第五章:花火になりたかった日

1 花火になりたい

 画用紙。

 色紙。セロファン。ハサミ。糊。セロテープ。カッター。昔の美術の教科書。手持ちの技術書。絵筆。各種色鉛筆。各種絵の具。クレヨン。マニキュア。

 家にあるだけのものをかき集めて、部屋中に散らばせる。綾乃は「あとで片付けてよー」って言いながらも、許してくれた。

 その中に、紙袋から出した切り刻まれた絵を広げた。

 ひとかけら、すくいあげて抱きしめる。これはたしか、かおちゃんと一緒に描いたグラウンドの絵。その端っこだ。

 こっちは空の。こっちはFIRE*WORKSのある通りから見た街並み。こっちは食堂で、こっちは教室。そのどれもが、切り刻まれて元の絵なんて分からないくらいにばらばらになっている。

 でも。もしかしたら。

 思いついたままに手を動かした。好き、が一番強いなら。もしかして。

 そうして夢中になっているうちに夜が明けていって、わたしはいつの間にか眠っていた。

 その、電話を受けるまで。


 ◆


 LINEの着信音が鳴っている。寝ぼけたまま、手を動かしてスマホを握った。

「はぃ……」

「まりもちゃん!?」

 れいちゃんだ。切羽詰まった声に一気に目が覚めた。飛び起きる。寝坊した!?

 慌てて机の上の時計を見ると、午前10時過ぎ。寝坊はしたけれど、約束の昼過ぎには早い。

 でも、電話の声は焦っているように聞こえる。

「れいちゃん? あの……」

「あー、ごめん。昨日の今日でマジごめん。ゼン、知らない?」

 ――ゼン、くん?

 問われた意味が分からなくて、知らない、と答えるしかない。

「今日、こないってこと、ですか?」

「いや、分かんない。てかごめん、落ち着いて聞いてね」

 落ち着いていないのはれいちゃんのほうだったかもしれない。ぐっと、スマホを握る手に力がこもった。

「あいつ、昨日の晩から行方不明なんだ」

 ――行方不明?

 ニュースとか漫画とかでしか聞かないような言葉が、頭の横を殴りつけていったみたいだった。

「今朝さくらちゃ……あー、ゼンのお母さんが泣きながらうちに来て。今、うちの親も探してるんだけど……」

 れいちゃんもだいぶ混乱しているらしい。いつもより言葉の切れが悪い気がした。

「いや、高校生男子が一晩帰んなかったくらいでってのもあるんだけど、たださ」

 震える声が、耳元で低くささやいた。

「あいつ、中学の時似たような状況で自殺未遂起こしてるんだ」

 心臓が押しつぶされて、消えてしまうかと思った。

 自殺未遂。自ら、死を、選ぶ行動をしたことがあるということ。

「ここのところ不安定だったし、ちょっと暴走気味だって聞いたし、さすがに心配なっちゃって」

「さが、探します!」

 れいちゃんを遮って叫んでいた。次の瞬間、がさっとくぐもった音がして、電話の向こうで人が入れ替わる気配がした。

「まりもっち? 俺」

 相葉さんだ。FIRE*WORKSにいるってことだろうか。

「こっちのことは大丈夫。気にすんな。俺とみれいちゃんはこのままここにいるから、外頼むな」

 静かな落ち着いた声だったけれど、それでも、分かる。相葉さん、すごくすごく心配している。

「分かり、ました」

 通話を切って、スマホを机に置いた。

 心臓がバクンバクンと今までにないくらい早鐘を打っている。頭は熱いのに、真ん中のほうは冷えている。ゼンくん。

 ふと、LINEの通知に気付いた。

 ゼンくんとの、トーク画面。

 慌てて開く。今朝の八時半ごろだ。

 たった一行の言葉がそこに残されていた。


 俺も花火になりたい。


 ぐっと唇をかむ。

 違う。違うよ、ゼンくん。そうじゃない。

 昨日夜なべした『作品』を畳んでリュックに詰め込んだ。お財布も一緒に放り込んで、スマホを握って外に飛び出す。

 ゼンくん。ゼンくん。違うよ。早まらないで。

 すっかり晴れ渡った夏空の下、走り出す。

 咽るほど暑い日だった。

 七月十一日。

 あの日、あの雨の日。とうめいな春の風と教室で出会った日から、ひと月が経っていた。

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