテトがあったので、こいつらに加害者役と被害者役をやってもらう。
まずナゲットを一つ取る。
「加害者は『あいつを苦しめてやる』とか『あいつが私より上だなんて許せない』などの攻撃的な思考を持ちます」
そのままナゲットにケチャップをつける。
「んで、被害者に危害を加えます。この場合は嫌がらせ」
しなしなのポテトとピンと伸びたポテトを一本づつ摘んで、それぞれにナゲットのケチャップをつける。
「被害者の反応としては2種類。極端に落ち込むかあるいは、空元気のように立ち直るか」
しなしなポテトは前者。ピンとしたポテトは後者。
「でもこの二つは悪い反応です」
ナゲットを一旦ケチャップのプールに突っ込み、片手に一本ずつポテトを持つ。
「落ち込んだ場合は『しめしめ、もっと苦しめてやる』とヒートアップします」
しなしなポテトを口に放り込む。
「そして元気になった場合は『もっとすれば落ち込むはず』とか、逆にどれほど耐えられるだろうかと、楽しみを与えてしまいます。どの道ヒートアップです」
ピンとしたポテトも口に放り込む。
「じゃあ八方塞がりじゃないですか?」
話をちゃんと聞いていた都楽くんは眉を潜める。
「でもひとつだけ打開策があります」
しなしなでもピンとしてるわけでもない普通のポテトを手に取り、ナゲットからケチャップをつけらせる。
そのケチャップがついた部分を食べて、赤がないポテトにし直す。
「無反応。それこそヒートアップさせずに、クールダウンもしくは、苛立ちだけ与える唯一の方法です」
「つまり、無視をしてやり過ごすってこと?」
都楽くんの問いに、
「そゆことです」
と返す。
「しかし、それだと武田さんの負担が酷いと思いますが……」
すると海鷺さんが心配そうに俺を見つめる。いやん心配してくれるの?この子ったら俺を攻略するつもりか!受けて立つぞ!
「そこは大丈夫です。並大抵の女じゃないので」
というか男なんで。
「その後、加害者が飽きずに嫌がらせをして、痺れを切らし、直接攻撃してきた時がチャンスです」
目には目を。歯には歯を。なりすましには、なりすましを。
「加工剥いだ素顔と、そこら辺で拾ってきた久琵琶さんに似た別人のAV動画を、久琵琶さんみたいに加工して、合わせて再投稿」
食いかけのポテトに再びケチャップをつけ。
「最後はダメ押しで」
ダメ脅しで、
「『あんたの住所付きで晒しますよ?』って言えばいいんですよ」
ケチャップのついたナゲットも口に放り込む。
「………………」
「………………」
「………………」
もぐもぐする俺を全員が白い目で見る。
「あの、なんていうか………その、………小悪魔っぽいですね………」
と都楽くん。
「………私は美魔女っぽく感じました」
と海鷺さん。
「いやむしろ悪女とか魔女っぽかったぞ。今の」
と男バージョンの砂流がほざく。
「待って!引かないで!そうゆうキャラじゃないから!ほんとに!もう一度やり直そ!?ね!?」
慌てて弁解するも時すでに遅し。
こうして腹黒キャラにランクアップした俺だが、まぁしかし、男だとバレるよりかは十分マシだ。この2人なら別にバラしても問題ないような気もするが。
♤
「はいカット!いやーめっちゃいいよ久琵琶さん。もう完璧!」
チョベリグ!と、日本語ではない日本語を使って映画監督のごとく声を張り上げる砂流。
「クソ………どっから湧いてきやがった……」
「てゆーかそもそも、ここ女子トイレなんだけど!犯罪だよ?」
「しかも盗撮!変態!」
ギャル達は男バージョンの砂流を睨みながら罵倒する。自分のことを棚に上げて、何ほざいてんのやら。
「犯罪となるといじめの方が重罪だし、盗撮って言うのも、このスマホ海鷺さんのだからいくらでも言い訳できる」
「はい。ありがと」と、持っていたスマホを海鷺さんに返す砂流。よし、さっき落とした俺のスマホと一緒に、あのスマホも一度消毒しよう。汚物は消毒だー!
蹴飛ばされたお仲間さんがヨロヨロ立ち上がる。
「あんたは学校のトップに立て付く気?」
「はぁ。井の中の蛙って知ってる?」
横にいた都楽くんが口を挟む。なかなか切れ味あるねぇ。
「さ、さーちゃんはね、モデル業界で金の卵っていわれて、ファンも沢山いるんだよ!」
「ゆで卵はヒヨコになりませんよ?」
俺も続けて言い返す。
「だいたいファンも嫌うだろうぜ。暴力を振るうモデルなんて、どこに需要があるん?」
砂流に関してはもういつも通りだ。
売り言葉に買い言葉。
いつも俺との言い争いで無駄に鍛え上げられた罵詈雑言がスルスルと出てきてる。
いつもよりかは優しいんだよねぇこれ。よく殺害予告されますし。
「で、どうする?久琵琶さん。『ファンに叩かれまくってモデル引退』、もしくは『退学』。ワンチャン髪の毛バリカンで剃って、明日からスッピンで登校すれば、バレないかもだけど、どうする?…………それとも」
小悪魔みたいな満点スマイルで、
「謝る?」
「…………………」
うん。今日の砂流さんやけに優しいね。いつもだったらトイレの床で土下座させたり、便器に顔突っ込めとか言いそうなのにー。
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