現実逃避で釣り三昧!

「北海道はいいなあ」

相葉は旅行に出かけていた。これはもうただ単純に、相場を見るのがしんどくなっただけの、現実逃避。とはいえ、“鶴田銀行”の株価が下がることには確信を持っていた。


家に閉じこもっていると、ずっと株価を見てしまうので、とにかく辛いのだ。種金は利益分を再投資した金額を含め【44万3000円】。信用取引を目一杯使っているので、142万円分の空売り玉がどんどん値上がりし、含み損が拡大。これ以上損が拡大した場合、「追証(※追加の証拠金)」の資金が必要となるが、目一杯仕掛けている相葉に、そんなお金はなく、これ以上の損が膨らめば“損切り”を行ない、ゲームオーバーとなる。


そんな中、相葉は出先の北海道は釧路にて、釣りをしていた。ルアーの付いたロッドを振り、ポイントに打ち込む。穂先でルアーにアクションを加えると、魚が食いついた感触と共にグッと重みが乗った。魚がヒットしたのだ。


ロッドを大きく横に振り、合わせを入れつつ、心のなかでは叫びながらも、冷静にゴリゴリとリールを巻く。釣りの醍醐味だ。釣りに使っているラインはナイロンではなく、PEラインという非常に強い釣り糸。多少無理をしても糸が切れる心配はない。


リールを巻くごとに、魚が暴れている感触が伝わる。最高にエキサイティングな瞬間だ。釣り人は、この瞬間を味わうために、一見すると無駄に見えるようなキャスティングを行なっている。


PEラインの強度を用い、足元まで来た魚を一気にゴボウ抜きし、陸地に上げる。30センチ前後の「クロソイ」がピチピチと暴れていた。少し怖い顔をしているが、食べると美味な白身だ。他に怖い顔というと「カジカ」という魚もおり、釧路では“何のアタリが無いときでもカジカはヒットする”くらい、よく釣れる魚だ。カジカも非常に美味しい魚である。


北海道は魚影が濃いので「無駄」が少ないと、相葉は考えていた。素人であっても、投げれば何かしらの魚が釣れる。だから、わざわざ地元の関西から北海道に来たのだ。


交通には格安航空のLCCを使い、宿はゲストハウス。食は釣った魚とスーパーで仕入れるので、普段の食費よりも抑えられる。結果として、1ヶ月の予算はトータル10万円以下なのだ。


自宅でただ無為に、鶴田銀行の株価が下がることだけを願ってストレスで胃を痛めるよりも「余程生産的である」と相葉は判断。実行に移したのだ。


ゲストハウスは、旅人同士の交流を楽しめる場でもある。釣り上げた魚をゲストハウスのオーナーが捌いて刺し身にしてくれる。クロソイは3匹釣れたので5人前程度。一人で食べるには量が多すぎる。その刺し身を振る舞うと「私のもどうぞ」と料理のおすそ分け大会が始まる。それが、ゲストハウスの良いところだ。


旅人同士の話は、格別に面白い。釧路での1ヶ月はあっと言う間に過ぎていった。

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