2話 出会い………たくなかった

 ♤


 春。


 出会いと別れの季節。なんてのはよく言われるけど、これはなかなかに的を射ている。


 現に私はあの「憎き女」と春にスッパリ縁を切り、あれ以来、大変素晴らしい日常を送ることができたのだ。春に感謝。


 別れとはいい物だ。春はほぼ強制的にリセットしてくれるから。悪い関係はきれいさっぱり消し、いい関係はリスタートすれば良い。もし会いたくない系の友人と会えば「えっ久しぶり〜」から入って「ごめんね。いま忙しくって。また今度ね」と社交辞令を言えば完璧。


 あぁ、なんと素晴らしい季節。


 しかも入学式の今日はなんと晴天。太陽は未来を照らし、桜の花びらは道を彩る。


「………JKってマジ最高」


 高校生になったぐらいだけれど、たったそれだけのことではないくらいに、JKになる事は有意義な事なのだ。


 JK。女子高生。なんて耽美な響き。最高に素晴らしい。


 運命とは日々の積み重ね。青春は日常そのもの。今日一日を大切にして行かなきゃ。


「せっかくここまで来たんだから、思いっきし楽しまなきゃねー」


 歩きながらスマホを開いて、ある程度知ってる場所に経路を確認する。これから毎日この道を通ることになる。この先左。


 県立森仲高等学校。これから私の青春の舞台になる場所だ。期待に大きく胸を膨らませ、慣用句の差分をパッドで補強する。物理的にも胸は膨らんでる。


 などと考え事をしていると、


「ひゃっ!」


 不意に誰かとぶつかった。


 ふぅ、危ない危ない。こんなとこでバレるわけにはいかない。咄嗟のことでも慎重に発言する。さすが私。ナイス私。自画自賛私。


「あっ!すいません!ぼーっとしていて…」


 独り言を(心の中で)言っている間に、スラリと手が伸びてきて、


「お怪我はありませんか?」


と優しく微笑む男性がいた。


 腹立つ事に、普通にイケメンだった。少し長い髪は中性的だが、立ち振る舞いや顔立ちがどことなくそれっぽく、爽やか系男子のそれだった。


 しかし私はイケメンには興味ないので、スカートの裾を軽く払いながら、


「いえ、大丈夫です。こちらこそよそ見をしていて……」


 と手は握らず自力で起き上がり、さらっと答える。


 うん、いい調子。ウォーミングアップとしては上々だ。高校生活もこの調子で頑張ろう。


 この人を魔改造したいという欲望を抑え込み、スルスルと出てくる外交辞令をそのまま吐く。


「ありがとうございます。お優しいんです…………ね。……って!はぁっ!?」


 後半になるにつれ声のトーンが下がって、最後はもう地声。自分から出た、女子ではありえない野太い声。


「うわビックリしたー。ははっ、いきなり大声出さないで下さいよ。ビックリしちゃう、じゃ…………。なぁっ!?」


 同様に彼も地声。しかし私とは逆に、甲高い耳障りな声。


 時が止まったように現場はしばらく硬直する。


 微動だにしない両者。


 蛇に睨まれたカエルのように動かない両者。動けないのなら蛇に睨まれた蛇。もしくはカエルに睨まれたカエルだ。


 いやそんな事はどうでもいい。重要なのはそこじゃない。


 まず落ち着け私。深く息を吸い、酸素を脳に送る。


 この男性。というか男子。同じ高校と思われる似たデザインの制服を着ているこの男。


 丁寧に洗ってあるサラサラした髪。男性にしてはやや長いまつ毛と大きな瞳。白い肌。そしてさっきの声。私より少し低い平均男性以下の身長。しかし平均女性よりは高い身長。


 一箇所一箇所ジグソーパズルのように埋めていって、浮かび上がった絵はまさしく、


砂流すなながれ……?」

武田たけだ……?」


 間違えるはずのない、あのにっっっっくき女の顔、いや男(?)の顔そっくりで。いやそのもので。


 そして向こうも私、否、俺のことをわかったようで……。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

「ゔわぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 実に近所迷惑な音量で、盛大に叫び、互いに現実逃避するのだった。


 最悪だ。


 誰かそこの角から「テッテレー!」と言って、ドッキリ大成功の看板を持って飛び出してくれないだろうか。さもなくば、この出来事が現実になってしまう。


 なんだ。これは一体何なんだ。悪い夢ならさっさと覚めてくれ。


 一心不乱に願っても夢は覚める事なく、つまりこの出来事は現実であって、変えようもない真実だと言う事で。


「「…………はぁ……」」


 二人同時にため息をつく。


 そして二人同時に態度を豹変させる。


 奴は俺の正体を知った途端、手のひら返しのように完璧なイケメン顔を崩し、目を見開き口をひん曲げ、メンチ切り、スカートを履いた俺を見て、


「うわキモ、死ねば?」


と言う。


 俺も可愛らしい化粧も女子であることも忘れて、目を細く鋭く、口から吐くように舌を出し、中指立て、


「反吐が出る、失せろ」


 と言った。


 いつかのように、罵倒し合うのだった。


 こうして、俺ら私らは出会ってしまった。


 前言撤回。春なんて糞食らえ。2度と来るな。

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