12話 デートのはずでした

 ♤


「わー、すごい混んでますね。さすが話題作です」

「だよねだよね。面白いって評判らしいよ」

「ならこの混み具合も納得ですね」


 海鷺さんと俺、武田后谷は親睦会という程の、映画デートに来ていた。もちろん女装で、制服デートだ。素晴らしい。


 今日は4月26日。中間テストがじわじわにじり寄ってくる前に、テスト勉強の気晴らしを前借りしている。


「急に誘ってほんとごめんね。大丈夫だった?」

「大丈夫ですよ。丁度お勉強ばかりで疲れていましたし、実はこの映画気になっていましたから」


 へー意外。てっきり恋愛系は無関心かと思った。


「えっほんと?じゃ誘って正解かな」

「はい、ありがとうございます」

「気にしないで。えーっと、席こっちだよ」


 気にして。キュンとしてくれれば俺と海鷺さんで百合完成だから。切り落としても悔いはない。


 海鷺さんの手を引っ張って席に連れて行く。


「Fの21……Fの21……あっ、ここだ。こっちこっち」


 映画館の中央からやや左側、後方の席を進んでいく。映画をちゃんと見るのなら後方の、できれば真ん中の席だよなぁ。今回はちょっと出遅れたから逃したけど。


「すいません……すいません……」


 先に座っている客の前を通るのはなかなか気が引ける。別に上映中ではないから関係ないのだが、人の前を横切るという行為をする人間が嫌いだ。俺が。


 だからしょうがないことでも、つい罪悪感を感じてしまう。


「21……ここだね。はい海鷺さん」


 席につくなり座って、左側の座席を開く。映画館の椅子ってパカパカして壊れないか少し気になる。


「あ、ありがとう……ございます……」


 海鷺さんは小さなお礼を言った後、席に座る。


「そんな気にしなくていいのに。あっドリンクこっち置いていいよ。私こっち使うから」


 映画館の椅子は肘置きの手元にカップを入れられる窪みがあるので、そこにドリンクやポップコーンを入れて、軽い飲食をしながら映画を楽しめるようになっている。これ考えた人、神。


 紳士女子の俺は海鷺さんに肘置きの凹みをゆずる。


 まぁ、どさくさに紛れて自分のドリンクをそっちに置き、あわよくば間接キスを狙う作戦なんだ。


「ありがとうございます」

「……今気づいたんだけど、毎回言うよね。……もしかして口癖?」

「はい。……多分そう、です。ごめんなさい」

「謝る事じゃないよ。感謝を口にされて嫌な気分になる人なんていないもん。どういたしまして!」


 それが海鷺さんのような天使なら尚更。


「ごめ…、ありがとうございます……」


 少し頬を赤らめる海鷺さん。どうしよう…。映画そっちのけでお持ち帰りしたい。


 自分のドリンクを右側に置いて、暗くなったら左側に置こう。焦らずに行動すれば上手くいく。


「あっ…………」


 作戦脳内シュミレーションしてたら映画の座席券を落としてしまった。


 一つ右側の座席前にペラリと。


 するとその右側、つまり俺の二つ右側に座っていたお客さんがその券を拾ってくれた。


 そのままこちらに渡してくる。


「あっ、すいませ……」

「いえ、大したことでは……」


 謝罪の言葉を口にして上を向くと、

「「ん"!!」」

 互いに声にならない大声をあげて、


「どしたの?」

「どうかしました?」

 互いの友人から心配され、


「いや、なんでもない」

「ううん、大丈夫」

 互いに返事をしたのち、よっこらせと腰を下ろす。


「……………………」


 互いに同じ事を思っただろう。


『何でこいつがここにいるんだよっ!!』


 なんなんだこの状況は!何故こいつがここにいる!我が神聖な聖域を汚しに来たのかこのゴキブリさんは!


 互いに1ミリも顔には出さず、それぞれの友人と世間話に励んでいる。


 砂流夜麻。男子高校生モードで隣の隣に座っている。ここがバス停で、隣にトト○がいればいい壁として役立つのに。


 ちくしょう。俺が甘かった。サル野郎の正体は根っからの腐女子。BLという病原菌を持ち合わせているのだ。たとえその男同士の愛に対して、はたして男がどう思っているのかなど、わかりきっているはずなのだが、しかしこいつはその程度では止まらない。


 こいつはBLを愛してる。他ならない俺がよくわかっている。


 そして恐らく学んだのだ。いきなりハードなBLの世界を見せるのではなく、ノーマルの、男女の恋愛モノから始めて徐々にBLに持っていく。それこそ最善で最速の腐らせ方だということを!


