第5話


 結論から言う。さすがエルフの薬。医薬外部品でも薬効は確かだった。




 そして副作用が翌日の俺を襲っている。




「ほらやっぱり、しっぺがえしのあるやつじゃん……もちこしてるじゃん……だめーじ……」


「人間ってひ弱じゃのー」




 うるせえ。




 所詮浅田飴のパチモンと思って気軽に口に放り込んだ昨日の俺だったが、「とっても根気強くなって集中力が高まる」とかいうふんわりした説明に反して、その効果は絶大だった。まるで最初からそうプログラミングされていたかのように、寸分たがわぬ精緻な動きを何度も何度でも繰り返して苦にならず、組み立て中に部品を取り落とすなんてことさえありえない。スミ入れはもはや自分で意識しているのかどうかすら怪しいほど滑らかになされ、まるでそう約束された結末だけを因果が追いかけているかのような。そしてこれも薬効なのかどうかわからないが、そんな作業そのものが楽しくて楽しくてたまらないのだ。




 あの感覚を知るとまともに作業するのがバカバカしくなる。ついつい三十分おきにぽいぽいと口に含んでしまった。




 結果。翌朝現在、完成品十二機がかっちょくポージングされて箪笥の上に並び、俺はひどい無気力感に包まれている。




「説明しとらんかった儂が悪いんじゃがの。『コンキアメ』の効果が切れるとすっごく根気がない状態になっての? 何をするのもめんどくさくなってしまうんじゃ。昨日あれだけ舐めたから今日は日中そんな感じじゃないかの」


「ふざけぇ……」




 だめだ。悪態をつくのもめんどくさい。




 いつものごとく大人がどうたら子供がこうたら能書きを垂れるのも面倒くさい。あれだ、大人は昨日の自分の行状にも責任を取らなくてはならないよね、ってそんな感じで今回はお送りします。




 めんどい。




「なんで、おまえ、へいき」


「わー。顔がえらいことになっとる。表情筋がサボしとる」


「しね」


「悪意だけ凝縮してきよった!」




 布団から出る気力もわかず、朝飯はおろかそろそろ昼だというのに腹すら減ってない。いや、たぶんこれ減ってはいるんだけどそこから欲求につながらない。何かが欲しいとかそういう感情より「……ホヤになりたい」みたいな思考が優先されている。これあれじゃね? ハイになるイリーガルな薬とかのあの、あれじゃね?




「基本どれだけ舐めても効果時間が伸びるだけで、作用も副作用も強度は変わらん。あれを舐めた時点で最低一時間はそうなる運命だったのじゃ」


「だから、なんでおまえ……ふぅ」


「しゃべっとる途中で面倒になっとるのー。いや、儂もおんなじ状態じゃよ。めんどい。何もかも」




 ただ、エルフは基本常時そんなもんなのじゃ。




「副作用といっとるがどちらかというと狙って仕込んだセーフティーじゃな。アッパーな状態になったあと、エルフとしての平常な段階まで気持ちを鎮静させとるだけじゃ。おぬしら人類がエルフよりヤル気まんまんマンじゃから比較して無気力に感じるんじゃ」


「……えるふなんで」


「そりゃお前、四千年とか平気で生きる儂らがおぬしらとおんなじ精神構造な訳なかろうが」




 こともなさげに、ぺろっと一言。異種族宣言。




 そう言われれば確かにそうだが、そう言われなければ気づかないようなこと。




「そりゃあ生まれて四、五十年位のころは何もかも新鮮で輝いて見えるしのー。百をこえる頃は働き盛りじゃ、モーレツエルフが家族のためにバリバリ働くわい。しかしてその調子でいつまでもやっていけるもんでもないのでの。長生きしとると、自然すり減るもんじゃ」


