15話 喧嘩劣等

 ♤


 不良。


 どんな学校にでも一定数いるであろうその人種。やんちゃを通り越して世間様に迷惑をかける輩。


 着崩しはもちろん、派手な頭髪、ピアス。声が大きいくせして矢面には立てない腑抜け共。態度がでかいヘタレとしか俺は思わない。


 しかもそのような輩に限って、恋愛とかに積極的で、彼女を作っては取っ替え引っ替えしてるものだ。


 性欲に飢えた獣は、種の保存に積極的で素晴らしいと思うのだが、人間には当てはまらない。性欲モンスターは檻に入ってるのがお似合いだ。


 つまり、何が言いたいかといえば、


「おーい。聞いてる?なぁ。俺の声聞こえてる?おーいってばー」


 顔を近づけんじゃねぇチンパンジーが。


 絶賛ナンパ中なのだ。


 否、絶賛ナンパされ中なのだ。


 こういう類の連中は学校にチラホラ見かけたが、よりにもよって俺に声かけるとか頭おかしいんじゃないの?俺男だよ?今女だけどさ。


 不良のひとり(こいつをヤンキー1号と名付けよう)が俺に向かって言った。


「ねぇ可愛い子ちゃん。今から俺らと遊ばない?」

「………………」


 ウォェ……。


 俺は表面上では無言を貫いたが、内心では吐いていた。そりゃもう見事な噴水のようにゲブォォォォと。こいつの名前、シブタクに改名しようかな。


 無視していると隣から、


「今からカラオケ行くんだ〜。俺と一緒にデュエットしようよ〜」


 とヤンキー2号が口を挟む。


「………………」


「テメェとなんて死んでもごめんだ」と無言で返事した。ファッ○ュー。


「てかマジ可愛いんだけど!LINE交換しよ!Twitterやってる?TikTokでもいいよ?彼氏いる?いなかったら俺と付き合わない?」

「………………」


 うるさい。五月蝿い。うるせぇ。ウゼェ。


 そうガトリングのように質問連発されても答えられる奴いねぇよ。せっかちだな嫌われるぞ。ホモはせっかちって知ってる?


