9話 放課後


 ♤


「マックのポテトってさ、410キロカロリーあってよ」


 何気なく伸びていた砂流の手が止まる。


「…………性格悪っ」

「ブーメラン」


 止まってる砂流を無視して俺はポテトを一本口に運ぶ。


「チーズバーガー307キロカロリー。コーラ140キロカロリー。合計853キロカロリーになりまーす」


「お前は日本全国の、いや世界中の女の敵だ」


 砂流のコーラに伸びていた手も同様に止まってしまった。


「どうしたの?飲まないの?お残しはダメだよ?環境破壊だよ?」


「……………飲むわボケェ……」


 と言いつつも、カロリーのことを気にして思うように手が伸びない。


「さぁ!このカロリーを脂肪に変えて、お腹周りを豊かにさせよう!」


「死ね!」


 机の下で足を蹴り上げる砂流。

 ただひたすら目の前の同級生を煽る俺。


 はたから見たら高校生のデートでしかないけれど。


「マックシェイクは361キロカロリーだってよ。追加する?」


「あぁいいよ。武田ぶたの奢りなら」


「別に奢ってもいいよ?砂流さるが明日、ヒィヒィ言いながら体重計乗って、絶望してもらえるのなら、安い買い物だしなぁ」


「シェイク顔面にぶっかけんぞ」


 ご覧の通り犬猿の仲なのだ。


「あっナゲット270キロカロリーだってよ」


「もういい加減黙れ!マックの営業妨害だぞこら!」


 言われてやっと気付いた。周りの人がチラチラと自分達を見ている事を。


 そりゃそうだ。店の中で堂々とエネルギー量を公表されたら、誰だって目の前の食い物のカロリーを気にしてしまう。本当に営業妨害だ。


 横目でチラッとみる。カウンターに立っているマックの女性店員さんは少し苦笑いしながら唇に人差し指を当てている。


 「静かにしろ」と崩れかけの笑顔で訴えてる。


「で、なんであたしはお前の顔なんて見ながらコーラ飲まなきゃいけないの?」


 ストローの端を噛みながら、砂流はぶっきらぼうに聞く。


「そりゃ反省会だからだ」


 反省会。


 これはデートでも何でもないただの反省会。


 百歩譲ってデートだとしても、俺はちゃんと相手を選ぶ。誰がこんな奴と飯食わなあかんねん。


 話を戻そう。これは反省会。


 すなわち反省しなくてはならない事柄があったのだ。


「んで、何で?」


「何でって、このままじゃ絶対にバレるから」


 記念すべき第一回の反省内容はズバリ!


「砂流のBL成分ダダ漏れの日常」


「…………………ん?」


「『ん?』じゃねぇよ!数時間前の事忘んたのか!?」


 時は数時間遡る。






 時は本日の午後2時頃、場所は階段、状況は以下の通りだ。


 その時間は5時限目の科学が終わって教室に戻る際に起こった出来事だ。


「あの先生マジだるい。居眠りぐらい許せよったくもー」

「はは。たしかに千葉先生も言い過ぎだと思うけど、お前も起きろよ。2限からずっと寝てんじゃん」

「しゃーねぇだろ。つまんねぇ授業ばっかなんだからさー」


 これは砂流(男子モード)とそのグループが廊下で行った会話だ。


 都楽くん以外にも交流をしている砂流は、この騒がしい系とも仲良くしている。つくづく器用な奴だ。ちなみ都楽くんは欠席。砂流が一番目をつけてる彼がいないので浮気してるのだ。


 あとグループの奴らの名前は覚えてない。モブ男だ。モブ男。


 歩きながら会話をして階段に差し掛かった時に事件は起きた。


「そりゃ酷いな」

「だろ?んでマジないわーって思って、……ッ!!」


 その男子1人が階段を踏み外し、転落しかけたのだ。


「ちょバカ!!」


 そしてもう1人の男子がその転落しかけた男子の腕を引っ張るも、

「あっ…………」

 その男子も転落。


 ゴロゴロどっしゃーん。


 2人の男子が仲良く階段から足を滑らせたのだ。


 しかし残念ながらこれは今回の反省会の議題ではなくこの後の問題だ。


「いっててて…………」


 2人は転落する際、丸まって転げ落ち、2人重なるように地面に投げ出された。この2人が男女だったらもう一発アウトだった。


 もう一度言おう、2人重なるようになった。


 つまり押し倒したように見えなくもない状況。


 まぁここまでならギリギリセーフ。


 男子が目を覚ました瞬間、事件は起きた。


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。


 連続されるシャッター音。いわゆる連写。


 もちろんデジカメではなくスマートフォン。


 そのスマートフォンで写真を撮っているのは……………。


 SU☆NA☆NA☆GA☆RE


 あろうことか、砂流はその押し倒したように見える男子2人を連写していたのだった。


 男子が男子を押し倒し、それを男子が写真にとる。


「…………………」


「…………………」


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。


 状況が理解できずに硬直する男子2人となり続けるシャッター音。


「……えっと、何してんだ?」


「うんん、気にしないで〜」


 現場では俺は彼らの後ろにいたから砂流の表情は見えないけど、声色から推測するに笑顔だろう。


 そう。恐らくとびきいい笑顔。


 おそらく砂流の脳内ではすでにアニメーションまで完成してるに違いない。


「スゥ…………ハァ………」


 唯一こいつの正体を知っている俺は、大きく息を吸ってそのまま吐き出した。


 そして思った。


 こめかみ痛い。


 すると隣を歩いていた海鷺さんが心配そうに聞いてきた。


「大丈夫?保健室行きますか?」

「やめて保健室は」

「………?そうですか」


 絶対に行かない。あいつの前で保健室になど絶対に。

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