5

 翌日の朝、郵便受けを確認すると、また金の入った封筒が入れられていた。

 俺は昨日と同様に、学校へは行かずスーパーへ向かった。

 そして野菜やら調味料やら、必要な食材を買い集めていく。

 三十人分となるとかなりの量だ。出来るだけ安くて良いものを探す。

 必要な分が揃うと、俺はようやく学校へ向かった。


 調理は、学校の家庭科室ですれば良いだろう。家の台所より広く、コンロが多い。

 調理器具の数もある。家から学校まで料理を運ぶ手間もない。

 そして、何より大事なことがある。とっても大事なことだ。

 それは、ガス代が浮くということだ。


 カギなど借りず、ドアを破壊して家庭科室に入ると、さっそく調理に入った。

 献立はスペアリブの漬け焼き、サラダ、トマトスープ、そしてバゲット。

 これを、昼休みまでに作らないといけないから大忙しだ。

 なんと、あとたったの二時間。三十人分の野菜を切ったり肉を焼いたり。

 常人なら間に合わないかもしれないが、強化人間である俺なら可能だ。



 順調に調理は進んでいく。しかし、一時間たったところで、


「お前、何をしている! おいしそうなにおいがすると思ったら!」


 男性教員に、無断で家庭科室を使っているのがバレてしまった。

 俺は今、肉を焼いていて教員の相手などしている場合ではない。


「ほほう、スペアリブか……、一つくれたら許してやろう」


 そう言いながら、男性教員は家庭科室に入ってくる。

 しかし、一切れでもやるものか。

 数に余裕などないし、そもそもこんなおっさんに食わせる飯はない!


 だが、俺が動けないのをいいことに、男性教員はすでに焼け、皿に取っておいたスペアリブに手を伸ばす。


「いただきまーす」


「やめろ――」


 万事休すか――と思われたその時、


「あばっ!」


 男性教員は独りでに倒れた。


「何が起きた?」


「俺だよ」


 そして、その陰から見知った男が現れた。

 そいつは腕を組み、したり顔で格好をつけてくる。


「水島ぁ……っ」


「そんなに嬉しそうな顔するなよ」


 良いところで現れてくれた! 手を組んだ甲斐があるってもんだ。


「こんなところに居たのか。この料理、いったい何に使おうってんだ?」


「そういえば、まだ説明してなかったな」


 俺としたことが、うっかりしていた。

 それなのに助けが来るなんて、さっきは本当にツいてたな。

 俺は水島に、今回の作戦の概要を説明した。


「なるほど。それなら手伝うぜ」


「じゃあ、野菜を切ってくれ。サラダはあとに回してたんだ」


 しかし、水島は手伝うと言っておきながら首を横に振った。

 言ってることが違うじゃないか。


「それは無理だ」


「なんでだ」


「男が料理できるわけないだろ」


 いや、俺は出来てるわけだが。それに料理人は基本男が多いだろ。


「じゃあなんで手伝うって言ったんだよ」


「運ぶのを手伝うって言ったんだよ」


 確かにそれだけでも助かるが……まあいい。俺は再び料理に集中した。

 料理が完成するまでの間、水島は鼻歌を歌って待っていた。




 料理完成間際、俺は予定を変更した。


「放送室まで行って、チア部員たちをここに呼びだしてくれ」


 料理を運ぶより、こちらの方がうんと手間が省ける。

 水島は即座に家庭科室を後にし、しばらくしてチア部員たちを集める放送がかかった。


 しかし、家庭科室に来たのは二十三人だけだった。

 俺たちの言うことは聞けないということだろうか。

 だが、これでも良く集まった方だと考えても良いか。

 半数を下回れば、さすがにマズかったが。


「わあ、おいしそう!」


 名前を憶えていない、特に可愛いわけではない部員が反応を示した。

 確か一年生だった気がする。


「どうぞ召し上がってくれ。親睦を深めたいと思って、用意した」


 しかし、二年、三年の反応は鈍い。結構、豪勢に作ったつもりだったので意外だ。

 だが、この味を確かめれば、そんな態度を取ることは出来まい。

 ほっぺたが落ちて、心も落ちる、恋にも落ちる。

 そして、俺と付き合いたくなる。完璧なロジック。


 水島が戻ってきたところで全員に着席を促し、食事を勧めた。

 水島にも、余った分を食べさせることにした。


 皆もくもくと食べる。これは美味しすぎて、箸を止められないということだろう。

 使ってるのはフォークとナイフだけど。

 美味しいとか口にする間も惜しいくらい、次の一口が食べたいという証拠。


 ――落ちたな。


「うーん、味付けはまあまあ、食材にはもっとこだわって欲しいかな」


 ――な、んだと……。俺は耳疑う。


「そうだね。頑張ってる方だけど、これじゃあ……」


「お前ら普段何食ってんだ!?」


「「「A5ランクの和牛ステーキとか」」」


「「「フォアグラとか」」」


「「「キャビアとか」」」


「お前ら全員金持ちか!!!」


 なんと、あのあんまり可愛くない一年生以外全員、超リッチな食生活を送っていた! 巨乳三連星、三上、井上、田上も漏れず金持ち!


「次こういうことするときは、もっと高級な食材を使ってくれる?」


 そう言って部員たちは出ていった。


「まさか、こんな事になるとはな。いや、俺は美味いと思ったぜ?」


「慰めはいい」


 俺は、がっくりと崩れる様に近くの椅子に座った。

 ああ、どうしよう。

 俺は頭を抱えた。

 どうすれば現状を打破できるんだ。


 そう、この、たくさん残った洗い物を!

 料理作るときはあまり気にしないんだが、片付けとなると途端にやる気を失ってしまう!


 いや、チア部員や食材のことはどうにでもなる。

 どうせ、いくらでも前借りは出来るから金には困らないし、味付けに不満はなかった。

 一発で行くのに越したことはないが、こういうのはコツコツやるのが大事だからな。

 そして、ふと俺が居なくなった時に、俺の有り難味と言うのが分かるんだ。

 さーて、ここからが正念場だ。諦めなかった者が勝つ!


「ということで、洗い物よろしく」


「おい待て、永井!」


 俺は颯爽と家庭科室から走り去った。




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