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 佳能子は日誌の前ページに倣って、特に報告する必要もない、当たり障りのないことを書き込むと、担任のいる職員室へ向かおうとした。

 しかし、そのときふと、教室の隅の投票箱が目に入ったのである。安っぽい段ボールで、負荷がかかるわけでもないことに一度使っただけなのに、すでに悲惨なほどしんなりしていて、それが少し気になったのだ。

 投票箱を見たとき、佳能子の中である疑念が浮かび上がった。自分が学級委員に指名されてはいないだろうか。学級委員の選任なんて、クラスで目立たない人が勝手に選ばれるのだ。

 自分はそれに該当していないか? 佳能子はクラスの中の自分を客観的に見ようとした。

 ひょっとすると、学級委員にされているかもしれない。投票箱を覗いたほうがいいのでは? 覗くだけなのだから、大したことではない。そもそも、こんな設備や杜撰な管理で、不法も何もないのだ。

 佳能子は自分の思考にすら嘘をつくことができる。不都合なことを嘘で隠すことができる。

 冷静に考えればわかることをあえて考えなかった。もしその箱を覗いたとして、もし自分が学級委員に選任されようとしているとわかったとして、それをそのままにしておけるわけがないのである。覗いた瞬間には選挙結果の改ざんまでの道筋は見えているのだ。

 しかし、それを佳能子は考えなかった。彼女は覗くことを決心した。

 まず投票箱の隣にあった花瓶を退かした。花瓶はそれなりに安定した場所に置かれていたけれど、もし割ってしまったら全てが露呈してしまう。佳能子は自分が思ったよりも冷静でいることを感じた。

 投票箱の上面には細い長方形の投票用の穴が設けられているが、そこから票を覗くのは無理なように思われた。とすれば、底を開いて確認するほかない。

 幸い、底は開くようになっていたので、破壊する必要はなかった。底のつめのついた面を開くと、中には折りたたんだ投票用紙が入っていて、それは佳能子が思っていたより少なく見えた。

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