14話 ファストなフード

 ♡


「以上、過去回想でしたーパチパチー」

「いや、お前もお楽しんでたよな?」

「黙れ。今回は私が裁判官。お前は罪人だ」

「被告人じゃなくて?もう決定なの?」


 我が裁判所はテンポの良さが売りなので。


「うーん、じゃあ救済措置なんだけど……」

「救済って………、まるで俺がどうしようもない奴みたいに言いやがって」

「事実だけど?どうかした?」


 わかりやすく挑発する私。


「…………このあまが」


 苦虫を噛み潰す顔した武田。


「今は男子高校生」


 私は勝ち誇った笑み。


「んで?対策案はもう考えてあるのか?その空っぽの脳みそで考えたんだ褒めてあげよう」


 すると武田は笑顔で喧嘩を売り、


「あぁ救済方法はね、手っ取り早く首跳ねようかなって。ぶっちゃけ、来世に期待しないと無理かなって」


 私は3割引の笑顔でお返し。


 またしても武田は笑顔で、しかし怒りを声に含ませながら、


「お前も末期だから安心しろ?お医者さんでも手がつけられないんだってよ。ほら、よく言うだろ。バカにつける薬はないって。BLにつける薬もねぇよくたばれ」


 アイドル顔負けスマイル。


 私もわりと大きな舌打ちをして、


「本当だよね。バカは死んでも治らないから私より更に重傷だ。来世は無口な人に生まれ変われたらいいね。無口なら喋らないからバカってバレないよ名案だね。じゃあ早く首切ってあげないと首出せや」


 イケメン俳優並みの爽やかフェイスで殺人予告。


「………………」

「………………」


 この状況を正しく言い表す言葉を私は知っている。


 一触即発。


 この男を一発殴らないと気が済まない。いや死んでくれないと気が済まない。むしろ死んでくれれば私は永遠にこの男とおさらば出来るのだやったね首切りましょう。


 我が家からチェーンソーでも持ってこようかと考えていると、


「あれ?もしかして武田さんですか?」


 どこかで聞いたことのある、凛とした声が後ろから飛んできた。


 声の主に目を向ける武田につられて私も振り向くと、


「こんにちは。って、さっきまで学校に居たので挨拶はおかしいですかね?」


 そこには、はにかんで笑う少女。


 出るところが出て、引くところはキュッと引き締まってる、爆弾ボディを持ちながら、放課後も一切制服を着崩さない真面目さ。


 全体的に整いながらも、少し大きな瞳は愛くるしさを思わせる顔立ち。


 艶やかな黒く長い髪と合う白い肌。


 頬を少し赤らめる様は酷く可愛らしい。


 非の打ち所がない完璧美少女の名はまさしく、

「海鷺さん?どうしてここに?」

 海鷺華月さん。私と武田を外した(入れるとややこしいので)クラス内では断トツトップの美少女だ。


「あぁ、私の両親は共働きでどっちも帰りが遅いんです。いつもは作ってくれる人がいるのですが、今日はお休みみたいで」


 困った可愛らしい笑みを見せる彼女の手元にはトレーが一つ。上に乗っかってるのはこの店で一番安価で色のないハンバーガーと、紙パックに入った野菜生活。


 毎回新作バーガーかチーズバーガーと、コーラのL、ポテトのLを注文する私とえらい違いだ。女子の私より女子っぽい(砂流夜麻、現在男子高校生)。


「出来ればご一緒したかったんですけど……」


 少し気まずそうに私を見る。


 なお、男装中の私だ。


 男女が放課後に仲良く飯食ってるのなら、どんな鈍感野郎でも気付く。


「お邪魔みたいですね。……じゃあ私は別の席で食べますので、お二人はごゆっく……」

「いや気にしなくていいよ座って座って。元々存在しないって言うか存在意義ない奴だから遠慮なく座って」

「おい。………まぁいいけど」


 男声を意識し、口調を一瞬で変えるのはなかなか難しい。低い声は喉をいじめる。


 すぐに女声に切り替えられる武田はやはり何度も経験して、経験値が高いからかな?もしくは女声の方が楽なのか。


 経験値の低い私は急に変えたから喉が詰まる。コーラを一口飲んで喉を潤す。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 ほら彼女が戸惑ってんじゃんどうすんのこの空気、と目線で苦言を呈す。


