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 しかし、時というのはいずれはやって来るもの。

 ついに今、目の前で99人目にバトンが回り、俺はスタートラインに立つことになった。

 ここで嬉しい報告、赤組98番目の走者は、なんと最下位でバトンを回してくれたのです! もってこいの舞台を整えてくれてどうもありがとう!




 ……ところがだ。この99番目の走者はびっくりするくらい足が速い。前をグングン抜いてなんと半分走ったところで三番手に躍り出た。

 これはマズい。このままでは俺よりあっちの方が目立っちまうじゃねえか。

 俺は思わずブンブン両腕を振って叫んだ。


「止まれ! 止まれぇっ! 赤組トマレェッッ!! ――おいテメエ聞いてんのか!? 止まれっつってんだろうがよォッ!!!」


 形振りなんて構ってられねえぜ。

 一方、そんな俺の様子を同じくスタートラインでバトンを待つ水島と中野は訝し気な目で見ていた。


「……何やってんだこいつ?」


「……さあ、我輩にも分から――いや、ちょっと待て」


「何か分かったのか」


「永井が体育祭のために立てた作戦の名前、アレは確か――」


「あー、それなら確か『体育祭の最後のリレーでアンカーの俺が逆転勝ち作戦』だったはず――ハッ、そうか!」


「君も気付いたか。きっと永井は逆転勝ちのために、味方に負けるよう促しているのだ。いや、そうに違いない」


「やはりか――。だったらやることは一つだ」


「なるほど、君もそうするか。しかしこちらも遠慮はせんぞ!」


 おいおい、一体何をする気だ?

 何やら会話の流れが不穏になってきたのを感じ取った俺は、依然99番目が止まっていないものの叫ぶのを一度止めて、水島たちに話しかけようとした。

 その時だった。


「青組止まれッ!」

「白組も止まるのだッ!」


「おい無視すんなボケッ! 止まれこのタコッ!」

「聞こえんのかこの大馬鹿者ッ!」


「お前耳ついてんのか!? 止まれやッ!」

「だから止まれと言っているであろう! お前の脳みそでは止まれの意味が分からんのか!?」 


『――おおっと、何故だかアンカーたちが味方に対し罵声を浴びせ始めました!』


 困惑する実況。

 これにはさすがの俺も慌てて二人を止める。


「おい、真似すんなよ!? ……っていうか言い過ぎ?」


「しかし、俺たちだって目立ちたいしなあ。それに今回は好きにしていいんじゃなかったのか?」


「左様」


 くぅ~こいつらぁ……っ。


「他人様の真似してモテてそれで嬉しいのかよ!」


「「嬉しいが?」」 


 ……そりゃそうだ。

 だ、だが、赤組三位に対して一位は水島の青組、二位は中野の白組だぜ。俺の方が有利だ。それにだ、赤組走者だって俺の叫びを無視して入り続けてるんだぜ。青組白組だって、そう簡単に言うこと聞いてくれるかな?


 俺は視線を水島たちから走者に向ける。するとどうだ、やっぱりそうだ。こいつは早く走る競技、いくら味方が言ったからって「止まれ」には従わないだろう。

 俺はちょいと一安心した。しかし冷静になってみると何の解決にもなっていないことを思い出した。

 このままいくと99番目の赤組走者は二位か三位で俺にバトンを渡すことになる。こいつはこいつで、俺自身の手で阻止しなければならない使命が現状未だ残っているのだ。


 三人とも努力したが止めることはついに叶わず、先頭集団は最後の直線を突っ切り、一位の青組が水島にバトンを指し出した。

 ここまで来れば、もう水島はバトンを受け取って走り出すしかない。だが俺の赤組は三位で、まだ逆転勝ちの形を保てている。

 さあ、水島お前はこの逆境をどう乗り越える?

