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 俺は川上に自分が出場する種目では手を抜くこと、そして一部有力男子選手を人目につかない校舎裏に連れ込み、思わせぶりな素振りで釘づけにして失格にしてくれるよう協力を取り付けた。

 見た目は美少女の隠れ巨乳の川上だ。


「あの、その、前から言いたいことがあったんです……」


 なんてもじもじしながら顔を赤らめて言われたら、男はつい続きを待っちまう。男の性を利用した実に狡猾な頭脳作戦だ。




 そんなこんなで昼休みは終わった。生徒は皆ぞろぞろと校舎を出てグラウンドへ向かう。そんな中、俺一人が流れに反して三階トイレへと足を運ぶ。


 さあ午後の部の始まりだ。計画は今の所まあまあ順調。横風有れど逆風無し。

 作戦成功のために新たに気を引き締め直したところで、ふと水島たちのことが気になった。

 あいつらは自分の好きにすると言っていたが、実際の所どういうことをするつもりなのだろうか。別にあいつらが何しようが勝手だが、それが俺の作戦の邪魔になるなんてことはないだろうなと少し不安になった。


 だがすぐに分からない事を考えてもしょうがないと思い直した。

 まあ、こんなことなら昼休みにでも聞いておけば良かったとも思うが、その時間は川上と協力内容の打ち合わせがあったから不可能だったしな。

 これからってのも作戦があるからこの場を離れるわけにはいかんし、やっぱり考えても仕方のない事は考えないのが一番だぜ。要らんことに気を取られる前に、まずは自分の立てた作戦をきっちりこなすことだ。


 気持ちを入れ替えた俺による正確無比な射撃と、川上の工作によって試合展開は完全に俺の手中にあった。

 これに俺は安心した。午前から通してずっと試合は俺にコントロールされている。水島と中野が何か作戦を用意していたとして、それがまだ実行されていないとは考え難い。とすれば、この現状は俺の作戦があいつらの作戦を完全に飲み込んだということだ。もう必要以上に恐れることは無い!

 



 俺の手中にある体育祭は次々に種目を消化していく。

 玉入れ、綱引き、チェスボクシング、事前に二十三時間五十七分行われていた二十四時間耐久レース、風紀委員発案の女子コスプレ走に、これまた風紀委員発案の女子早着替え走、そしてやっぱり風紀委員発案、借り物競走と称して客から現金、傍は巨乳美少女から衣服を奪う強盗競争などバラエティー豊か。

 ちなみに早着替え走では緑組の巨乳美少女選手がポロリをしてくれて、そん時はそれはそれは盛り上がった。


 そんなこんなで点数と順位は、最下位赤組1000点。四位青組1200点。三位白組1300点。二位黄組1390点。そして一位は緑組1440点だ。

 実を言うとこの点数と順位は掲示されているのを見たんじゃなく、俺が計算によって導いたものだ。得点板は、体育祭を盛り上げるため午後の部も後半といったところで隠されてしまった。

 ちなみに各種目の配点というのは、普通の一般生徒には知りようが無いのだが、俺はそれが記された点数表を風紀委員権限で既に入手済みだったので、問題なく計算できたというわけ。


 しっかし、それはそうと、どうやら午後の部になってくると午前のハイテンションから冷静になって、配点を下げようと係の人も考えたらしい。最初の方なんて一種目100点くらいだったのが、最後の方は15点だ。

 書き始めの内は何を書こうか困っているのだが、書いている内に乗って来て最終的に原稿用紙が足りなくなって、慌てて雑な締めを行う読書感想文かよ。おかげでどの組も、午前のペースから比較するとあまり点は伸びていない。


 ――いや待て……!? 読書感想文より自由研究の方が適当か? いや、もっと言うなら字の大きさを間違えて段々小さくなってしまう麻薬乱用防止ポスターの宿題か? いや、別にどれでもいいか。




