3

 ……なあに焦るこたあねえ。まだ競技は午前中だぜ? いくらでも調整ができるがな。




 それから時間が流れて午前の部の計十種目が終了したが、赤組は依然最下位の200点。他の組は四位が黄組で400点。三位は白組の720点。二位は緑組980点。一位は青組1120点となっている。

 うちの学校の体育祭はなんだかやたらと一競技の点数がデカい。体育祭で1000点超えなんて見たことも聞いたこともない。まあおかげで、一位とは900点も差が付いちまってるが午後の競技で逆転は可能だ。

 ……だが、一つ留意しておかないといけないのは残りの弾数だ。午前はラブコメ次郎のせいで無駄弾が増えちまったからな。午後はあまり気軽にバカスカ撃てねえぜ。


 さあて、それらも大事だが今はお昼休み。飯食って英気を養わなくっちゃな。

 午前の部の終了のアナウンスが流れると、俺はライフルをまたトイレに隠し弁当を取りに教室に向かった。

 本日は混雑回避のために全生徒食堂の利用は禁止され、教室で弁当を食べる決まりになっている。おかげで食堂常連客の俺も今日は弁当というわけだ。

 しかし賢い俺はそれさえも利用していく。今回の弁当は気合を入れて作ってきた代物。その量なんと四人前。俺、西城、帆風、城ケ崎の四人で食べるために作った冷めても美味しい絶品料理だ。

 ほとんどの時間を一人狙撃することに費やす今回の作戦、こういう昼休みにしっかりと触れ合いの時間を作っていく必要がある。俺の美味しい手料理で、胃袋から掴もうってね。美味い飯を食ってる間の談笑は嫌でも弾むってもの。今日の俺に隙はないと思ってもらおうか。




 さて、教室に入った俺は自分の机の横にかけてあるカバンから重箱を取り出した――のだがやけに軽い。


「あら、いつの間にそんなに筋肉つけたかしら?」


 なーんて思いながら念のためふたを開けてみると――。


「カラぁっ!?」


 なんと中身は空っぽだった。こんな馬鹿なことがあるはずない。俺は急いで他の段も確認したが、いずれもすっからかんだった。誰か家庭に事情のあるやつがこっそり教室に忍び込み、盗み食いしてしまったのではないかと俺は疑った。

 しかしだ、それからクラスメイト全員が教室に戻って来て各々弁当を食い始めたが、誰一人として弁当を食っていない奴など居なかった。さすがに重箱四段を食った後に、さらに弁当を食える奴はいやしない。


 そこで俺は段々と嫌な予感というか、思い出してきたのだが、そういえば今朝は本当に弁当を作ったのだろうか。ずーっと作戦準備にかかりっきりで疲れていて、弁当作りに事はすっかり忘れていたのではないか。

 肝の方が冷える感覚と嫌な汗が流れる。


 ………………。


 そうか、俺は本当に作るのを忘れていたんだ! なんつうオチだよッ!


 まあ言い訳じゃないが逆に良かったかもしれん。西城達を見てみろ。三人ともそれぞれ、自前の弁当を美味そうに食っているじゃねえか。忙しさのあまり、俺が弁当を作っていくと通達することすら忘れていたんだぜ。ここは作り忘れた方がむしろ都合が良かったのさ。