 水島の対応をうかがうと、水島は不敵に笑った。


「どうした水島? 気でも狂ったか?」


「馬鹿言うな。俺は気付いちまったのさ。ここまで来れば先行逃げ切り。リードを死守するのも、それはそれで格好良いとなっ!」


 なにっ!? 逆転の発想だ! 中々やるな水島。

 水島は全速力で走りだし、あっという間に第一コーナーに差し掛かる。俺はその背を見送った。


「あの~、バトン……」


『――赤組どうした!? バトンを受け取りません!』


 後ろから味方がバトンを渡そうとしてくるが、それを無視して見送る。

 駄目だ、まだ受け取れねえ。俺は水島とは違い逆転勝ちにこだわるぜ。やはり一番かっこいい逆転勝ちは、最下位からの全員ごぼう抜き。ここは最下位になるまで粘る!

 このこだわりはやはり捨てられん。赤組陣営では今頃ブーイングの嵐だろうけど、最後には勝つから怒らんでくれ。

 そういう訳で俺は次のアンカーが走り出すのを待っているのだが、一向に次のアンカーはスタートしない。

 おかしい。すでに中野が二位でバトンを受け取っているはずなのだが、全然視界に走っている姿が入らないじゃないか。透明マント? いや、そいつをここで使うのは無意味だ。


「いったい中野はどこに行ったんだ!?」


「ここだよ」


「わあっ!?」


 急に予想外の所から声がしたので思わず驚いてしまった。

 中野は、俺の足元にうつぶせになって転んでいた。そしてゆっくりと右足を庇うように、よろめきながら立ち上がった。

 まるで怪我が痛くて仕方がないみたいだ。実際、中野は右ひざをすりむいてはいたが、その傷は小さく今の中野の起き上がり方は明らかにオーバーだった。


「まさかお前……!」


 中野は不敵に笑った。


「そうだ。そのまさかだ。怪我をしているのに頑張って一位を取る。その一所懸命で健気な姿勢が、皆の感動を呼ぶという作戦だ。この勝負、勝たせてもらおう」


『――おおっと、中野選手。怪我を押して走ります! 実況の私、心を打たれます!』


 中野、こいつ……できるっ!

 しかしだ、自分で勝手にこけて作った怪我。しかも一位の水島とは絶賛距離が開き中。これで一位を取れなかったら袋叩きにされるぞ。よくもこんな背水の陣を取れるもんだ。ていうか、すでに半周近くの差ができちまってるが、九歳のお前が高校生に追いつけんのか?

 俺の懸念は的中した。中野は右足を引きずってのろのろと進みだした。歩くのよりはちょっと早いかもしれないが、ほとんど軽めのジョギングペースだ。これはひょっとして策士策に溺れるというやつか? 馬鹿めと俺は心の中で笑った。


 さあ、そうこうしている内に四位の緑組もスタートし、待ちに待った最下位になることができた。

 ついに俺のスタートの時が来たのだ。無視し続けていた味方からバトンをふんだくると、俺は全速力で走った。


 速い速い、俺は速い! 目にも留まらぬ速さで俺は駆けていく。(実際には目に留まる)

 まずは一人目、第二コーナーに入る頃に中野を抜き去る。


「あばよ中野」


 するとドッと歓声が起こり、俺は快感に包まれる。一位の水島は現在第三コーナーをそろそろ抜ける頃。まだ射程内だ。


 どうやらこのまま上手く行きそうだ。水島と中野に作戦を真似されたときには、冷や汗をかいたがなんとかなったな。あいつらもまだまだ俺には敵わないってことよ。

 俺は内心笑いながら、既に勝った気で直線を走っていた。四位、続けて三位を抜いていく。その時だった。


『――凄い、凄すぎる! 赤組、永井選手次々に抜き去っていきま――』


 バゴオオオオオオンッッッ!!!


 突如実況を遮る大きな爆発音。

 吹き飛ぶグラウンド。

 誰もが何が起こったのか分からず放心しただろう。


『――爆発、爆発ですっ! 第四コーナーで爆発が起こりましたっ!』


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