 俺自身、心の中でひどい葛藤をしていた。


 俺はこのクソッタレ腐女子から、純粋無垢な一般男子高校生を守るため、そして俺のような被害者を出さないようにすべく、脳内に緊急ミッションを発令した。


 内容はずばり、この男子高校生に防腐剤を貼り付け、腐らせないようにすること。


 すなわち、こいつの排除。汚物は消毒だ!


 俺は海時さんに言うフリをして少し大きな声で喋る。


「にしてもほんと混んでるよね。騒ぐこと迷惑だから、ウキウキしように気おつけなくちゃね」

「っ!!」


 グシャリ。


 右側から紙製のカップが潰れる音がした。本当にカップを潰したのだろう。


 砂流。通称サル。だからウキウキ。アイアイでもいいけどね。アーアイ、アーアイ、おさーるさーんだよー。うわ懐かし。


「えっ何やってんの夜麻くん」

「いやいやなんでもないんだ。ちょっと握力機握る癖で潰しちゃっただけさ」


 床には小さなコーラの水たまりができた。


 クックック。雑魚め。いやサルめ。


「ウキウキ?」


 内心ほくそ笑んでると隣から予期せぬ質問が飛んできた。


「別に何でもないよ。ほら、もう映画始まるんじゃない?」


 俺は完璧な演技で海鷺さんの受け答えをして、勝ち誇った笑みを抑えつつ、横のあいつを盗み見る。


 奥歯をギリギリと歯軋りして、顔は真っ直ぐで目だけをこちらに向け睨んできた。


「あいつのチ○ポコもぎ取ってやる……」


 超小声で何やら物騒なことが聞こえてきたけど、俺には何のダメージもない。哀れだなぁまったく。恨むなら反射的に反応してしまう自分を恨め。そして詫びろ。三回まわってワンと言え。いやウキウキ言え。


 周りが暗くなって映画が上映される。


 いやまだ告知がある。そして映画でのマナー、ルール。映画泥棒だ。


「映画の撮影、及び録音は法律により……」

 例の頭部のみハンディカメラマンがウネウネ動いていると、

『ピロリンッ』

 と、大音量で通知が入った。俺のポッケにあるスマホから鳴った。


「うっわ恥ずかしスクスク。都楽くん通知ちゃんと切った?」

「あー、したした。マナーモードでも振動しちゃうから面倒だよね」

「ほんとそれな」

「……………………」


 あいつと都楽くんがヒソヒソ話している間、俺は一人顔を真っ赤にして携帯の電源を切る。


 切る前に開いたトークアプリには、砂流から「ざまぁww」というムカつくパンダのスタンプが送られてきていた。


「あのアマ…………乳もぎ取ったるわ……」

「………武田さん?何か言いました?」

「ううん。いやー恥ずかしいなーって思ってさ」


 そしてあいつに殺意沸いたなーって思ってさ。ぶち殺したるわ。


 その後、映画が上映中はポップコーンの失敗した種のみのやつを爪で弾き、弾丸として打ち合ったり、ポップコーンの塩を投げて、互いに自分の体を塩味にしたりして、重要な映画の内容は全く入ってこずに約2時間を無駄に浪費した。


 ドリンクでの間接キス作戦は不発により失敗、都楽くん防腐剤作戦は無事成功に終わった。


 映画館を出るときには、

「あのシーンよかったですよね!広瀬くんが呼び止めるシーン。なんかこう、ジーンってきてウルっとしちゃっいました。ティッシュありがとうございます」


 話についていけない。


「どういたしまして。たしかにあのシーンよかったよね……」


 興奮しきった海鷺さんには申し訳ないけど映画の内容覚えてないのだ。「うんうん」とか、「そだねー」とかしか言えない俺を許してくれ。


「あと、あそこのシーンも……」


 興奮治まらぬうちに話したいのか、前のめりで話す海鷺さん。


 それに関しては嬉しいのだが、なんだろう、とても疲れた。主にあいつのせいで。


 翌日。


 海鷺さんとの話についていけなくなった俺は、学割で割引された価格を計2回払って、つまり普通より高い金払って、内容を中途半端に知っている映画を改めて観ることになった。


「あれ?……あぁ、もしかしてお兄さんかな?いやさ、昨日君によく似た人来たんだけど、妹さんかな?兄妹そろって美人だねぇ」


 昨日と同じ受付のおばちゃんが話しかけてきた。


 今日は休日なのでノーマルの男性モードで来たのだ。


「そうですか…………ははは……」


 受付の人に乾いた笑いをして中に入る。


「あいつのおかげで映画会社は儲かったな。少しは社会に貢献すのことを覚えたのか。芸達者なサルだな」


 一人ブツクサ言いながら映画を観るのだった。


 残念ながら座席はFの24番。先日砂流が座っていた所だ。


 手すりには塩がくっ付いてザラザラしとるし、背もたれにポップコーンの種ついてる。


 その上なんか床にシミがあるんだが……。

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