6

 そこからは過酷な消耗戦が始まった。


 A5ランクの和牛に始まり、フォアグラ、キャビア、トリュフ、フカヒレ、高級食材を続々と投入していく。

 たった一日で、俺の二年分の食事代兼小遣いが消えていく。

 そんな激戦を繰り広げてなお、チア部員たちに目立った変化は起きなかった。

 しかし、目立った変化はなくとも、僅かながら変化の兆しは見え始めていた。


「中々やるわね」

「まあ、美味しいんじゃない?」


 徐々に料理に対する評価は上がってきている。

 今後の方針としては、これはこのまま続けていけばいいだろう。

 だが、現段階、料理ばかりでは決め手に欠けるのもまた事実。

 そろそろ、次の手を打つべきだ。戦場は広く見なくては。

 一点集中ではなく、複数を攻める。


「胃袋掴めば落ちるんじゃなかったのか?」


 という水島の声は聞こえない。


「そもそも、女だらけのチア部、入部するだけでモテモテと言ったのも、どうなった?」


 という水島の声は無視する。


 強化人間の最高傑作である俺に、間違いはあり得ない。

 それに、大事なのは今どうするかということだ! 




 もう二週間は過ぎただろうか、その日の夜、俺はいつものように金を借りようと電話した。


「いつもの頼む」


「駄目じゃ」


 しかし、返答はいつも通りではなかった。

 声の主が、いつものあいつではないことはすぐに分かった。


「勝手に機関の金を使い込みおって!」


「この声は……親父!」


「あいつはクビにした! もう金は貸さんし、今までの分も返してもらうからの!」


「おい、待てっ――」


 これで電話は切れてしまった。

 バレてしまったか。無理もない。もう百五十万くらい使っちまったからな。

 気付かない方がどうかしてる。


 ――って、分析してる場合じゃねぇ! いったいどうする、明日の料理は!?

 いや、明日だけじゃない! ていうか、俺もどうやって食っていく!?

 これからどうやって金の工面をすれば良い?

 バイトはプライドが許さないし、いっそ銀行強盗とかやってみるか?

 いや、学校に行けなくなるだろ。



 俺は一晩、寝ずに考え抜いた結果、チア部員たちに正直に話すことにした。

 今度から、食事を用意することは出来ないと。

 作戦続行できないのは残念だが、今までの行いは積み重なって残っているはずだ。きっとこれからの助けになる。だったらここは正直に行こう。正直な男がモテると研究所の学習キットにも載っていたからな。


 強化人間は、多少は睡眠をとらなくても、問題なく活動できる。

 徹夜明けでも、平常通りで学校に登校した。

 しかし、やっぱり睡眠は気持ちがいいので、授業中は思いっきり爆睡した。



 ついに昼休みがやって来た。

 水島と一緒に家庭科室へと向かう。足取りは重い。

 やはり、その時が来ると憂鬱だ。

 これからは食事を用意できないと伝えると、彼女たちはどんな反応をするだろうか。


 残念がるだろうか? それとも、今までのことを感謝してくれたり?

 ひょっとしたら、お返しに明日から文無しの俺のために、弁当を作ってくれたりなんかしちゃったりしてっ。

 金持ち=お嬢様=ツンデレの方程式が、成り立てばありえるかもしれない。

 今までの態度は所謂『ツン』だった。そしてこれからデレてくれるかも?

 なんだぁ、やっぱり俺の作戦に間違いは無いじゃないか!


 憂鬱なんてなんのその。

 家庭科室に着くころには、暗い気持ちはすっかり吹き飛んでいた。


「どうした? お前、もう料理を作れないってのに、やけに上機嫌じゃねえか?」


「なんでもねえよ」


 さすがに、二週間も同じことをやっていたら、放送が無くてもチア部員たちは、勝手に集まってくる。

 今となっては全員だ。それも俺の料理の腕の、成せる業ってもんだろう。


「あれ? 何も無いじゃない」


 部長が言った。すると他の部員も、続けて異変に対して口を出す。

 俺は「パンッ」と、大きな音を立てて手を打って、場を静かにさせた。


「今日は皆に伝えることがある」


 注目が俺に集まる。


「実は今日から、もう昼を用意することは出来ない。スマン!」


 俺は形式上、頭を下げた。

 さて、ここで顔を上げれば、みんなが「気にしなくていいよ」と俺を励ましてくれるんだ。


 俺は、そっと顔を上げた――。


「は? ふざけないでくれる?」

「マジありえない」

「マネージャーやめたら?」


 なんとそこには俺を励ましたり、今までに感謝したりする人はどこにもなく、非難轟々雨あられ。


「帰るわ」

「てか、今日のお昼どうしてくれんの? 何も持ってきてないんだけど!」


 チア部員たちは続々と退室していく。


「ちょっと、待て――」


 しかし、俺の言葉は届かず、終いには全員帰ってしまった。

 がっくり肩を落とした俺に、水島が話しかけてきた。


「なあ、もうよさねえか、永井? 失敗したからとかじゃねえ。さっきので俺もお前も良く分かった。あいつらは碌な女じゃない」


 水島は、俺を案じて言ってくれている。それは分かる。

 しかし、男には引けない戦いというものがあるんだ。

 同じ男なら分かってくれるはずだ。


「確かにそうかもしれないが、諦めきれねえよ。今までいくら使ってきたと思う? それに、これからは金がない。誰にも、プレゼントを上げることさえできない。となると、これまで積み重ねてきた彼女たちの方が、よっぽど望みがあるってことなんだ」


