7
「おい永井、どこ行くんだ!?」
「水島、今はお前の相手をしている暇はねえ!」
俺は水島を無視、振り返りもせず走った。
今の俺に心の余裕というのはなかった。これが上手く行くか行かないかに、俺のモテるかモテないかが掛かってるんだ。焦りもする。
俺は人目を気にせず最短ルートであるグラウンドを縦断し、得点掲示板の真下に到着した。そこでは今まさに、最終点数を掲示しようとしている真っ最中だった。
「待ったぁっ!」
「な、なにいきなり!?」
俺の登場に狼狽える点数係は貧乳だったが黒髪短髪、ボーイッシュ美少女だった。そして体操着の色から彼女が二年生だと分かった。
「頼みがあるんだ。現状緑組の優勝なのは知ってる。だがそれを赤組の優勝にしてくれないか? お礼と言っちゃなんだが、イケメンのこの俺が今度一緒にお茶してやるよ」
「……何言ってるの君?」
なんだ? イケメンとお茶できることに何の不満が……?
「……ああ! お茶じゃ不十分だったら、貧乳はイマイチ好みじゃないけどキスくらいだったら別に良いぜ」
これで良いだろうと思ったが、しかし今度はなんとその二年生は、俺を無視して数字の書かれた板を枠にはめ始めやがった。
俺は心の中で舌打ちをした。なんだこいつ!? よもやエッチまで要求するつもりか!?
だがそいつはさすがに厳しい。俺は貧乳は好みじゃないんだ。どんなに性格が悪くても巨乳だったら許せるが、逆にどんなに性格が良くても貧乳ってのはいただけない。矛盾するようだが、どんな女の子でもエッチがしたいが、別にどんな女の子でも良いわけじゃない。誰か分かってくれるだろうか。
……だが、こうなった以上仕方がねえ。ここでモテモテになってイチャイチャラブラブエッチに近づく機会を失うわけにはいかねえ。かくなる上は……。
「千円出す。これで点数を変えてくれ」
「え、本当?」
食いついた! やっぱり男だろうが女だろうが現金には弱いもんだ。できれば金は、体育祭終了後にできるであろう彼女のプレゼントに取っておきたいのだが、背に腹は代えられないからな。
二年生は俺が財布から取り出した千円札に瞳を輝かせ、そいつに手を伸ばす。こいつでミッションコンプリートだ。しかしそこへ――。
「――なるほどぉ、こういう訳だったのか」
「――こいつは見過ごすわけにはいかんな」
「ゲぇっ、水島に中野……!」
こいつら俺の後を付いて来てやがったのか……。こいつらはやっぱり侮れない奴らだった。
「俺は千百円出すぜ?」
「なに水島、随分けち臭いな? 我輩は二千円出そう」
「え、本当?」
こいつら余計なことをしやがって! おかげで話がややこしくなっちまった。
あの二年生の顔をよく見ろ。さっきまでただ喜んでいたのが、今はしめしめといった感じになっていやがる。あれは俺たちからもっと搾り取ってやろうと、そういう魂胆を持った顔だぜ。このまま競り合うのは危険だ。
「おいお前ら! お前らはリレーで一位取ったわけじゃないんだから、優勝したからって別に目立つわけじゃねえぞ? なあ、ここは俺に譲ろうぜ? な? 男同士の友情はどこ行った?」
「いや、二位でも十分目立つな」
「それは三位でも同じこと。我輩のおかげで一位を守りきれたという風潮を、全体に流せば良いだけのこと」
くそ、こいつらあくまで譲らない気だな。だったらこっちだって容赦はしねえ。とことんまで付き合ってやる!
「じゃあ俺は三千円出す!」
「え……じゃあ俺は降りるぜ。そんなに手持ちに余裕はないんでね」
さすがケチの水島! こいつは助かったぜ。
残るは中野一人だが、こいつは俺と水島がうどんをすする横で、トンカツ定食とか焼肉定食を毎日食うような奴だからな。相当厳しい戦いになるぜ……。
「ねえ、早くしてくれない? 早く点数を掲示しろって運営からの指示がうるさいんだけど」
「まあ待つのだ、では我輩は四千円」
「俺は五千円」
「我輩は六千円」
「俺は七千円」
「我輩は八千円」
「ねえ、ちょっとまだ? そろそろ――」
「俺は九千円」
「我輩は一万円」
こ、こいつ壁で一万円の大台に乗せやがった……! だが、負けてられねえぜ。ここで引き下がったら、モテモテそして彼女を作ってイチャイチャラブラブエッチが遠のく!
「……駄目だ。聞こえてないみたい。もう知らないからね?」
「俺は一万千円」
「我輩は一万二千円」
「俺は一万三千円」
「我輩は一万四千円」
「俺は一万五千円」
『――優勝、緑組ぃ!』
「我輩は一万六千円」
「俺は一万七千円」
「……ねえ、ちょっと……はぁ……。お金は欲しかったけど、あんまり遅いから点数揚げちゃったよ」
「我輩は一万八千円!」
「俺は一万九千円!」
「……いつまで続けるんだろう? 私帰るから」
「我輩は二万円!」
「何を! 俺は二万千円!」
――――――。
「わ、わが……ぃは……ぁん、ぇ……」
「ぉれ……おれ……ぁ、ぁぁ――――っ!」
俺たちが作戦に失敗したことに気が付くのは、喉がカラカラになって声が出なくなった夜のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます