11話 程遠い

 ♡


「お腹いっぱい。苦しい」


「吐いたら楽になるぞー」


 隣に歩く武田のテキトーなアドバイス。


「吐かないわ。だいたい、こんなイケメンが道端で吐いてたら台無しだから」


 自分の顔を指差して反抗する。


「そうだな。吐かれた道路はたまったもんじゃない。道路にごめんなさいしながら吐けよ?」


「…………性格の悪さどうにかした方がいいぞ」


「そうか。アドバイスどうも」


 なぜか礼を言われた。


 マクドナルドの帰り道、駅への移動中はいささか下品な会話だ。この男が吐いたら写真撮ってやろう。


 夕焼けの街を2人で歩きながら、ふと変なことを思い出した。


「……………………………」


 そういえば前にもこんなことあったなぁ。


 その時は互いにまだ腐ってはない、純粋無垢な年齢と綺麗な心の持ち主で、のんきで楽観的で、どこにでもいる子供でしかなかった。


 十数年前。幼稚園児の時。


 確かあの時は私が酷く泣き腫らして、それでも足りずにグズグスと泣いてる帰り道。


「おい、もう泣くなって。クマのぬいぐるみは取り返しただろ?なぁ」


「うぅ………ぐすっ……」


 あの時は大切なぬいぐるみをガキ大将的な男の子に取り上げられて、それを見ていた武田がそのガキ大将とその仲間達とケンカをして、なんとかぬいぐるみを取り返したのだ。


「なぁ。いいかげん泣き止めよ。そんなにぬいぐるみ大事ならちゃんと持っとけよ」


 武田は必死に慰めていた。私がいつまでたっても泣き止まないからだ。


 でも私は泣いていたのは、なにもぬいぐるみが取られたからではない。たしかにぬいぐるみは大事だったけれど、おばあちゃんにもらって今も机の上に乗っている大事な宝物だったけど、泣いてるのはまた別の理由。


 私は、武田が理由で泣いていたのだ。


 ガキ大将とその仲間たちに、たった1人で立ち向かった武田に、不安で押し潰れそうになって泣いた。


 傷だらけになって、頬なんかアザを作ってまで戦ったその体に、痛々しい顔と手に泣いた。


 ぬいぐるみを取り返して、無事に帰ってきた武田自身に安堵して、そしてとてつもなく嬉しくて泣いてしまった。


「頼むから泣き止んでくれよ。なんか俺が泣かしたみたいじゃんか」


 困り果ててなぜか涙ぐんでる武田。


 次から次へと涙が湧いて止まらない私。


 幼稚園の帰りに2人並んで泣いていた。




「懐かしいなぁ……」


 改札を抜けた駅のホームで独り言を呟く。まだ電車は来ない。


「何が?」

「別に」


 こいつは覚えてないだろけど、覚えていたとしても言わないけれど。


 あの頃の思い出は私しか覚えてない、私達の宝物。宝箱の鍵は私しか持っていないけれども。


「ふふっ」


 無意識に笑みが溢れてしまった。


 それを見た武田は驚きながら、

「キモっ!今妄想してただろ。変な目向けんな気持ち悪い」

 子供の頃には微塵もなかった毒を吐く。


「は!?向けてねぇし!ほんと可愛くねぇよなお前」


「そりゃそうだ。お前相手にアイドルスマイル振りまくくらいなら自殺するわ」


「む………」


 本来なら、「笑顔振りまいて是非自殺してくれ」というのだが、なぜだろう反撃できない。


 なぜかムスッと頬を膨らませただけで、言い返せない。


 武田も武田で言い返されると思ったらしく、

「急に黙るなよ。ったく調子狂うな」

 と拍子抜けしていた。


「なんでもないよーだ」


 私は自分でもわからないがムシャクシャしていて「べー」っとしたベロをだし苛立ちを吐き出す。


 それに面くらった武田は、


「ガキ臭っ!キモっ!幼稚園児じゃん!」


 二の腕をさすさすして身震いする。


 私は幼稚園児という言葉に過剰に反応してしまい、

「幼稚園じゃねぇし!バカ!アホ!カス!死ね!」

 と小学生みたいな罵倒をするのだった。


 すると駅に流れるアナウンス。


『ダァ シエリイェス』


 滑舌良過ぎて何言ってるかわからない日本語が耳に入り、とっさに振り向く私と武田。


「……………………」

「……………………」


 プシューっとドアが閉まって、ギギギと車輪が動き始め、ガタンゴトンと線路の上を走り出す。


 乗るはずの電車を目で見送って、隣にいるであろう、これの発端野郎に質問を投げかける。


「………次、30分後だよな?」と武田。


「………そだぞ」と私。


「「………………」」黙りこくる2人。


「………どうする?」と私。


「………待つしかないだろ」と武田。


「「………はぁ……」」重なるため息。


 太陽と仲良く、私達の心は沈んでいった。

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