13話 体力測定という名前のセクハラ

 ♡


 私にはBL以外にも好きなものがある。


 それはバスケだ。


 私自身、運動神経は平均的ではあるが、小中とバスケ部に入ってずっと経験してきたからそこそこ動ける。


 特に一瞬の状況把握と足運びは得意だ。隙を縫い、味方へのパス回しは上手い方だと自負している。


 しかし、当時の私はお世辞にも身長が高いとは言えず、小中と身長の高い選手は周りに数多くいて、リバウンドやダンクはどう考えても敵わない。


 だから方向性を変えてフリースローは誰にも負けないくらい頑張った。


 1日に何百何千もボールを投げて、右手首だけを負傷したこともあるし、右の掌の皮がガサガサになったりもした。女子にはあるまじき事だけど。


 ただその時に、自分が人より手先が器用なことに気づいてた。


 その後に友人からとある漫画を勧められて、BL漫画にどハマりしたのはまた別の話。





「前さ、私をめちゃんこ罵倒したの覚えてますか?武田さん」

「記憶にございません」

「10話読み返せ」

「メタ発言やめろって」

「じゃあ記憶に残ってるよな」

「しまった」


 前回とは立場が逆転し私は腕組みをして仁王立ちし、鋭い眼光を武田に向けていた。


 マクドナルドという大手ハンバーガーチェーン店で。前回と同じく反省会。


 違うのは武田が縮こまり、大人しくお座りをしていること。


「なぜこうなったかは、この後の回想シーンをご覧ください。今回は私視点です」

「だからメタ発言」




「握力42とかゴリラじゃん」

「いや23が低すぎんだよ」

「あ、これ負けた方ジュース奢りだから」

「後付けしてんじゃねーよ」


 はぁーーーー……。エモい。


 2時間目、体育にて体力測定中。


 私はイチャイチャしてる男子を遠巻きに眺めて幸せを感じていた。


 なぜ中に混ざってイチャイチャしないかと言われれば、隣にもっとエモい存在がいるからだ。


 無論、彼だ。


「い、痛いよ……夜麻くん。もっと優しくしてよ」

「もー、そんなんだと女の子にモテないよ」

「………それは関係ないでしょ」


 声のトーンを抑えながらも叫ぶ、史上最高にエモい少年、都楽くん。


「さ、次は足を開いて。大丈夫、ゆっくりするから心配いらないよ」

「う、………うん」


 私は彼に覆いかぶさるようになり、彼との距離を狭めていく。


 彼を押し倒し、私と床で都楽くんをサンドイッチする。


「ゆっくり息を吐いて。リラックスだよ?」

「わ、わかってるよ」


 それでも彼は緊張している。全身ガッチガチだ。もちろんあそこもガチガチだ。


 でもリラックスは重要。これも運動なのだから。


 彼にピッタリとくっつき、私はそっと耳元で囁く。


「じゃあもう少し強くするね?」


 そして体重をかけるようにして全身で押す。


「………ゆっくりって、言ったじゃん………っ」

「痛いくらいじゃないと。ほら、いくよ」

「ちょ…それ以上は…ダメ……!」


 痛みに耐えながら絞り出す彼の声を遮り、私は、


「大丈夫。都楽くんが敏感なところはよくわかってるから」


と言い訳をし、どんどん攻めようとする。


「………ん?なんの……話?」


 その一言で、合体する夢はぶち壊され、当たり障りのない現実に引き戻される。


「いや、ここで勘違いエロネタしとかないと。一種のファンサービスだよ」

「………まって本当になんの話?」

「ほらよくあるじゃん。具体的な言葉を濁すことによって、あたかも18禁の行為をしているように思わせる、なんちゃってお色気シーン」

「?」

「そういう本、家にいっぱいあるから貸したげる。オススメだよ!」


 ぜひ彼にはこちら側の世界に来てほしい。


「……ありがとう。……でも、その前に一ついい?」

「何?実践してみたいの!?」

「…………ん?よく、わかんない、けどさ、取り敢えず、…………どいて。重い」


 もう一度改めて状況を説明しよう。


 体育館の床に腰をつけ、足を伸ばし「開脚」。手を前に出して、体を「押し倒す」。その背中に私は手を「ピッタリとくっつけ」、ゆっくり押す。


 つまり、「柔軟運動」だ。


 息を吐いた方が記録は伸びるらしいので、彼にアドバイスしたのだ。


「あ、ごめん」


 彼の背中から手を離し、拘束を解除する。


「僕ほんとに体硬いんだから、ちょっとは優しくしてよ」


 ちょっと涙目になっている彼に、もっとイタズラしたい心を祓うため、唇を噛んで殺す。


「でも都楽くんが頼んだんじゃん」

「………それはそうだけど」


 しょんぼりする彼。

 唇を噛んで耐える私。


「………そんなに強く押さなくていいじゃん」


 プクーっと頬を膨らませ、不機嫌を示す彼。その尊すぎる行為に舌ベロを噛んで邪気を払う私。


「いつもはパソコン構ってるんだから……少しは手加減を……」


 ちなみに彼はパソコン好きで、スマホがあるこのご時世にパソコンを携帯し、持ち歩く強者。特に変態的趣味があるわけでは無いのだがどうだろう。今後ひどい性癖が暴露される危険があるので、あまり探らないでおこう。