 本人は隣に座った海鷺さんに夢中で気付いてないけれど。自然な笑顔が気持ち悪い。


 苦虫の代わりにストローを噛み潰して、コーラを吸い上げる。


「で、お二人はどういったご関係ですか?」

「ブッ!?」


 思いっきり吹いた。


 4人がけのテーブルにコーラの水たまり。


「大丈夫ですか!?もしかして私変なこと聞いちゃいました!?」

「いや大丈夫いきなりクシャミ出ただけだから」


 そのクシャミのせいでコーラが肺に入ったけどね。


 完全に不意打ちの質問に戸惑っていると、正面にいる武田が笑顔のまま、というか気持ち悪い笑顔のまま答える。


「いやね、たまたま私が一人でご飯食べにきたら、たまたま席が埋まってて、たまたま砂流君が一人で食べていて、たまたま私がそれを見つけて、たまたまご一緒したんだよ」


 随分と「たまたま」を押しますね武田君。もしかしてゴールデンボールにご興味がおありでしょうか?


「あぁ、そうなんですね。じゃあ私もご一緒しちゃいます!」


 えへへと笑う海鷺さん、可愛い。


 満遍の笑みの武田君、マジでキモい。


 キモい物を見ないように目線を逸らして、ふと疑問に思った事を言ってみる。


「にしても本当にそれで足りるの?もっと食べたほうがいいんじゃない?」


 トレーに乗っているハンバーガーは私のより薄いし、ドリンクは健康に良さげだ。


「私、甘いものに目がなくて……。この間オープンしたスイーツバイキングで食べ過ぎてしまい、今はダイエット中です……」

「あぁそれは失敬」


 今は男なので無粋な発言に謝罪する。


 なるほどそういうことか。


 まぁ同じ女子だから気持ちは分からなくはないが、ここで賛同してしまうと不思議に思われてしまうので渋々距離を取る。


 すると、


「本当に男子ってそうゆうとこあるよねー」


 男子であるはずの武田が何か言い出した。


 額に血管が浮き出そうになり、舌打ちをしそうになったが、無理矢理笑顔を作って必死に押さえ込む。


「あー私も行きたいなー、スイーツバイキング。美味しいんだろうなー」


 チラッと海鷺さんを見る武田。


「あ、でしたら今度ご一緒しませんか?」


 まんまと罠にハマり頼んでいないスマイルをプレゼントする海鷺さん。


「え!?本当!?わーいめっちゃ楽しみー!!どんなケーキあるんだろ?」

「もしよろしければ、ご覧になりますか?」


 そう言って自分のスマホを取り出して机の上に置く海鷺さん。


 その位置だと私も見えていい感じ。


 スクロールするたびに、顔を出すのは煌びやかなスイーツの数々。


 イチゴのショートケーキはもちろん、チョコフォンデュやブルーベリーとラズベリーのロールケーキ。アップルパイやモンブラン、抹茶のティラミスにミルクレープ。はたまたイチゴとマンゴーと抹茶の三色で構成されたマカロンのタワーまで。


 どれもこれも美味しそうで、ついよだれを垂らしてしまいそうになるが、学校(主に都楽くんとのイチャイチャ)で鍛えた自制心で何とか耐え抜き、


「ふーん。美味しそうじゃん」


 と心の叫びを引き摺り下ろし、塩対応をする。


 対して、


「え!?めっちゃ美味しそうじゃん何これ!?」


 テンション爆上がりで反応する武田。


 本人は別にスイーツが好きでも嫌いでもないのだろうけど、海鷺さんと行けるなら興味を持っていると思われたいのだろう。私も都楽くんとならそうする。誰だってそうする。俺もそうする。


「実際はもう少し落ち着いた感じなんでが、やっぱりセンスのある人は凄いですよね?」

「センス?」


 どういう事か聞いてみると、


「あぁ、この写真は私じゃなくて、フォローしてる方のです」


 そう言って画面左端の×ボタンを押すと美味しそうな写真は画面下に引っ込み、かわりに白い画面に黒い字と顔文字が現れる。


 Twitter。若者人気のSNS。


 私自身は投稿した事はないし、鑑賞専門だがそこそこ詳しいつもりである。


「美味しそうな食べ物を美味しそうに撮る方で、いつも感心します」


 またしてもスマホには写真が映し出されたが、今度はトロトロ卵のオムライスだ。


 その次は肉汁溢れるハンバーグ。湯気が立ち上る海鮮パエリアに刺激的な香りが届いてきそうな麻婆豆腐。見るからに濃厚そうなカルボナーラにモッツアレラチーズがにょーんと伸びたマルゲリータ。ちなみに私はピザをピッツァと呼ぶ人は生理的に受け付けない。


