6 才能のひらめき

「びっくりしたー。心臓止まるかと思ったじゃん」

 困ったように笑って、れいちゃんがお店に入れてくれた。

「しま、しまってる、のに」

「あーいい、いい。今日はお客さんじゃなくて友達としてー、ってね。ごめんね、びっくりした? 最近来てないから連絡もし損ねちゃっててさ」

「あ……う、ううん。えと、どうして……」

 臨時休業の理由を詮索するのは、もしかしたらあまりいいことではないのかもしれない。でも、そういうのでもまずは聞いてみていいんだと、ここで学んだから。

「んーっとね、たいしたことじゃないんだけど、パパが熱出しちゃってさ」

「えっ」

「あ、大したことはないよ? バイトさんに入って貰ってたしそれで回しても良かったんだけど、ちょうどバイトさんもちょっと体調悪そうにしてたから、どうせなら休んじゃえってなっただけ。まぁ平日はたいして人はいらないしねー」

 きししっ、と悪戯っぽくれいちゃんが笑う。

 お店の中はいつもと違って静かで、そう言えばいつもは微かに音楽が流れていたんだといまさら気が付いた。

 久しぶりのFIRE*WORKS。コツコツ音を立てる床が、すでに懐かしくさえ感じてしまう。

「座る?」

 れいちゃんがカフェスペースを指してくれたけれど、わたしはふるふると首を振った。ゆっくり、アートスペースへと足を進めていく。れいちゃんが方向転換するタイヤの音がきゅっと耳に響いた。

「好評でさ。相葉さん、掲示延長してるんだよ」

 ――ゼンくん。白黒の色のない世界で、くちびるにだけ血の色を宿している、女の子の格好をしたゼンくん。相葉さんが見たゼンくんの世界。

「まりもちゃん、他も見てみない? 新しいのも入ってるよ」

 れいちゃんが車いすを滑らせる。ゆっくりついていきながら、ひと作品ずつ見ていく。漫画っぽい絵もあったし、油絵も、水彩画も。前にあった切り絵はなくなっていて、そのかわり書道があった。テーブルに置いたアクセサリも、展示品らしい。

 そして、写真も。

「はなび……」

 それは花火の写真だった。ドンっと響く音が聞こえてきそうな。金色の大きな花。咲いてはしだれて落ちていく、柳の花火。

 添えられたキャプションに、タイトルが載っていた。

 FIRE*WORKS。

 それから、撮影者の名前。

「これ……」

「そう。パパのだよ。ちょっと昔のらしいけどね、今そこ空きスペースだから、飾ってるの」

 撮影者は確かに、大地啓、となっていた。

「すてきです」

「あはは、ありがと。伝えておくね。風邪治るかも」

 れいちゃんの笑顔を受けて、わたしはゆっくり息を吐く。もう一度見渡すと、そこには色があった。消えていた色が世界に戻ってきたみたいだ。

「パパがさ、このお店にその写真の名前つけた理由って聞いた?」

「え。聞いてない、です」

「FIRE*WORKS。花火って意味なんだけど、もう一つあるんだよ。才能のひらめきとか、感情の爆発とか……そういう意味もあるの。だからここにぴったりだってつけたんだって」

 才能のひらめき。感情の爆発。

 FIRE*WORKSのもう一つの意味。

 だとしたら、この花火を撮った時、マスターはどんな気持ちだったのかな。聞いてみたい気がした。

「あたし、ゼンの女装も才能だと思ってるんだよね。マジあんな綺麗な男子そうそういないって」

 ゼンくんの写真を見上げてれいちゃんはくすっと笑った。それから、すっと目を細める。

「――ゼンと、なんかあったんでしょ?」

 やわらかく包み込むような温度の声に、一度は止まっていたはずの涙腺がまた緩んで、視界がゆらりゆらりと波打った。

 

 冷たいアートスペースの床に座り込んで、ゆっくりと話し始めた。

 カフェスペースじゃなくて二階でもなくて、今はこの色に満ちた場所にいたかったから。

 れいちゃんは黙ったまま聞いてくれた。

 わたしの気持ちも、ゼンくんの学校でのことも。それから、かおちゃんのことも。

「わたし、ここにきて、ゼンくんやれいちゃんと会って、何か勝手に変われた気がしていたんです。かわいい服も買ったし、ネイルだってしたし、絵も褒めてもらえて舞い上がって。特別な自分になれた気がしていて。でも、全然違ってた。かおちゃんは元からのわたしを好きでいてくれていたのに、気づくことも出来なかった。ゼンくんは何度も、好きなものは好きでいいっていってたのに、わたしはそれを口先だけでなぞって言って、実際にはゼンくんのことを隠してた。薄っぺらい仮面を、ゼンくんは見抜いていたんだなって。特別気取りのわたしを見抜いて、醜いって思ってたのかもしれない」

 ぐっと膝を抱いて、絞り出すように言葉を漏らす。

 静かなFIRE*WORKSに言葉が冷たく響いた。

「んー」

 れいちゃんが、隣で困ったようにうなるのが聞こえた。呆れられたかな、れいちゃんにも。こんなぐちゃぐちゃの感情、醜い以外にないだろうし。

 何を言われるかな、と指先に強く力が入った時、れいちゃんが口を開いた。

「だとしたら、ゼンがあほだわ」

 ――え?


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