第4話


「友達はよく選びなさい」と親に言われたことがあるだろうか? 朱に交わって赤くなり藍から出でて青くなる子供たちに思わず大人が言いたくなる常套句だろうが、思えば子供は大人が思う以上に、溌溂と、そして残酷に友達をよく選んでいた様に思える。


 幼さとは常に傲慢さを孕んでいて、『選ばれなかった』誰かは確かにいたし、あるいはその誰かが『選ばなかった』とも言える。好き嫌いせず苦虫を噛んで、少しずつ選んでいない相手との付き合い方を覚えだしたあの頃は、大人の入り口だったと言っていいかもしれない。


 そしてそれなりに大人になった今の俺は、選んでもないのにやってきた謎のエルフとの付き合い方もまた、覚えだしていた。


「じゃあ昼までな。昼メシ食ったら俺がパソコン使うから」

「正直確約はできん」

「なぜここまで俺が譲歩してなおこの駄耳は強気に出るのだろうか」


 出禁にするぞと脅したらあっという間に荷解きを終えたえるふが「おっしゃ家主公認じゃ」などとのたまいつつ舞い戻ってきて暫く。テレビの使用は交互にするだの、夜中は自分の部屋で寝るだの、相互に譲り合った秩序が嶌村荘204号室には生まれつつあった。いや、実際譲り合うも何も、そもそもこの部屋の主権は俺にあるので譲っているのは一方的に俺なのだが。


 ともあれ、異種族の侵略(局地)に見舞われ一度は完全占領された後のことなので、なんか「えるふはえるふで妥協している」みたいな空気になっている。おかしい。


「ええじゃろ代わりにナイショ道具を使えるのじゃから下郎の分際で。むしろもっと敬って奉って儂をちやほやせよ。儂を祭り上げる神楽とか作れ」

「そういうファンタジック便利道具って後でしっぺ返し来る奴じゃん絶対」

「どうせ週を跨いだら無かったことになるわい」

「俺の日常は週刊連載じゃないからダメージ蓄積されるんだよ」


 とかなんとか。結局追加の謎グッズは登場せず、一番助かったのは「さすがに食費くらい払っとくかの」と渡された二万円だったりする。現代社会じゃロボトミー螺子巻きなんかより現金のほうが強い。


 それこそえるふがどうやって日本円を得ているのかとかに突っ込むと余計な騒動になりそうなので、俺は黙って諭吉二枚を財布にねじ込み(なおピン札の旧札というわけわからん状態だった)その足でそのままヨドバシカメラに向かった。結構遠いが交通費とポイントを天秤するとだいぶお得なのだ。


 で、今俺の目の前には投げ売りされてたガンプラが平積みされている。


 我が家の唯一のモニタはPCとテレビ兼用なので、えるふに占拠されるとゲームもパソコンもできなくなってしまう。ちょっと前までなら眼前でピンチなえるふぱんつに文句を言うくらいしかできなかった俺だったが、もう開き直ってこいつが遊んでる間こっちはこっちで遊ぶことにした。


 一度でいいから量産機で一個中隊作ってみたかったんだよなぁ。最近のHGはいい出来だわ。なんで売れ残ってたんだろうグレイズとか百里とか。


 特撮は飽きたのかプリキュアを初代から再生し始めた日朝キッズ(自称高齢者)をしり目に、ゲート跡の処理と合わせ目消しに没頭する。現在三機目に差し掛かり、はじめは三日位かかった組み立ても今や一日一作ペースに向上していた。


