7 何が好き?

 思っていたのとは全然違う言葉に、呆然と顔を上げてしまった。れいちゃんは思いっきり渋い顔をして天井を睨んでいた。

「うん。いやどう控えめに考えたってゼンがあほでしょ。やーいあほたれー」

 と、写真に向かって毒づく。

「だってさぁ、勝手に期待して勝手に裏切られた気になって勝手に凹んで暴走して、いやどう考えてもあほでしょ。だって実際学校ではずっと隠してたのゼンじゃん。何いまさらカッコつけてんの。んでそれをいきなりまりもちゃんにぶつけて? 強要して? あほじゃん。むしろクズ」

 きっぱり切り捨てると、れいちゃんはひょい、と肩を竦めた。

「あいつ昔っからそう。重いんだよ。もたれてさぁ。いいかげん自分で立てっての。自分の望みを誰かに託してどうすんのって話。自分の気持ちは自分で責任持つべきでしょ。あー腹立ってきた」

 予想外、だった。予想外のれいちゃんの反応に、むしろどうしたらいいのか分からない。

「まぁ若干その暴走っぷり心配ではあるけど。ええとそれにその、かおちゃん? って子もそう」

「え……」

「好きなら好きでいいけど、気づいてほしかった、はずるいわ。ちゃんと言わなきゃ伝わんないでしょ。友達としての好きか、恋愛としての好きかなんて男女だって分かんないときあるのに、女子同士で気づけってそれはちょっとわがままでしょ。ってあたしは思う」

 ふんっ、とれいちゃんは鼻息を荒くする。

 ぱっつんの前髪の下、眉毛がひくひくと怒っている。

「まりもちゃんもね。ちょーっと思考回路めんどくさい」

 め……。

 面倒くさい……。

 きっぱりと突き付けられた言葉に涙も引っ込んでしまって、ただ茫然とれいちゃんを見返すしか出来ない。

「いや分かる、分かるよ? ぶっちゃけあたしだって自殺願望くらいあったし?  そんくらいの年ってわりとみんなそう、ぐだぐだ悩むよね。分かるんだけどさァ」

 自殺願望。こんなにきらきらした、れいちゃんでも?

 わたしの視線に気づいたのか、れいちゃんがペロッと舌を出す。

「特別になりたいとか自分のままでとか、なんかいろいろあるけどさ、みんなもうまとめて面倒くさいわけ。一回全部脱げ。そぎ落とせ。裸でその辺走ってこいってかんじ」

 ……捕まると思います。

 れいちゃんはくるっと器用にその場で回転して、わたしの前へ滑り出た。座り込むわたしのおでこに人差し指をピッと突き付ける。

「もっと単純でいいんだよ。何が好きか。それだけでいい。それを許容するのがこの場所。評価とか特別とか周りを見るとかそんなん全部そぎ落として、もっともっと単純でいい。他人に何かを求めないでいい。自分の、自分だけのわがままに素直になっていい。――何が好き? まりもちゃんは、何が好きなの?」

 何が……好き……?

 頭の中に浮かぶ、花火の画。おかあさん。綾乃。ゼンくん。かおちゃん。それから。

 小さいときから夢中になって描き続けた――

「絵が……」

 視界が揺れて落ちていく。もう涙腺がばがばだ。どうすれば締められるのかも忘れてしまった。

 それでも、いま伝えたいのはたったひとつ。

「絵が、好きです」

 シンプルで、単純で、どうしようもない言葉に、れいちゃんは満面の笑みを浮かべる。

「うん」

 それが嬉しくて、苦しくて。手にした紙袋の中身を思い出すと辛くて。

「でも、あの、あの」

「ん?」

「これ……」

 震える手で紙袋をれいちゃんに渡す。れいちゃんは受け取って中を見て、さっと顔色を変えた。

「ちょ、え、どうしたのこれ」

 分からない、と首を振った。

「これって、まさか」

「分からないです」

 れいちゃんを遮ってもう一度首を振った。どうしての理由は、正直どうでも良かった。事実だけがしんどいだけだ。

「相葉さんに、伝えなくちゃって思って」

「んー、そっか」

 れいちゃんは真剣な顔で切り刻まれた絵の破片をなぞり、ちいさく頷いた。

「わたしから連絡しておく。とりあえず落ち着いて。相葉さんプロだよ。何とかすると思う」

「何とか……って」

「大丈夫。とりあえず、ゼンもこっちで一回何とかするから、明日さ、ちゃんとおいで。これ持って。ね?」

 それは、逃げないで、と言われているようで。でもとても優しくてあたたかくて。

 紙袋を胸元に抱き寄せて、わたしは静かに頷いた。


 FIRE*WORKSを出るときに、れいちゃんが最後に言った。

「まりもちゃん。あのさ、この世界で一番強いのって、たぶん好きの気持ちだからね」

 その言葉の本当の意味が分かったわけじゃない。

 だけど、空に手を伸ばした時、少しだけ心がゆるんだ気がした。

 紙袋を抱きしめたまま、走り出す。

 絵が好き。

 花火が好き。

 その気持ちが大事なら。その気持ちが強いのなら。


 もしかして――

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