第4話 ネタバレと情報源

 俺はすぐに奴の番号へ掛け直した。だが、何度コールしても応答は無い。まあこれは予想通りだ。

 コールをキャンセルした俺は、間を空けずに奴の電話番号宛のショートメッセージを作成した。


『どこで俺の番号を知った? お前の目的は何だ? いい加減にしてくれ』


 どうせ返信が来ることはないだろうが、駄目で元々。俺は迷わずそのメッセージを送信した。

 数分後、スマホの短い通知音が鳴る。

 画面に目を向けると、それは意外なことにあの変態からの返信だった。内容はたった一言。


『私は君を救いたいんだ』


 救いたいだと? 意味の分からないことを。

 ネタバレを喰らわせて人の楽しみを台無しにしているのはどこのどいつだ。

 ついさっきも俺の楽しみを一つ奪ったばかりなのに、よくそんなことが言えたもんだな。


『馬鹿にするな。言ってることとやってることが矛盾してるぞ。お前が誰かは知らないが、本当に救いたいならもう俺に関わらないでくれ』


 辟易へきえきした心の内をメッセージに込めて送信する。

 だが今度は、どれだけ待っても返信が来ることはなかった。


 ◇


 迎えた翌週の『クワイエット・ゾーン』公開日。

 この映画に関してはすでにあの変態からのネタバレを喰らっているし、今更恐れる必要はない。ということで俺は、いつものように朝一で馴染みの映画館へ足を運ぶことにした。

 もちろん奴が姿を現して他の映画のネタバレを浴びせようとしてくる可能性もあるが、まあそれはそれで取っ捕まえて正体を暴くチャンスだ。ドンと構えていよう。

 俺は一通りグッズの物色をしてから、作品のテーマカラーである黒を基調としたハンカチとタオルを購入した。どちらも普段使いにピッタリな落ち着いたデザインが目を引く。

 売店の列に並んでいる間も、そして入場が始まって本編の上映が始まるまでの間も、俺は一応奴が現れないか警戒はしていたが、結局あの変態は姿を見せなかった。


 ◇

 

 上映開始から二時間後、本編は怒涛のクライマックスからエンドロールへと雪崩なだれ込んだ。

 いやあ、凄かったな。父親が死ぬという大きなネタバレを喰らってはいたが、それでも演出の妙もあってか、俺はほぼ最初から最後まで手に汗を滲ませ続けていた。

 場内の明かりが戻ってからも、観客達の多くは中々立ち上がらない。皆が、口々に賞賛と驚嘆の声を漏らしている。

 うん、よく分かるよその気持ち。こんな体験は滅多にできるものじゃない。

 それに今回は、父親が死ぬことを知っている分、娘達にかける言葉の一つ一つが胸を打った。これは怪我の功名といったところか。


 とはいえ、そんなのは初見の映画の楽しみ方ではない。そういう楽しみ方は二回目の鑑賞の時にすればいい。やはり、初見でしか味わえない衝撃や感動こそが映画の醍醐味なんだ。

 段々と悔しさが湧いてくる。あの変態からネタバレを喰らっていなければ、俺はこれ以上の、作り手が用意した最大の興奮を享受できていたはずなのに。

 脳裏にビデオカメラ頭が浮かぶ。

 早く手を打たなければ。何としてもあいつの正体を暴き、このふざけたマネを止めさせなければならない。


 ◇

 