「運動不足なんだから、急にやられたら痛いよ。おかげでちょっとヒリヒリするんだけど」


 そう言って太ももの内側をさする彼。


 彼は意識などしていないだろう。ただ痛みを和らげるその行為など。


 しかし私は、その行為を目にした瞬間自分の全細胞がざわめき、活性化するのを感じた。


「ありがとうございます!!」


 数万円の価値があるラッキースケベに深々と頭を下げた。





「ちょっと待て!お前も随分とお楽しみだったんじゃねぇか!」


 時間軸を強制的に現在に引き戻し、ぺちゃくちゃと話す武田。


「見てないからセーフだ。あと、今回想シーンなんだから割って入んな」

「回想シーンて……」

「では続きをどうぞ」

「…………もう突っ込まんぞ俺は」





「ありがとうございます!!」

「え、あぁ、………うん?」


 彼は自分の尊さレベルを自覚した方がいい。私の中の悪魔があまりの尊さに過労死してしまうから。


「………夜麻くんってたまに、なんかこう、………別人みたいになるよね?」

「ゔっ……!」


 痛い所をつかれた。


 学校では一男子高校生として振る舞っているが、都楽くんと絡んでいるとついつい本性がひょっこりしてしまう。ひょっこりはん私嫌いだけど。


 ふと気づく。今私は暴走している。絶賛腐女子モード。


 つまり、この状態を奴に見られたら、またしてもお説教タイム、もとい反省会だ!


「っ!あいつは!?」

「あいつ?」

「武田!」

「武田さん?うーん、あ……あれじゃない?」


 そう言って指差す都楽くん。


 見られていませんようにと願い、ビクビクしながら振り返る。


 そこにいたのは、鬼のような、般若のような顔をした武田。


 ではなく、むしろ悟りを開いた神の面持ちで、

「……素晴らしい」

 と呟いていた。


 こちらには目もくれず、目の前にいる美少女に。


 海鷺さん。武田お気に入りの女子高生。


 ただ今、腹筋中。


「はぁ……はぁ……」

「いい。……これはいいですよ」


 彼女の足を抑え、なぜか満喫している武田。


 人が汗まみれになり、筋肉を追い込んでるのに何を楽しんでいるんだあいつは。


「はぁ……もう……無理……」

「行ける!ラストスパートだよ!ここが踏ん張りどころ!」


 自分の欲を満たすために応援する武田。

 記録を伸ばすために踏ん張る海鷺さん。


「……………」


 そして新品の体操着よりも白い目を向ける私。


「?」


 素性を知らずくびを傾げる都楽くん。


「はいそこまで!」


 ストップウォッチを止める体育の先生。


「お疲れさま!汗拭いてあげる!」

「はぁ……あ、ありがとう……ございます。でも、気持ちとタオルだけ、いただきますね。……はぁ……はぁ……」


 荒い息を整えながら友人の相手をする海鷺さんとてもいい人。


 それに比べて奴はクズだ。


 人が疲れてるのを利用してセクハラを仕掛けるなんてクズだ。


「都楽くん。取り敢えず警察呼ぼう。あそこに変態がいる」

「ん?」


 大丈夫。君は私が守る。変態になど指一本触れさせやしない。


 その変態はアドレナリンが分泌されたオラウータンのようにはしゃぎ、


「次何する?腕立て?腕立て!?それとも腕立て!?やっぱり腕立て!?」

「せ、選択肢…ないんですね……」


 海鷺さんの手を持ち上げると半強制的に立ち上がらせる。


 そのまま手を引き腕立て伏せコーナーに連れて行く。


 そのままうつ伏せ姿勢にさせられて、よーいどん。


「……くぅ………はぁ………う………もう、ちょっと…………!」

「oh……………」


 プルプルした腕で腕立て伏せを続ける海鷺さんの胸元に、前屈みになって丸見えになった谷間に、釘付けされたようにガン見する武田。


「あ、あの……!数えて、くれてますか……?」


 結構汗だくになって、体力を振り絞った状態の海鷺さんの問いかけに、


「大丈夫!ちゃんと88だって知ってるから!」


武田は腕立ての回数ではなく、海鷺さんの(推定)バストサイズを答えるのだった。


「そ、そんなに出来ませんよ!」

「ううん!もう出来てるから!実ってるから!」

「よ、よくわからないです……!せめて、今13ですよ!」

「そんなバカな!?絶対に88はありますよ!」

「だから何の話ですか〜!?」


 腕立てしながら叫ぶ海鷺さんには同情しかない。


「都楽くん。とりあえず握力計るか」

「え?どうして握力?」

「俺握力ゴリラ級だから。はやく行かないと売り切れちゃう」

「う、うん?まぁ、いいけど……」


 危険人物には近づかないように、私たちは力尽くで握力に逃げたのだった。


 もちろん女子の私は25だった。平均的ですねぇ。

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