 俺は水島に言い返した。


「ギャンブルに弱そうな考えしやがって。そうか。だが忘れるなよ。俺たちが何で組んでるのかをな」


 忘れはしない。俺たちは互いを認め合った仲だ。

 そして、一人でやるより二人でやる方がナンパは上手く行く。


 確かに、俺がここで退かなければ水島にとっては迷惑かもしれない。

 いつまでも付き合っていられないと思う気持ちも分かる。しかし――。


「あんな現金なやつらを彼女にしたいのかお前は? エッチするときも、何を要求してくるか分からねえぜ。な、俺たち組んでるんだから、金くらい貸してやるよ」


 ――――っ!

 そう言われて、俺の考えは揺らいだ。

 あのケチな水島がなんと金を貸すと言っているのだ。


 信じられない! 

 金に困ってないのに毎日かけうどんしか食っていないような男が!

 それはつまり、それだけの覚悟をしたということだ。この俺のために。

 普通ケチは金を貸さない! 特に、女欲しさに散財した奴に対しては!


「……今回は、お前の男気に免じて身を引くよ」


「永井……」


 水島は、やっと気持ちが通じたかという風に、ほっとしたような顔をした。

 まさかナンパ失敗で、友情を確認することになるとはね。

 だが、ほっとするのは勝手だが、忘れてもらっては困ることがある。


「ただし、金は貸せよ」


 水島は苦笑した。


「さてと、じゃあこんな部活にはもう用はねえ。部長追いかけて、退部届だしてくるわ」


 正直、まだちょっと惜しい気はする。

 しかし、水島の男気を無しにしても、現実、金がないということを考えると致し方ない。


 俺は、百メートルを八秒で走れる自慢の脚力で部長を追った。


 追ったは良いものの、途中で部長がどこに向かったか分からないのに気付いた。

 教室か、食堂か、それとも購買か。

 分からないので、教室に行けば間違いないだろうということで、今度は部長の教室に行こうとしたが、部長が何組なのかが分からない。


 駄目じゃねえか!

 俺は素直に放課後、部活の時間を待った。




 さて、放課後になった。水島と一緒に体育館へと向かう。

 いよいよ退部届を出す。


 逸る気持ちが足を速めたのか、俺たちは部員たちよりも早く、体育館にたどり着いた。


「待つとしますか」


 少しすると、足音と女の話声が聞こえてきた。その声には覚えがあった。

 巨乳三連星、三上、井上、田上だ。

 すぐに、その巨乳を思い浮かべることが出来る。


「マジであのマネージャー使えないよね」


「ホント、これからはお昼無しとか、ふざけるなって感じ。マネージャーの仕事だろ!」


「そうそう、当たり前のことも出来ないのかって」


「それにしても、誰が言い始めたのか忘れたけど、すごいよねえ、とっさに金持ちのフリして」


「そうそう。その嘘のおかげで、私たちまで高級料理を食べられた」


「あいつ、騙されてんのマジウケる」


「でも普通、あそこで咄嗟にあんな嘘つける? どんだけ高級料理食べたいの」


「アレに咄嗟に合わせられた人もすごいよね」



 ――きぃっ、あんちくしょう! あいつら俺たちのこと騙してやがったのか!

 まんまとしてやられたぜ! いっぱい食わせてやったら、一杯食わされちまった。

 男に飢えていると舐めてかかったら、まさかこんなにも狡猾だったとは。

 少年の純情を弄びやがって。あいつら、タダじゃ置かないぞ!


 この会話は、どうやら水島にも聞こえているようで、眉間にしわを寄せている。


「この話は聞かなかったことにしよう」


「何で!?」


「考えがある」


 俺は仕返しをすることに決めた。

 しかし、どうせ仕返しするなら、ド派手にやった方がスカッとする。

 俺はその仕返しの準備が整うまで待ちたかった。


 俺と水島は、退部届を出すのを取りやめた。これも作戦の一環だ。

 部に所属したままの方が、仕返しをしやすいという理屈だ。

 一緒に帰る途中、俺は水島に仕返しの内容を伝えた。


「なるほど、それなら協力するぜ。痛い出費だが、どうせやるなら小さいよりデカい方が良い」


「ありがとよ、ケチなのに」


「ケチは余計だ」

 



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