 ヤンキー3号の質問を受け流して、俺は言う。


「ごめんなさい私彼氏いるんで」


 咄嗟に出た嘘を、俺は飲みきれなかった。この後の展開などたかが知れてるのに。


「え、マジ!?彼氏持ち!?誰々?」

「やっぱ彼氏もか〜。そーだよね〜。可愛いもんね〜」

「んじゃそいつと別れて俺と付き合ってよ」

「………………」


 火に油を注いでしまった。ヤンキーたちはダメージを喰らうどころか、むしろ回復してしまった。関係ないけどドMって痛めてつけられたらHP回復するのかしら。


 でもさ、彼氏持ちじゃないけどお前らに魅力は一ミリも感じねぇの。俺好きなのは女子。特に海鷺さん。以上。


 しかしどうしたものか。彼氏がいると言った以上、誰か彼氏役を作らないといけない。


 もし「実はいません」なんて言えば「じゃあ俺と」になり、ロングパスからのシュートで見事なまでのオフサイド連携が決まってしまう。それは避けタイ。


「………………砂流夜麻」


 あいつの名前をつい言ってしまった。


 こういうアドリブ力が試されるやつは苦手なんだよ。


「スナナガレ、ヨアサ……」

「あっ俺知ってる〜。一年のあいつでしょ?」

「イケメンって噂らしいぜ?俺以下だと思うけど」

「いやお前より俺の方がイケてるっしょ」


 イケてないイケてない。イケてると思ってるその思考がすでにイケてない。


 するとヤンキー2号が口を滑らせる。


「てかあいつヤリチ○らしいぜ?」


 ピキリ。と俺の頭で変な音がした。


「えマジ?ヤリ○ンなん?うっわーだいぶクズだなぁ」


 ビリビリ。引き裂くような音もした。


「ほんとそれな。他にも中学だと彼女を取っ替え引っ替えしてたらしい。スカした野郎だよなぁ」


 ギギギ。とついに歯ぎしりを無意識にしていた。


 そしてダメ押し一言が、俺の頭で響いた。


「なんも努力もしてないのに、ただ親にもらった顔のパーツで、偉そうにしている奴とかってマジムカつかねぇ?」


 ブチッ!?脳内の血管が切れたのかと思うほど大きな音がした。


 俺は言いたかった。声を大にして言いたかった。「テメェらなんかより、あいつは死ぬほど努力してんだよ」と。


 俺は知っている。化粧を使えばわかるけれど、男の顔を女にするのは難しい。さらに女を男顔にするのはもっと難しい。メイクを悟られてはいけないのだから。


 性別が違うだけで、顔はもちろん骨格や声色も全く違ってくる。そもそも生えてねぇよ。女だからな。


 それを消した俺だからわかる。血の涙を流せるほど苦しい、異常な努力を。


「努力もしていないクセにとかいう侮辱を取り消せ」と、叫びたかった。


 しかしその発言はあいつの正体に関わる。


 もしそんな事を言おうものなら、一砂流が女だと言っているようなものだ。そんなことはあってはならない。こんな低俗な奴を擦りつける気は、いくら砂流であっても起きない。


 俺は必死に出かけた言葉を飲み込む。


「……………………」


 恐らく、このヤンキーは俺の彼氏役である砂流に対して、でっち上げた噂や信憑性のないあやふやな噂を吹き込み、悪者にしようとしているんだろう。


 あいつはクソだから俺にしろよ、と言っているようなものだ。


 人は誰かを貶していると、つまり見下していると、自分が上にいるような気分がするらしい。「俺より下がいるから大丈夫」と安心したいのだろう。


 よって二重の理由から、この砂流罵倒大会は開催しているんだろう。


 しかしそれは逆効果だ。


「……………………チッ…………」


 小さく、本当に小さく舌打ちをした。


 不快感を少しでも和らげようとして。


 無駄な行動だった。


 だって、もう十分、これ以上無いほどに、




 俺は、キレている。



 あいつを馬鹿にされて、キレてる。



「……………………」


 こいつらは今、俺の立ち入ってはいけない領域に足を踏み入れた。決して押してはいけないボタンを押しやがった。超えてはいけない線を超えた。


 まるで新品お気に入りのカーペットの上に、土だらけの靴で踏み荒らされたような、縄張りを踏み荒らされた感覚に似ていた。


 堪忍袋の尾が切れた「プッツン」という音と同時に、いつもでは考えられないリスキーな事をしてしまった。


 どうしようもないほどブチギレて、後先のことを考える余裕などない。


「……先輩。その耳のやつカッコいいですね」

「あぁピアス?イケてるだろ」


 知らねぇよ。


 別にピアスがどうとか、イケてるイケてないなんてどうでもいいのだ。


 しかしヤンキーはようやく自分を見てもらえた気になって、ノリノリでピアスの説明をし始める。


「これ4万ぐらいしてなぁ……マジイケてるんだよ」


 ヤンキーの目線がピアスの方に行けばいい。真横を見れば、真下から来る足に気づかない。


 素早く構えて、足を上げる。


 狙うは太ももと太ももの間、股にあるそれ。


 男なら誰しも持っているその部品。


 男性の象徴であり、最大の弱点。どんなに実力差があろうと関係なく有効打を与えられる弁慶の泣き所。


 すなわち、イチモツ。



「このゴキブリチ○ポコ野郎がッ!!」

「はぁう……っ!!」


 これはこれは好リアクション。


 サッカー選手のごとく蹴り上げた足は股間にクリーンヒット。ヤンキー1号は股間を抑えて地面にへたり込んでしまった。


 さぞ痛かろう。非力とはいえ男の脚力で蹴ったのだ。考えただけでも痛い、見てるだけでも痛い。こいつは相当なダメージを喰らったはずだ。ざまぁみろだ。


「ぅ……いてぇ…………」

「フン。雑魚か」


 思う存分地面に這いつくばるがいい。


「この…………クソアマがっ!」


 股間を抑え毛虫のようにウネウネする1号をよそに、2号が俺を罵倒する。


 残念ながらアマではない。男なんだから。


「殺してやる……ぶっ殺してやる!」

「おー、怖」


 痛みがようやく引いたのか、よろよろと立ち上がるヤンキー1号。それに続く2、3号。全員が俺に鋭い目線を送ってきている。元から目つきが悪いのにさらに鋭くなっちゃって。


 しかし状況は劣勢だ。


 3対1。その上体格は完全に負けてる。それに俺は体術などの身を守る技など知らない。加えて奥義の股間蹴りも連続で決まるような技じゃない。


 かくなる上は、

「逃げるんだよぉ〜〜ッ!!」

 どこぞの波紋使いのごとく肘と膝を直角に曲げて、回れ右、踵を返し、敵に背を向けて、全力逃亡。


 手足を素早く動かして距離を稼ぐ。


 急な場面展開に置いてかれたヤンキー達はポカンとしている。


「ま、待てゴラァ!」


 数秒遅れて状況を理解したヤンキー達は、慌てて追いかけて始めた。


 ちくしょうっ!こんな事なら最低限の筋肉は残しておくべきだった!


 女性は男性に比べて筋肉がつきにくく、取り込んだタンパク質は筋肉ではなく脂肪に行きがちなのだ。


 だから女子の肉体をよりコピーするために、元からあった筋肉も減らしていた。食事制限も何度もしたから体力もそんなにない。


「はぁ……はぁ……!」


 早く!早くあの曲がり角に!


 長い廊下を走り、曲がり角につくや否や角を曲がり、

「あっ梅宮先生!助けてください!」

 と、大きな声で喋る。


「男子に追いかけられてるんです!」


 ヤンキーに聞こえるくらい大きな声で。


「やっば梅宮だ!」

「マジかよ!」

「早くズラかるぞ!」


 梅宮先生は生活指導部のゴリ先だ。


 体育教師で野球部の顧問。睨まれただけでチビるほどの強面は、元ヤンという説まであるような鬼教師だ。


 山火事をいち早く察知したネズミのように、ヤンキー達は勢いよく来た道を引き返す。そのまま転げ落ちるように階段を飛ばして降りていく。


「………………」


 足音が遠かったのを確認してゆっくりと顔を覗かせる。廊下には誰もいない。


 ヤンキー達も。もちろん梅宮先生も。


「……はぁ。脳みそもチンパンジーレベルかよ」


 こんな単純な嘘に騙されるとは。


 大きな声で喋っていた相手はただの壁で、一人だけの小芝居だ。


 俺は、もう誰もいない廊下に一言。


「お前ら社会のクズはこっちの世界より、砂流先生の漫画世界がお似合いだぜ?」


 大っ嫌いなBLも、登場人物がアイツらなら、少しは楽しめるかも。

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