「……へぇ」


「相槌打つだけでくっそダルかろ? 儂らはそんな気分を無理押しして毎日生きとるんじゃ。凄かろ? 敬う?」




 調子のんな。




「わーい。今日一日独占じゃー」




 まじでちょうしのんな。


 いかん。取り戻した主権がふたたび脅かされている。まさかこいつこれが狙いか




「まぁあれじゃ。昼飯と夕飯くらいは用意してやるでそこで大人しくしとるのじゃ。儂はいよいよ満を持して、このモニタに、ニンテンドーの例のスイッチを接続する」


「なん……だと」




 手に入れたというのか。




 ゼルダ以外やりたいゲームもねーしなー。スプ2も出るけどそんなシューターってわけでもねぇしー。結構高いしどーしよっかなー、と見送っていた、スイッチ。




 そもそもなんか「家族みんなでゲームパーティー!」「友達と集まってわいわいプレイ!」みたいな雰囲気に押されて、しり込みしていた、スイッチ。




「てってけてーっててー、『異次元トランク』ぅー。かーらーのー、きゃぁああ! やったー! この箱を開けるのを待ちに待っとったわ!」


「まてえるふ」


「おぬしには悪いとは思っとる。しかし最初は一人で思いっきりプレイしたかった。正直反省しとらんけどの――。明日からはやらせてやるゆえ今日は指をくわえてそこで見ておれぇ! フゥーハハハ愚かな人類め! 儂を止められると思ったら大間違いじゃ! エルフばんじゃーい!」




 ああ、接続されていく。別に、いま取り立ててやりたいことがあるわけでもないから困りもしないけど、なんか悔しい。なんでだ。




 なんでだろ。




 よく考えたらどうでもいいような気がしてきた。




 めしもつくってくれるし。




 それでいいかも。




 いいか。




「あー」


「あれ、思った以上にやばくないかのこれ」


「どうでもいい」


「うーん、多分良くないかもしれん」


「どうでもいい」




 べつに、なにも。なにもかも。


 ふとん、ふかふかで。




「……えっとじゃな。うん。昼飯! そろそろ昼飯じゃし先そっちから済まそう。なんか食いたいもんはないかの? エルフは優しいからなんでもおさんどんしてやるぞ」


「どうでもいい」


「そっかー」




 めし。えるふ。




「じゃあうまいもん食わんかうまいもん。きっとの、そうじゃの、なんか肉とか食ったらやる気出るんじゃないかのきっと」


「にく」


「肉。そうじゃ、分厚いビフテキとか作ってやろうかの!


ええ肉で! あーエルフはやさしーのー! そうと決まれば他所いきの服着て阪急駅地下じゃ!」




 えるふ。




「なんじゃこれ、なんかやっべぇのう。そういえば人間に食わせたことなかったわ。にしてもおかしいと思うんじゃがのう」




 きがえるなら、へやかえれ。ぱんつしまえ。




「じゃあ行ってくるでの! あれ、いらんことせんと待っとれよ! 腹にタオルケット載せとくんじゃぞ風邪ひくぞ!」




 とらんくにぬいだふくをほうりこんで、でていくえるふ。




 あわててたのか、とらんくのふたもあけっぱなしで。




 あけっぱなし。




「しめろよ、ちゃんと」




 ふくはみでてるし。




 へんだな。ぜんぶ、みんな、どうでもいいのに。こんなのばっかり、きになって。




 えるふ。えきちかしってんのか。とか。




「あー、くそ」




 めんどくせぇ。




 気になる。こういうのきらいなんだよ。




 トランクだけでもしめちゃるか、別にそんぐらいならやってもいいだろ。




 いや、別に、やっちゃいけないわけでもないんだ。やりたくないかどうかってだけで。やりたいことやっちゃいけないわけじゃない。気になるなら閉めていいんだよな。




 さっきまでの感じがちょっとずつ引いていく。波があるのか、この倦怠感。まじでなんか、想定外の副作用とかじゃねぇだろうな。あいつ去り際変なこと言ってなかったかそういえば。というか、あれだ。それ以前に全力で調子に乗りくさってやがったな。帰ってきたら憶えてろよ。ビフテキ程度でごまかせると思うてか。




