6

 あの後、佳能子は職員室から戻ってくると、教室の、文字通り隅々を捜索した。全てを退かして、全てを戻したが、無くなったはずの二票は出てこなかった。

 結局、無くなった二票をでっち上げて、投票箱に入れた。

 翌日、佳能子はいつも通りの時間に登校した。昨日見た投票箱は昨日と同じ場所にあり、特に変化は見られなかった。バレていない、と佳能子は少し安堵した。箱が置いてあるということは、まだ開票は行われていないはずだ。開票のとき最がもバレやすいだろう。

 ここまで来たら嘘をつき通すしかない、と佳能子は覚悟していた。

 クラスメイトはまばらに登校してくる。やがてクラスメイトが揃うと、ちょうど定時になり、朝礼が始まった。

 担任教師は二、三点の連絡事項を述べ、あとは選挙の話になるはずだ。そして、前期学級委員が開票作業を始める。衆人環境で開票した方が、当事者意識と公平性が高まるそうだ。何もかもが杜撰である。

 しかし、しばらくしても担任は本題に入らず、雑談めいた話を延々としている。一限の授業までそう時間があるわけではない。このままでは開票が間に合わないのではないか、と佳能子は不安になった。

 改ざんがバレるのもまずいが、開票されないのでは、それはそれで本末転倒だ。

 何をやっているのか。佳能子はイライラとシャープペンを玩んでいた。

 投票箱は教卓の上にある。隣に、昨日動かした覚えのある花瓶があった。朝日が照りつけていた。

 少し投票箱が霞んで見える気がした。過集中によるものかもしれない、と思い、一度目を逸らして、深呼吸してからもう一度、投票箱を見る。

 やはり靄のようなものが…… いや、煙だ。煙がどこから?

 どうやら、投票箱の側面から煙が出ているようだ。

 投票箱が燃えていると理解するまでにはかなり時間がかかった。すでに焦げ臭いにおいが、そう近くもない佳能子の机においても漂い始めた。誰かが小声でしゃべっている。先生を声にならない声で呼ぼうとするクラスメイトもいた。

 教室がざわめいているのを察知して、担任教師はやっと違和感を感じはじめた。

 佳能子は、燃えている原因を探そうとした。すぐさま投票箱に駆けつけて、消火しようと思わなかったのは、改ざんがうしろめたかったというより、どこかわざとらしい、罠のような気がしたからだった。

 佳能子は自分の直感がバカらしかったが、迂闊に近づくのも躊躇われた。

 すでに煙だけではなく、火そのものがちらつき始めている。

 紙だから、一度発火すればよく燃えるだろう。が、発火原因は何か。中身に細工がしてあったのか。細工したとすれば自分以外にいないではないか。佳能子は昨日の所作を振り返った。

 中身を見ようとして、ダンボールの底を開けて、いや、その前に花瓶を退かして……

 花瓶だ!花瓶は透明なガラス製で、それは今、窓際にあって日が当たっている!

 花瓶の湾曲がレンズの機能を果たして、日光を集中させているのでは?

 そうだ、それに違いない、だれか、火を消さなければ……

 急に、投票箱に水がかけられた。鎮火したようだった。

 幸い周りにはほかに何もなく、燃えたのは投票箱だけだった。

 水をかけたのは前期学級委員の結城のようだった。結城はこの場において少し余裕のあるような顔をしていた。やれやれ、といった表現が最も近い。

 教師はボヤ騒ぎにやっと気づき、とりあえず生徒を落ち着かせようとしていた。

 昨日の投票結果は、燃えて無くなった。正確には一部しか燃えてないだろうが、水をかけたのだからどちらにせよ開票は不可能だった。

 結局、選挙は取りやめになり、放課後までに他薦の多数決で決めることにする、といったようなことを担任は言った。佳能子は呆然としつつも、このクラスに、自分より嘘をつくのが上手い人物がいることを感じ取った。

 一限の予鈴が鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人を呪わば ピクリン酸 @picric_acid

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る