 ……しかし俺の昼飯はどうしよう? 俺の分も作り忘れちまった。


 俺が一人机に突っ伏し途方に暮れていると、そこへ声をかける者が現れた。

 それは一般人なのか強化人間なのか、最早判別がつかない川上だった。


「一体何の用だ?」


 俺が顔を上げ力なく尋ねると、川上は手に持っていた布製の手提げ袋を俺の机に優しく置いた。中に入っているのはおそらく弁当箱であろう。


「一緒に食べません?」


 俺はいつぞやのことを思い出した。あの時の苦しみを思うと、飯が喉を通る前から吐きそうな気持ちになる。だが、今は紛れもなくこれは渡りに船であった。


「あとでダンダンダンと追加の弁当が現れたりしないだろうな?」


 俺は恐れるあまりつい聞いてしまった。すると川上は笑ってから答えた。


「そんなに恐ろしそうな顔で聞くことは無いでしょう? 大丈夫、今日は母に止められたのでこれだけです」


 お母さんグッジョブ。心の中で親指を立てる。

 この瞬間、誠に勝手ながら川上のお母さんの好感度が急上昇、顔も見たことないのに付き合いたいと思うほど俺は感謝した。


「いやあ、ありがとう。是非、ご一緒させてもらいましょう」


 俺は川上の手を両手で包み込むように握った。途端に川上は赤くなる。


「……あ、いや、その、こういう手の握り方も、憧れていたので……」


 こいつの憧れも毎回この程度の物だったら良いんだけどなあ、と思わずにはいられなかった。きっと腹が空いているせいだろう。今日はやけに川上が可愛く見えやがる。

 そんな気の迷いに近いことを考えていると、川上は取り繕うように言った。


「そ、そんなことよりっ、早く食べないと午後の部が始まっちゃいますよ!」


 言いながら川上は、俺の前の席から椅子を拝借して向かいに座り、手提げ袋から二つの弁当箱を取り出す。片方は小さく、片方は大きい。だが大きいと言っても現実的なサイズで、普通の男用という感じの大きさだった。これだけで妙な安心感を覚えてしまう。


「さあ、今日も私の手作り、自信作です。ジャンジャン食べてくださいね」


「ほう、そいつは楽しみだな。いただきまーす!」


 量はアレだったが味は良かったもんな川上の料理。量が現実的なら今回は楽しんで食べられそうだ。


 ……しかし、開けてビックリ玉手箱。

 うろたえる俺に川上は嬉しそうに言う。


「じゃあ一つ一つ説明しますね。これはトンカツです。勝つとカツが掛かってます」

「知ってる」

「そして、これはエビカツです。勝つとカツが掛かってます」

「だろうね」

「これはメンチカツです。勝つとカツが掛かってます」

「壊れたレコードか?」


 カツしかねえじゃねえか! あと自分で言っておいてなんだがこの表現、最近の人に伝わるのかな……?


「それと、これは牛カツで――」

「勝つとカツが掛かってるんだろ?」

「そうなんです! よく分かりましたね!」


 そりゃ分かるだろ。何度も何度も同じ説明されたら。


「だって今日は体育祭ですからね。ゲン担ぎでカツ尽くし弁当です!」


 いやだからってゲン担ぎにも限度ってものがあるだろ! 弁当箱どこ見ても茶色で埋め尽くされてそこも見えやしねえ!

 それに、耳慣れない単語出してくるなあ! カツ尽くしなんて聞いたこともねえ。マグロ尽くしとかキノコ尽くしとかは聞いたことあるし嬉しいけど、カツ尽くしなんて胃もたれするだけだろ。味もくどいし飽きちゃうし。

 俺の視界に訴えかけてくる暴力的な茶色の軍勢。ニオイも油っぽくて、それだけで胸焼けしちまいそうだ。


「それと、デザートはキットカットです」

「受験かよ」


 ていうか本当にそんなところまでカツ尽くしかよ……。


「あ、ちょっと溶けちゃってます」

「まあ、まだ暑いからね」


 しかし食えるだけありがたいと思うべきだろう。

 俺は文句を押しとどめカツの山の攻略を始めた。味は結構いける。しかし冷めた揚げ物は揚げたてよりも脂っこく感じてしまうもの。弁当箱を埋め尽くすカツを全部食べるのは、思っていたよりもさらにキツイ重労働のようだ。


