3

 それから二日経った日の昼休み、俺は水島と中野を昼飯に誘った。

 いつものように食堂で俺と水島はうどんを、中野は週替わり定食を頼んだ。食事を取りながら俺は二人に話しかける。


「二人とも調子はどうだ?」


「俺か? 俺はあれから二年と三年を当たったが駄目だったぜ。あーあ、これからどうするかねえ」


 まずは水島が答えた。次に中野が答える。


「我輩は部活が忙しくてな」


「やっぱり科学部も出し物をやるのか」


 中野は腕を組み自慢気な表情で頷いた。


「ああそうだ。それでその出し物だが聞いて驚くな? 表向きはレントゲン体験となっているがそれは客引きのため、実は服を透過するカメラで女子たちの裸を撮ろうという魂胆なのだよ」


「へえー、そいつは凄いな」


 俺と水島は思わず感嘆のため息をついた。


「やって来た客には、あらかじめ用意しておいた偽のレントゲン写真をプレゼントする。完璧な作戦だ。まあ枚数は要るがな」


「なるほど、その準備で忙しいってわけか。じゃあ今回は中野抜きでやるしかねえな」


「む、やはり今回呼んだのは作戦の話か」


「いやなに、水島は暇そうだからな。それで手は足りるさ。寧ろお前はそっちをしっかりやってくれ。後で俺たちにも見せてくれよ」


「ああ、それは勿論構わんが、してその作戦とはいったい何なのか。聞かせてもらうくらいは良いだろう?」


「俺も早く聞きたいぜ」


 水島まで説明を催促する。


「分かった分かった、そう慌てなさんな。良いか? ――お前ら文化祭で写真部が何をするか知ってるか?」


 俺の質問に水島が答えた。


「それなら聞いたことあるぜ。噂によると毎年文化祭で写真部は、記録のために展示物や劇なんかを撮るんだが、その裏でミスコンの楽屋での着替えなんかのエッチな写真を撮って、高値で売りさばいてるって話だぜ」


「そうその通り。調べたところ一枚三千円もするが、身近な女子の裸が見られるってんで結構人気らしい」


「それで、それが今回の作戦に何か関係があるのか?」


 中野がいぶかしげな表情で聞いてくる。


「大ありっていうかそのものよ。今回はその写真のネガを、売られる前にごっそり頂こうってのが今回の作戦よ。裸の美少女写真が他の奴らの手に渡る前に、俺たちで独占するのさ」


 俺が言うと、水島と中野は額に手を置き大きな声で笑った。


「何がおかしい?」


「だってよ、今まで彼女作りにこだわってきたお前が、ついに彼女作りを諦めて女子の裸写真を奪おうなんて、落ちたもんだと思ってよ」


「そうじゃねえよ水島。確かに今回の作戦は彼女作りとは何ら一切関係ねえ。だがな、あのまま闇雲にナンパしてどうにかなるのか? だったらこっちの方が面白いだろうが。

 それにな、この手の物を他の奴から金を払って買うってのはプライドが許さねえ。だがエッチな写真は見たい。だったら奪うしかねえだろうが。お前だってミスコンに選ばれるほどの美少女の裸は見たいだろ?」


 そりゃこの俺だって水島の言うことは間違ってないと思う。だが、目の前にマグロの生け簀とサラダ巻があったとして、腹が減ってるときにはついサラダ巻を選んじまうだろうが。

 だが、これでこの後の俺の基本方針がブレるなんてことは無い。今回は例外で、次回からはまた彼女作りに精を出すぜ。


「……見たいな」

「……我輩も」


 二人は少し考えてからおもむろに答えた。これでこの作戦を行うことに決定だ。


 よし、やると決めたからにはマグロが無理だったからサラダ巻と消極的に選んだんじゃなくて、サラダ巻が食いたい気分だったからこっちを選んだつもりでやらなくちゃな。仕方なくとか沈んだ気持ちじゃなく、明るく積極的な気持ちでやらせてもらうぜ! だいたい、サラダ巻だって美味いだろ!


 というわけで今回の作戦名は『エッチなお宝写真横取り作戦』だ!