 どれもこれもプロの写真家のように加工され、趣味のレベルを超えている。映えてるレベルじゃない。もうお金を取れるレベルだ。


「………すげーなおい」


 目の前のチーズてりたまバーガーそっちのけで画面を覗き込む。それほどまで食欲そそる写真だ。


「撮影なさってる写真から推測するに、この辺りに在宅なさってる方だと思うんですが、お会い出来そうにないんですよね」


 確かにこの人と一緒に行けば美味しい店ばかりな気がする。


 でもわかるのは近場の店が多い事だけ。顔写真はおろか、指すら映っていない。被写体より自分を目立たせる気満々の人とは違って、顔出しいない系の人だ。


 しかしこの投稿者さんのおかげで興味が湧いてきたのは確かだ。


「俺も今度行こっかなー」


 都楽くんと一緒に。


「あっ、でしたら砂流さんもご一緒いたしませんか?」


 彼女の不意で天然なお誘いに、


「え?」

「え?」


 マジかよ。と私と武田は同時に反応した。


「あぁでもさ、男がスイーツバイキングって変じゃ無い?」


 苦笑いをしながら言う。


 出来ればそういう店には女として行きたいんだが。都楽くんとなら男でも構わないが。


「そうでしょうか?私が店でケーキを食べていた時は、成人ほどの男性もいらっしゃいましたよ。一人で」

「…………」


 マジかよ。すげぇなそいつ。


 苦笑いが硬直してしまった。


「じ、じゃあ今度の機会に……」

「は、はい是非!楽しみにしていますね!」


 ヒマワリが一気に開花したかのように、一瞬で眩しい笑顔になる海鷺さん。


 やばい。女なのに、キュンとしてしまう。武田と同類にはなりたく無い!


「ちなみになんだけど、その写真撮った人ってどんな感じの人かな?」


 尊死しないように必死になって話題を逸らすと、


「そうですね。実際に会ったことがないのでわかりませんとしか」


 海鷺さんは少し困ったように答える。


「『たいがーどらごん』さんって言う方ですよ?」


 そしてスマホを開いてこちらに向けてくれる。


 そこに映ってるのはアカウントのプロフィール欄。


 平仮名で『たいがーどらごん』と書いてある下にはアットマークから始まるID。


 アイコンは龍の着ぐるみフードを着た虎のラフなイラストで、可愛らしくちょこんと座っている。


 私は見間違えて、龍に丸呑みされた虎のように見えたから、可愛らしさより恐怖が先にきた。


 ツイート欄には写真ばかりで文字はほとんど無い。たまに「おいしかった」とか「美味」とか書いてあったりする程度で、メインは写真だとわかる。


 無口というよりコメントに興味がないのかもしれない。返信にも答えていないし、質問に関してもガン無視。


 冷たいと言うより、他人との関わりを求めてないようにも見える。セルフサービスの究極だ。


「俺もフォローしよっかなぁ」


 私はポケットからスマホを取り出して、検索し、龍に丸呑みされた虎のアイコンをタップする。そしてフォローのボタンを押しフォロワーになった。


「これでお揃いですね」


 それを見ていた海鷺さんは心底嬉しそうに笑った。


 何がどう嬉しくて何故笑ったのか見当もつかない私は、


「そ、そうですね」


 苦笑いを浮かべるしかなかった。


 チラッと目線をずらすとそこには、目も口も笑っていて、アイドル並みのスマイルのはずなのに、ハイライトがなく真っ黒になった瞳で私を見つめてる奴がいた。


 ホラー映画よりも恐怖が湧き上がってくる。怖いよぉ。


「よかったですね。私以外の女友達ができて」


「…………」


 ゾワッとした。もう桜も散り始めて梅雨に差し掛かりそうな月日なのに、私の周りだけクソ寒いんですけど!


「仲がいいのはいいことです」


 武田が死んだ目で言っている。テメェ俺のお気に入りに手ェ出してんじゃねぇ殺すぞオイ、と。


「そ、そ、そろそろ出よっか。こ、混んできたし」


 逃げようと思い、座席から腰を上げると武田がすっごい笑顔で指摘する。


「その前に、そのハンバーガー食べてからにしては如何ですか?」

「あハイ、すいません」


 逃がさねぇぞ。アイドルスマイルが言ってる。


 もうチーズてりたまバーガーも冷えてるし、こいつの威圧で食欲湧かないし、味しない。


 誰か塩持ってません?お浄めも兼ねて。

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