 食えるだけありがたいと思っても、食事中やっぱりどうしてカツ尽くしなんかにしちまったんだと思わずにはいられなかった。

 しかしだ、思い出してみると川上は赤組じゃなくて確か青組だったはずで俺は敵だ。そんな敵である俺の勝利を願ってここまでやってくれるなんて、愛情の深さに感謝し――いややっぱりこれはただの有難迷惑だ。

 川上もよく考えてみてくれ。ゲン担ぎなんかしても、こう揚げ物ばっかり食べたら午後のパフォーマンスが落ちちまう。もっと消化に良いものとか科学的アプローチが欲しかったぜ……。


 心の中で文句を言いながらも、俺は何とか弁当箱に隙間なくぎっしり詰まっていたカツの山を制覇した。食える時に食えるだけ食える体の俺でも、さすがに油ものオンリーは結構胃に来るものを感じた。


「ご、ごちそうさまでした……」


「わあ、完食! お粗末様でした」


 川上は極めて嬉しそうな表情で言った。ちぇっ、なんてまあいい表情をするんだか。胃もたれしたけど、こんなかわいい子が俺のために弁当作ってくれたって思うと、後の細かいことはなんだっていいやって思えてくるぜ。


「今回は助かったぜ。それに……美味かった」


「お役に立てて良かったです。――そうだ、困ったことがあったらすぐに呼んでください! ピンチにすぐに駆け付け大切な人を助けるって、これも真実の愛っぽいじゃないですかっ?」


「そ、そうだな……。またいつかな……」


 真実の愛とかいう単語が出てくると、助けられた次の瞬間には一緒に身投げしそうだから困る。それだと結局助かってねえじゃねえか。ってことで川上には悪いが、お前の助けが必要なときは来ないぜ。

 と、俺はまずそう思った。しかし直後ハッとして思い直した。もうライフルの弾数が少なく、午後の部では一発の無駄撃ちも許されないということを思い出した。

 ここで川上の手を借りるのも一つ手ではないか。美少女を手先として扱うのも気が引けるし、あとで心中を要求されそうで怖いが、こういう古い言葉がある。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ってな。しかも都合のいいことに、川上は現在一位の青組所属だ。


「あ、そうだ――」

「永井君、狙撃してるでしょ?」


 俺が川上に頼みごとをしようとしたその時、川上は俺の言葉を遮った。

 俺は川上の言葉にドキリとした。まさか俺の活動がバレていたなんて。普通、体育祭に熱中していれば皆グラウンドに視線が行くから、校舎に居る俺に気付くなんてことはほぼ起きないはずだ。


「……どうして分かった?」


「だって私、いつも永井君のこと見てるもの。ね、協力させて」


 ……こいつは敵わねえや。


「分かった。好きにしろ――っていうか、俺の方から頼もうと思ってたんだがね。だが、一つ言っておきたいことがある」


「何?」


 川上はきょとんとした顔つきで、俺の言葉の続きを待っている。正直一方的過ぎて悪いとは思うが俺は言った。


「だからって見返りに心中とかはしないからな」


 俺がそう告げると、川上は笑った。おいおいそりゃないだろう。


「いや、結構厚かましいことだと思って、言うのにはちょっと勇気が要ったんだけどなあ?」


「ちがうの、ごめんなさい。私だって今までのやり方じゃ駄目だって学習したんですよ? だからこうやって、地道に好感度を稼いでいくことにしたんです。だから交換条件なんて出しませんよ」


 なるほど、人ってのは変われるもんなんだなと素直に思った。


「それに交換条件で心中って、契約だから仕方なくって感じじゃないですか? それって真実の愛とは違うでしょうっ?」


 だが、根っこの部分は簡単には変わらんらしい。結局行きつく先は心中かよ!


「ということで永井君っ! 私に落とされる日を楽しみにしていてくださいねっ!」


 ……落とすってマンションからって意味じゃないよね……!? 


 恐怖感は拭えない。しかし背に腹は代えられんので、俺は悪魔と契約を結んでしまった。




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