「だいたいだな。あいつもう自分の部屋で寝るって決まったんだからトランク持って帰れよ。スイッチ取り出すタイミングはかってたのかひょっとして」




 怒りが力に代わって段々と活力がわいてくる。ああくそ、起き上がるとまた倦怠感が来るな。もうトランクさっさと閉めて横んなって、あいつが帰ってきたらどうしてやるか考えて待ってよう。




 背筋にコンクリ突っ込んだようなだるさをねじ伏せて立ち上がる。三徹明けみたいな感覚だ。足までふらつきやがる。




「しかしこのトランクほんとどうなってんだ。着替えと道具とスイッチの箱毎突っ込める容量があるってことだよなッ!?」




 で。




 えるふが出しっぱなしにして放り出してたスイッチに、思いっきり足を引っかけた。




 小一時間後。




「ただいまーってなんでそうなっとるんじゃ!?」




 えるふに救出されるまで何を見ていたのか、自分がどうなっていたのかはよく覚えていない。曰く「上半身トランクに喰われとった」らしい。魔法のトランクの中はなんか名状しがたい空間だったとだけは言える。




「あのまま落っこちとったらおぬしあれじゃぞ、儂ひとりじゃと引っ張り出せんかったぞ。いらんことするなといったじゃろうに」


「お前に説教されるのはすごく納得がいかない」


「あー、うん、確かに発端は儂のナイショ道具じゃけどー。そこはほれおぬしもあれじゃ、儂のプライベートな荷物に顔突っ込んだ粗相と相殺でどうじゃ。水に流さんか」


「そもそもそれだってお前が開けっ放しで出てくからでだな」


「その分はー、えー、そうじゃな。この肉おごるからチャラで」


「……じゃあそれで手打ちにすっか」




 結構高そうな肉だし。




 わざわざ駅地下に繰り出し張り切っていい肉買ってきたえるふだったが、うちには大した火力のでないガスコンロとちゃちいフライパンしかないので、ステーキというにはなんだかいまいち迫力に欠けっる仕上がりになってしまった。ナイフもないので、二人してフォークでぶっさしてそのまま噛み千切る。うん、これはこれで野性味があって悪くないな。




「じゃあ後は俺の不調に付け込んで独占宣言したことだけど」


「わかったのじゃ儂が調子のっとったのじゃスイッチやらしてやるからそんな目でじわじわ追求するでない!」


「勘違いするな。モニタは俺のだからやらしてやるのは俺だ」


「ぐぅ……」


「あとな、お前トランクの中身だけどな」


「な、なんじゃ、ソフトはゼルダしか買っとらんぞ」




 フォークを置いて宣告する。




「お前あれ脱いだ服そのまま突っ込んで放置してるだろ」


「あーもうそれは触れないで欲しかったのじゃ異性の口からは!」


「バカかお前一日二日じゃねぇぞズボラエルフ!」




 こいつ洗濯とかどうしてんだろと思ったらもう!




「飯食ったらコインランドリー! 全部たたんで整理するまでスイッチ禁止!」


「にゃー!」




 問題の棚上げ先送り、子供のころはしたくても中々させてもらえず、大人がやっても結局始末をつけるのは自分だ。家事のため込みから仕事の始末まで、なんだって結局しっぺ返しは自分に帰る。よしんば先送りをしたとして、なんだかんだと帳尻を合わせられるようになったなら、いっぱしの大人を名乗れるんじゃなかろうか。




「なんかこのコインランドリーの漫画全部歯抜けなんじゃけど……」


「近所のブックオフの陰謀じゃないかって俺は睨んでる」




 そういやこいつ、結局いつまでいるんだろう。




 夏に入ってずいぶん経って、セミの鳴き声もいやます晴天。




 もう七月も、終わろうとしていた。

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