 もはやHGグレイズなら説明書なしで作れる自信がある。


 だいぶ飽きてきて正直後悔も反省もしてるが、なぜか辞められない中毒性が。右肩装甲終わり。次。


「おーい」


 ハイライトの消えた目で紙やすりをかけていた俺を、気が付けばえるふが覗き込んでいた。


「昼じゃぞー。メシ作れメシ。さっぱり系がいい」

「今いいとこだから勝手に作って食え」

「火を使うレベルから先の文明はエルフ的ではないから駄目じゃ」

「エルフまだ石器時代なの?」


 あとその理屈ならDVDとパソコンをすぐさま俺に返せ。まぁいいけど。#400がそろそろ無くなるな。買いに行くのめんどくせぇからアマゾンするか。


「出てけ出てけ言われるのは癪じゃったがほっとかれるとそれはそれで腹立つのう」

「どうしてほしいんだお前は」

「かまえ。敬え。称えよ崇めよ」

「欲望のままかよ。ソーメン茹でるから机の準備」

「これプラモどうすりゃええんじゃ」

「箱ん中突っ込んどいて」


 極東方面モビルスーツ工廠と化していたちゃぶ台が片付けられ部屋の真ん中へ。立ち上がって流しへ向かい、鍋に水を張ってコンロにかける。


 しかしあれだ。「四畳半に二人って狭いな。しみじみと」えるふがごろごろするスペースを作るために一々ちゃぶ台をどかさないといけない。


「そう思うんなら一寸は考えて買い物せんか。どうすんじゃこのガンプラタワー。作ったところで飾るとこないじゃろ」

「楽しいから良し」

「まぁ確かに延々没頭しとるで楽しいんじゃろうけど」

「俺の部屋で俺の趣味だから俺の勝手。おら出来たぞ。タオル出せタオル」


 冷水で締めたら机上に二つ折りのタオルを敷いてザルのままポン。作り置きの麺つゆペットボトルをバン。丁度いい器がないので味噌汁椀に各々つゆを注いで勝手に食うのが我が家のスタイルだ。実家の両親に見られたら普通に怒られると思う。


「そんなに楽しいのかのぅ」

「まぁ結構ストレス発散になってる。肩こるけど」

「じゃあ儂もやる」

「石油製品は高度文明過ぎてエルフにはまだ早い」

「エルフカシコイ……弓ツクレル……テサキキヨウ」

「え、お前そんなん作れんの」

「エルフ嘘ツカナイ。ニンゲン小言オオイ」

「言わせんな腹立たしい」


 緑色の麺を奪い合ったりしながら部屋の隅に詰まれたバベルの塔に目線を流す。まぁストレスに任せて多めに買いすぎたなぁという気もしていたし、一つ位こいつにくれてやってもいいか。元々こいつの諭吉だし。


「良し、それではメシ食ったらバンダイ脅威のテクノロジーを授けるから、未開人は大人しく戯れるがよい。俺はニコニコの巡察する」

「喜べ人類。霊的高等種族であるエルフに貴様らの技術を手ほどきする栄誉を与えてやるのじゃ」

「要するに?」

「初心者じゃから面倒みよ」

「人類は賢いから学習したぞ。ここで不公平を訴えても目の前のナマモノが駄々こねるだけで何も解決しないんだ」

「面白い奴じゃな、気に入った。駄々をこねるのは最後にしてやる。続けよ」

「ニコニコ見ながら監督してやるから手を打て」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ! 最後にしてやると約束したの!? あれは嘘じゃー!」

「はい器下げる。ちゃぶ台拭く。俺は洗う。お前楽する。これ以上譲歩なし」

「言っとくけど儂につきっきりで面倒見ないとすぐ飽きていらんことするぞ」


 ほんとだった。


「弓作れるとか嘘だろ絶対」

「はっ、何が悲しくてそんなもん作るんじゃ。使いもしないのに」

「さっきから嘘ばっかじゃねぇか」

「エルフ……優シイ嘘シカ……ツカナイ」

「いいからはよ作れよ」


 もたもたと説明書を参照し、ランナーを持ち上げ、ためすがめす。

 ことん、とニッパーをおいて、俺を見る。


「フォロミー」

「ランナーから部品切る時点で挫折はフォロー不可だよ」


 こんなに集中力のない奴見たことねぇ。箱開けた瞬間は「うぉー」とか言ってたのに説明書見て「……うぉー」からのパーツを切り出して「うぉー……」まで十分強かよ。


 ガンプラに興味がないわけでもなく。(昨晩は宇宙世紀で最強にかっこいい量産機はどれか朝まで生討論した)パーツ番号や説明書の見方がわからないというわけでもなく。(とりあえず胴体は作れた)ただただ単純作業が面倒くさいだけらしい。