 さあて、下らないこと考えているうちに、女子全員対抗リレーが順位に影響を与えることなく終わり、残る種目はあと一つ、男子全員対抗リレーだけになった。

 この男子全員対抗リレー、ここまで配点は下がり通しだったのが、こいつの配点は最高で500点と思い出したかのように点数が跳ね上がる。女子は一位でも15点なのに。

 おそらく、最後の盛り上がる競技の点数がしょぼいのは問題だと考えたのだろう。

 ま、おかげで男子リレーで勝てば逆転できるので感謝だ。


 選手の招集が入場口付近で始まった。当然俺も出場選手、それもアンカーということで階段を降り意気揚々グラウンドへ向かった。


 校舎を出るとやけに日差しを眩しく感じた。そのままの足で入場門まで向かう。

 入場門前には、すでに多くの選手が集まって組ごとに走者順に列を作っていた。この段階で、俺と競い合うアンカーが誰なのか分かるわけだ。

 俺は興味本位で他の組のアンカーを確認した。まあ、誰が相手であろうと俺の敵ではないのは分かり切っていることなのだが。

 実際見てみると、やはりと言うべきかアンカーは三年生で、運動部に所属していそうながっちりとした体つきの男が二人居た。

 ……だが、三年生はその二人だけだったのだ。青組と白組の選手は違った。


「お前ら……!」


 なんと青組は水島、白組は中野がアンカーだった。二人とも一年、中野に至っては九歳だというのに大抜擢だ。


「二人ともアンカーだったのか」


「そりゃそうだ」

「当然であろう」


「いや、当然じゃあねえだろう? いったいどうやったんだ?」


 そういうお前はどうなんだと思う方へ。俺は100mを8秒で走れるんだぜ。そりゃ当然任されるに決まってるよな。

 だが二人はそうじゃねえ。俺の疑問は当然と言えた。

 俺はまず水島に目配せをして返事を促した。


「俺か? ま、俺も普通に早い方だがな。従わない奴はこの拳で黙らせただけよ。やっぱりアンカーが一番目立つからな」


「なるほどな。じゃあ中野は?」


 俺が聞くと中野は不敵に笑った。


「フフフ……。我輩は秘密だ」


「あっそう」


 なんかヤバそうだからこれ以上はやめとこ……。


『――選手入場です』


 そうこう会話をしているとアナウンスがかかり列が前に動き出す。


「それじゃ健闘を祈るぜ」


「互いにな」


「望むところである」


 おしゃべりはここまで、俺たちは置いて行かれない様に前について行った。

 列はグラウンド中央付近で止まり、第一走者がスタートラインに着いた。

 各組の走者は素早いスタートを切るための構えを取る。それを確認した審判が右手に持ったピストルを掲げ、スタートの合図を出す準備をする。



 さあ、ついに最終種目の始まりだ。こいつばっかりは俺自身も選手だから細工ができねえ。川上の協力にも限度がある。不本意だが、こっからは多少は運が絡んでくる可能性がある。

 まあ、どんな不利な状況になってもねじ伏せる自信はあるがな。


『――パァンッ』


 ついに最終種目男子全員対抗リレーの幕開けだ。

 走者一斉にスタートする。中々に競り合いを見せるいい勝負を序盤は展開する。

 だが、リレーってのは終盤になればなるほど差が開いてくるものだ。こっからどう転ぶかは見ものだが、是非我が赤組には程よく負けておいてもらいたいものだ。間違っても一番でおれにバトンを渡すなんてことがあったら、俺は他の四組に抜かれるまでその場で棒立ちを決め込まなくちゃならなくなる。

 なにせ俺は逆転勝ちがしたいんだからな。最後はごぼう抜きと決まっている。だがそんな事しちまったら大ブーイング必至。味方よ、どうか程よく負けて俺にバトンを渡してくれ!


 そんな念を込めて試合の行方を見守るが、しっかし中々俺の番は回ってこない。

 何せ一組につき男子100人だからな。100人でリレーをやるとなると当然時間がかかる。しかもこれ、半周でバトンパスではなくきっちり一周させるんだからやっぱりどうしても時間がかかるのだ。



 あまりに暇なので俺は待ってる間、味方が一位になりかけると「赤組こけろっ!」と声援を送った。




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