 この日の放課後、俺は作戦を綿密に練るために水島を家に呼んだ。

 俺たちはテーブルに学校の見取り図を広げ、具体的にどこで何をするのかを考え始めた。まず俺は、ペンで写真部部室を指しながら、絶対に把握しておかなければならない大前提を水島に説明する。


「三階の端のここが写真部部室だ。階段に近い側が現像室、そうじゃない方がまあ会議とか色々する部屋だな」


「現像室?」


「そうだ。さすがは写真部というか、伝統的に未だにネガフィルムを使って撮っているらしい。まあそのおかげで、ネガさえ盗めば俺たちが独占できるんだからありがたいこった」


 ただエッチな写真を頂くんじゃなくて、それが俺たちしか見られないという独占感がまた良いんだな。


「それじゃ、この現像室を襲えば――」


「あー、それは駄目だ」


 その先を聞く必要が無いと判断した俺は水島の言葉を遮った。何故なら、現像室を襲うことはおろか、侵入することすら難しいからだ。


「何故?」


「この現像室のセキュリティは尋常じゃねえ。まずは指紋認証に虹彩認証、それからパスワード、これらをクリアしないと入室できない。

 それだけじゃねえ。部屋の中には監視カメラに赤外線センサーと重力センサー、それから煙センサー、あとは音センサーまでありやがる。

 そして、それらセンサー類を解除するためのパスワードを知っているのは、写真部部長だけだ」


 ちなみにセンサーに引っかかると高圧電流が床、壁、天井に流れて触れると死ぬ。


「なんだそいつは。全くキチガイ染みた防御機構だ。これじゃ透明マントを使ってもバレちまうぜ。しかしお前、よくそれだけ調べたな」


「まあね」


 ま、写真部員に聞けば、皆自慢げに話してくれるんだけどね。


「だがそれじゃ手も足も出せねえぜ。一体どうやってネガを奪うつもりなんだ?」


「お前も頭が固いねえ。いくら現像室が鉄壁の防御を誇っていたとしても、ネガがいきなり現像室に生えてくる――なんてことは起きないんだぜ」


 これを聞いて水島は笑った。


「確かにそうだ。いやあ俺も焼きが回ったかもな。つまりネガが現像室に持ち込まれる前に奪おうって訳か」


「ズバリだ」


 つまり今回の作戦は文化祭終わり際を狙って、写真部員が現像室に入る前にそいつを襲撃する作戦になるって訳だ。


「で、どの写真部員をどこで襲う? 写真部だって、一人で文化祭全部を撮るわけじゃないんだろ? そこら辺の情報は持ってるのか?」


 水島はわくわくした表情で尋ねてきた。今から作戦成功が楽しみで仕方がないようだ。


「そう急かすなよ。大丈夫、情報は持ってる。こいつは、俺も知った時は余りにおあつらえ向きなんで、神が俺たちに『やれ』と言ったのかと思ったくらいなんだが、写真部は健全班とエロ班の二班に分かれて行動するらしい。そしてこの班は、これ以上分割されて活動することは無い。

 で、行動の方だが、このエロ班は午前中は演劇部の濡れ場を撮影、午後の前半をミスコンの着替え、後半は他のエッチな出し物をしているクラスや部活を回ることになってる」


 他のエッチな出し物は、現在調べたところだと映画研究部が毎年エロ映画を上映しているらしい。あとは漫画研究部のエロ漫画、美術部の裸婦画なんかも毎年やっているらしい。


「ってことは、エロ班を文化祭終了間際に襲うだけで済むじゃねえか。確かにこいつはできすぎてる話だぜ」


 水島は笑った。


「ああ、このエロ班を襲うだけで楽屋の着替え写真や演劇部の濡れ場写真を、一網打尽に手に入れることができる。だが、実はそう簡単な話でもねえんだ」


「何故?」


 水島は怪訝な顔をする。


「風紀委員が護衛に入るんだ。いや水島、言いたいことは分かる。確かに俺たちだったら何人来ようが屁でもねえ。だが、俺たちがやったとバレると厄介だ。今後の学校生活に間違いなく支障を来す」


「まあ確かに、犯罪者として風紀委員に狙われ続けるのは面倒だ。だが、それは中野の透明マントで解決できるだろ? いくら中野の直接の助けを得られなくても、透明マントを借りるくらいはできるだろ」


 水島は当然誰もが思いそうなことを言う。だがそれでも駄目なのだ。


「良いか水島? 透明マントってのは、俺だって中野と知り合う前から存在を知ってた代物だ。他の生徒だって勿論その存在は知ってる。

 ってことは透明マントを使っての犯行は、犯人判明を確かに遅らせるかもしれないが、透明マントを使っての犯行だってのは逆にすぐバレちまう。そうなると透明マントを貸したということで、中野に迷惑が掛かる」


「なるほどなあ……」


 水島は腕を組んで唸った。


「だからまとめると、俺たちが今回の作戦で考えないといけないのは、透明マントを使わずに俺たちの正体がバレない様、写真部からエッチな写真を奪う方法って訳だ」


「……そんなことが可能なのか?」


「できるさ! 俺たちならな。さあ、しっかり考えようぜ」


 それから俺たちは学校の見取り図とにらめっこしながら、夜が明けるまで作戦を考え続けた。


 しかし、残念ながらこの日一日だけではこれといった案が浮かぶことは無かった。




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