 劇場からの帰り道を歩く間も、俺の脳内はネタバレマンについての思考で満たされていた。

 おそらく奴はまたネタバレを仕掛けてくるだろう。

 執拗に俺を狙う理由も気になるが、他にも疑問なのが奴のネタバレ情報の源だ。

 『マーダー・オブ・オリエント・エクスプレス』から『クワイエット・ゾーン』までの三作全て、俺は公開初日の朝一に観に行った。

 そんな俺にネタバレを喰らわせられるということは、奴はそれらの映画について、劇場公開前からすでに内容を知っていたということになる。


 試写会で観た。もしくは、海外で一足先に鑑賞した。

 そのどちらかだと思っていたが、俺は今ふと思い出した。

 『クワイエット・ゾーン』は全世界同時公開だったはずだ。

 それに、公開前の情報露出を抑える方針によって、試写会もごく一部の限られた関係者向けにしか行われていなかったはず。

 そんな作品のネタバレをあの男は知っていた。

 業界関係者なのか? でも、俺の周囲にそれらしい人物がいただろうか。全く心当たりがない。


 考え込んでいる内に、俺はいつの間にか自宅マンションへ到着していた。

 エントランスを通り、エレベーターで十階まで上がる。

 あ、そういえば考え事に気を取られ過ぎて昼飯買うの忘れてた。部屋にカバンを置いてから、財布だけ持って買いに出るか。

 俺は十階の角にある自室の扉を開け、玄関で財布を取り出してからカバンをサッと床に放る。

 そして振り返って再び外に出ようとした、その時だった。


「待て」


 その声は確かに後方から聞こえた。このところずっと俺を悩ませ続けているその声。

 心臓が跳ねる。……まさか。戸締りはしっかりしていたはずだ。それに、ここは十階だぞ。どうやって侵入した?

 扉を目の前にして固まったまま、俺はゴクリと唾を飲んだ。

 意を決して体をひるがえす。

 俺のベッドに、そいつは腰掛けていた。


「やあ」

 膝と膝の間で指を組んだまま、ビデオカメラ頭だけをこちらに向けている変態。

 薄暗い室内でも、はっきりと分かるその変態。

 ――ネタバレマンが、そこにいた。

「……何で、お前がここにいるんだ」

「予定が狂ってね。本当はまだまだ君にネタバレをし続けたかったんだが、もうあまり時間が残されていないんだ」

 予想通り、意味不明な言葉だった。

「……どうやってこの部屋に入った」

 俺は靴を脱いでから部屋に上がり、壁のスイッチを押して照明をけた。

「これだよ」

 ネタバレマンがポンポンと左の手の平で何かを躍らせる。

 俺は奴の真正面に立つ。奴が持っていたのは、何の変哲もない一つの鍵だった。

「君が郵便受けの上部にガムテープで貼り付けていた、予備の鍵だ」

「なっ……!」


 俺は確かに、部屋の鍵を紛失した時の予備として、合鍵を郵便受けの中に隠していた。でも、そのことを知っているのは俺だけのはず。どうやってこいつはそこに思い当たったんだ?

「いざという時のためにあそこに隠しておく。我ながらナイスアイディアだよな」

 そう言いながらネタバレマンが俺に鍵を差し出す。

 ……我ながら? 我ながらってどういう意味だ?

「……何なんだよ、お前」

 鍵を受け取りながら俺は呟いた。

「なあ。ほんとにお前は誰なんだ。いい加減、その舐めた被り物を取ったらどうだ!」


 俺はネタバレマンの頭に掴みかかった。抵抗されるかと思ったが、ネタバレマンは一切身じろぐことなく流れに身を任せていた。

 奴の頭から被り物を剥ぎ取り、放り捨てる。

 現れたのは、白髪交じりで頬がこけた壮年男性の顔だった。

 男はどこか疲れ切ったような表情をしていて、その瞳を一言で表すなら虚ろという言葉がふさわしいだろう。

「……何者だ、あんた」

 俺はその顔に見覚えが無かった。

 ……いや、違うな。どう表せばいいんだこの感覚。

 間違いなく初対面なはずなのに、俺はこいつを知っている気がする。 

「……これを見れば分かるんじゃないか?」

 男が自身の左目の下を指差した。俺はそこを注視する。

 ……ホクロ?


「……………………っ!!」


 電撃が全身に走った。混乱のあまり脳が発声方法を忘れ、声にならない叫びが喉元でわだかまる。

 男の左目の下のホクロは、俺のコンプレックスである左目の下のホクロと全く同じ位置にあった。大きさも全く同じ。

 さっきの「我ながら」という発言が頭によぎる。

 そして、部屋の合鍵の隠し場所を知っていたこと。俺の電話番号を知っていたこと。

 これらが意味するところは。

「…………ありえない。そんなの、ありえるわけが……」

 脳が破裂しそうだった。体の至る所から汗が噴き出し、心臓は鼓動音がはっきり聞こえるくらいに激しく脈打っていた。

 男はそんな俺の様相を見て頬を緩ませる。

「分かるよ。とても信じられないだろうな。だけど、お察しの通りだ」

 男が腰を上げる。

「私は……いや、俺は君の未来の姿だ」

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