16話 ハニーじゃないトラップ 前編

 ♡


 なぜか二年生の不良が「彼女には本当に悪いことした。あと梅宮には言わないでくれ」と意味不明なことを言われ、頭を下げられた日から数日後。私は登校中に鉢合わせした武田にこんな疑問を振ってみた。


「ねぇこのアカウント知ってる?」

「アカウント?」

「これ」


 私がスマホを「この紋所が目に入らぬか!」とばかりに突き出して見せたのはとあるTwitterのアカウント。


 Twitterには森高の生徒が使う掲示板がある。そこでは日々、生徒達の情報交換が行われている。


 まぁぶっちゃけ愚痴だらけではあるのだが。


「……砂流ってこうゆうの見るんだ。意外。てっきり嫌いだと思ってたんだけど」


 私のスマホを受け取ってマジマジ見る武田。後で消毒しなきゃ。


「嫌いだよ。裏で悪口ばっかり言ってる奴を見てると、性格の悪さに吐き気する」

「吐け吐け。んで何見せたいん?」


 勝手に私のスマホをスクロールする武田。


 愚痴のオンパレードと、映えてる(らしい)写真を乗せたりしているツイートを読み飛ばしている。


 だが、不意に、ピタッと指先が止まる。


「……何だ………これ………!」

「やっぱりこれ武田だよなぁ。クオリティ高いのがさらに気に食わない」


 ワナワナと震える武田をよそに、内心私の勘違いであってくれと思っていたから、予想通りでガッカリしている。


 ことの発端は、この一枚の写真から。


 女子高生バージョンの武田によく似た、というより似せた人の写真。


「…………誰……!?」


 我が高校の制服を中途半端に脱ぎ、そのプロポーションを自慢するかの如く自撮りされた写真。


 目元を隠しながらも口や鼻、髪型はそのままの写真にいる人は、目の前の武田と瓜二つだった。



 ♡


 昼休み。私たちは旧校舎の階段で話し合っていた。


「で?犯人はわかったん?」

「わかるわけねぇだろ。こんな短時間で」


 午前中の教室はクラスメイト全員が妙に落ち着きがなく、居心地が悪かった。


 犯人を探そうにも見れば見るほど全員怪しくなる。その上武田に送られる変な目線を見つけては、毎回私は虫の居所が悪くなり、休憩時間はトイレに逃げたのだ。


「そう易々とは見つかんねぇよ」

「なんだつまんねー。どこぞの中身だけ男子高校生のショタ小僧みたいにズバッと言い当てられればこの話ここで終わりなのに……」

「それは『見た目は子供、頭脳は大人』がキャッチコピーの人かい?」

「真実はいつも一つ!」


 自販機で買った紙パックのイチゴミルクにストローをぶっ刺し飲む。


「でも実際どうするん?犯人がこれを続ければ最悪、警察沙汰になることだってあるんだよ?」


 購買の焼きそばパンをかじって武田に問いかける。


「わかってる、そんぐらい。でもそれじゃあ俺の目標である花の学園ライフは一生やってこない。警察にお世話された奴って言うレッテルはなかなか剥がせない」


 缶コーヒーを煽る武田は何やら熱く語っていた。


「一部共感できないけど私も同じだ。それだけは勘弁して欲しい」

「『警察に頼るのは最悪の場合で、なるべく自力で解決したい』ってことでいいんだよな?俺と同じで」


 イチゴミルクをやめてパンを一口。


「うん。私もだいたいそんな感じ。せっかく都楽くん見つけたのに手放すものか!」


 缶コーヒーを飲みながら武田が目線で訴える。程々にしないとお前が刑務所行きだぞ、と。


「とりあえず、犯人の特定が第一だな。ターゲットを絞らないと始まらない」

「でもどうやってさ。現に見当ついてないじゃん」


 紙パックに刺さったストローを突きつけ質問。


「俺たちが切れるカードは一枚。この写真だ」


 空になったスチール缶を階段に置き、例の写真を突き出した。


「この写真を送った人を逆探知して正体を暴く」

「そんなこと出来るの!?」

「出来ない」

「じゃあ無理じゃん」

「バーカ」

「は?」

「適材適所って言うだろ。そういう分野に詳しい奴がすりゃいい。ほら、お前のお気に入りの」

「………都楽くん?」



 ♡


「都楽くん。一つお願いしてもいいかな?」


 同じ昼休み。例の噂話が蔓延した教室で、私は都楽くんに早速持ちかけた。


「どうしたの?」


 昼休みは常にパソコンと睨めっこしてる彼はイヤホンを取り外し目を向ける。


 無表情から笑顔になる彼は尊さが半端ない。その尊さを飲み込んで本題に移る。


「これなんだけどさ……」


 私がスマホに映した写真を一目見ると、


「あぁ、僕そういうのは嫌いなんだ」


さっきまでの笑顔が嘘のように引っ込んで、無表情に戻り、カタカタとキーボードを叩き始める。


 私はわかった。彼が怒っていることを。


 趣味で漫画を描いているといっても、たとえそれが楽しさ重視のBL漫画だとしても、妥協は一切ない。骨格はもちろん、表情の一ミリの差がどれほど重要かを知っている。


 だから彼の眉毛が無意識に下がり、口を塞いだのが、何を意味するかわかった。


 わかった上で私は、


「聞いてくれ都楽くん。たとえ君が嫌でも、聞いてくれ」


 嫌だと知ってても、嫌われるかも知れなくても、話さないわけにはいかない。




 ♤


「は!?もう犯人わかったの!?」

「声でかい!静かに!」

「す、すまん」


 昼休み後、5時間目である体育の100メートル走中。休憩中に砂流がやってきたので何事かと思ったら、まさかの犯人特定。


「なんか住所でたの。基本的に伏せられる情報なんだけど都楽くんが解いた」


 すげぇ。都楽くんまじパねぇ。というか普通に犯罪だ。


「で?誰」

「それがね……」



 ♤


「第一回、作戦会議!イェイ」

「いやイェイじゃねぇよ」


 場はコロコロ変わり、現在マクドナルドの四人がけテーブル。最近はこの店が反省会会場と化してるが、店の売り上げを向上させてるので問題ないであろう。


 だが今回、作戦会議に参加するメンバーは4人。


 俺、武田后谷。腐れ女、砂流夜麻。


 そしてゲスト。超絶美少女であらせられる海鷺華月様と、腐れ女よりよっぽど使える天才天使である都楽龍斗様。


「んで、都楽くんはともかく海鷺さんは事情を知ってるのかな?」


 砂流が男ボイスで海鷺さんに尋ねる。


「はい。武田さんから聞いています。問題ないですよ」


 ニコッと笑う彼女に浄化されて、


「私から既に言ってあるから大丈夫。さっそく始めましょう」


 女ボイスの俺はあくまでも平常心で、議題に入る。


「とりあえず犯人は『あの人』でほぼ間違いないと思うの。でも本人に直接聞くのはアウト」


 すると砂流が、


「何で?」


 と聞いてくる。


「シラを斬られたらそこで終わり。その上どうしてわかったかを聞かれたらこっちが犯罪者扱い。それこそお手上げ」


 王手は詰ませられる時にするべきなのだ。


 もっと脳みそ使えやと言おうとしてギリギリで飲み込む。


「そんなわけで作戦を発表する」


 チェックメイトのための下準備開始。

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