 今は昨日までの俺の作品を引っ張り出してきて箪笥の上で相撲を取らせてる。やめろいらんことすんな。あと迂闊に背伸びすんな。ぱんつしまえ。


「おーおー。よく動くのー。夜の四十八手もできるかのー」

「やらないんだったら片付けますからね」

「待て待て。別にやらんとは言っとらん。組み立てるのは楽しいんじゃ、組み立てるのは」

「じゃあどうすんだよ」

「組み立ては楽しい、ブンドドはなおさらじゃ。しかし前段階がしんどい。全く儂に向いとらん」


 俺の力作に見たことないけど卑猥なのはわかるポーズをとらせながらワガママを言うえるふ。得心したのかうんうんと頷いた後、振り返って両手を広げる。


「つまり! ナイショ道具の出番じゃ!」

「お、いいぞ。その方向性なら俺もちょっと欲しいぞ」


 俺も別に各パーツの処理を楽しめるほど達観してないし。全自動万能ヤスリとか合わせ目消し液とかあるんなら普通に使いたい。


 結局部屋の隅に安置されている魔法のトランクを開き、久々にごそごそしはじめるえるふ。――どうでもいいけど一番ファンタジーしてるのはこのトランクで、今も頭から腰まですっぽり逆さに突っ込んでまだ底がありそうな具合だ。突き落したらどうなるんだろう。


 ぼーっと見守ってしばらく。


「『コンキアメ』ぇー!」

「待って」


 ちょっと待って。


「多分だけど期待してたのと違う」

「このアメをなめると一粒で三十分。とっても根気強くなって集中力が増すんじゃ!」

「やっぱり違った」


 作業自体は人力かよ。


「というかそれは市販のアメとどう違うんだ。浅田飴でもそのくらいの集中力バフはかかる気がする」

「アールブロンド法の定めるところの医薬外部品じゃ。安心の老舗ヴァルダ製薬が薬効を保証しておる」

「それってコンビニで売ってるレベルの道具ってことではないのかね」


 トランクの底のほうに入ってたっぽいし、お前それ旅のお供にとりあえず突っ込んでただけだろ。

「まぁええから試してみよ」

「いいけどこれ何味?」

「ニッキ」

「もうなんかさぁ……」


 一粒もらって放り込めば、異世界の不思議なお菓子でノスタルジーが口いっぱいに広がる。子供のころおやつに貰う系のフレーバー。舌先に乗せて、転がして。無性に祖父の顔を思い出す。


 えるふと同じくらい根気がない小学生の俺が、ミニ四駆やら武者頑駄無やら、途中で放り投げては爺ちゃんの部屋に持ち込む。手伝ってもらって、飴玉もらって。説教されつつ乗せられて。


 思えば祖父が俺に対して、「友達を選べ」と言ったことはない。


「やりもしないで放り出したってシンペ、何にもならンやん、なぁ。飴ちゃんみたくなぁ、じっくり味がわかってくンねや。ツレなんて」

「だいたいシンペ、人様を選んだりはぶいたりなぁ、そんな上等な人間おらんて」

「どうせやったらなぁ、ツレん方から選ばれるほうがええで」

「選ばれる男ンなれや」


 そういって、俺の頭をなでる祖父の笑顔と声が、久しぶりに鮮明に見えた。


 えるふが俺の隣に越してきたのは、果たして偶然なのか、何かの作為があったのか。それから延々入り浸るのに、何か理由があったりするのか。


 俺は未だに友達を選ぶほど上等な人間になってはいないが、こっちから選ぶの選ばないのと考えるまでもなく選ばれてしまったのなら付き合いができる。どうやらエルフは上等な人間じゃなくともこちらを選んだようなので、苦虫の代わりに飴でも舐めて、これからも付き合っていくのだろう。


「さーがんばろー! 儂の処女作を刮目してみよ!」

「なんか一段と嘘くせぇなあ今日の道具」


 飲み込みきれない状況も、ひとまず味わってみるのが大人の余裕なのかもしれない。


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