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 入部初日は、本当に何もさせてもらえなかった。

 チア部の練習風景は中々見応えがあったが、いつまでもこのままではいけない。

 なんとしても絆を深めなければ。


 俺の脳細胞は、下校中には次の策を打ち出していた。

 家に着いて一息つくと、俺は機関に電話した。電話にはすぐに人が出た。


「何の御用でしょうか」


「金をくれ」


「小遣いの前借り、ということですか?」


「いや、そうじゃなくて普通にくれ」


「それは出来かねます」


 うーむ、前借りか。後々に響きそうで嫌な選択肢ではある。

 しかし、この電話の相手、かなり強情そうだ。

 ちなみに、電話に出る人間は毎度変わる。その時、暇な奴が出ているらしい。


「他の奴に代わってくれ」


「出来かねます」


「……仕方ない。ひと月分、前借りさせてくれ」


「かしこまりました」




 次の日の朝、郵便受けに現金八千円の入った封筒が入れられていた。雑だな。

 だが、さっそく使わせてもらおう。

 俺は学校に行かず、スーパーへ向かった。


 次の策、それは胃袋を掴むことだ。

 心を掴むなら、まず胃袋を掴めとはよく言われることだからな。

 あと、情に訴える。

 俺が献身的に手料理を振舞えば、きっと彼女たちは俺に惚れるはずだ。

 最近、料理の出来る男はモテるって聞くし、自分に尽くしてくれるイケメンを、無下に出来るわけがない。


 さて、チア部員たちの心を掴むための料理は何が良いか、予算八千円で、部員が三十人だから、一人当たり約二百六十円…………微妙だなっ!


 ……いや無理だっ!


 俺のイメージとしては、女の子の心をがっしりと掴むこじゃれた料理。

 フレンチとかイタリアンとか。出来ればデザートも付けたい。

 これじゃ全然足りない!

 それに、今日一日で金を使いきったら、明日はどうする!?

 一日だけで上手く行くとは限るまい。

 好みの女の子にだけ振舞うと、下心が露骨すぎて、印象悪いしなぁ。


 ――――。


 足らぬ足らぬはお金が足らぬ!

 工夫などしていられるか、俺は天下の強化人間だぞ!

 そんなせせこましいこと、やっていられるか!

 俺は携帯を取りだし、機関の人間に電話をかけた。人はすぐに出た。


「今度は何の用ですか?」


 どうやら、前に出た人間と同じ奴らしい。


「ひと月分では足りない。もっと借りられるか?」


 だが厳しいだろうなあ。

 これで借りられるなら、最初っから俺の小遣いはもっと多いはずだし、こいつはこの前「金をくれ」と言ったときに断りやがったからなあ。

 無理だった時の、次の手を考えるか。水島にも協力を要請して――――


「良いですよ。何か月分ですか」


 ほらな。やっぱり駄目だ。さて次の――って、ええッ!!!


「良いのか!? 何か月分でも良いのか!?」


「良いですよ。何か月分でも」


「半年分、いや一年分……いや、十年分でもか!?」


「お望みなら百年分でも、千年分でも可能といえば可能です」


 いつまでもどこまでも借りられる前借りってなんだよ!

 機能しているのかそれは!?


「じゃあ、手始めに十万円借りようかな」


「お金を私的に貸し出すことは出来ません。小遣いの前借りは出来ますが」


 え、なんで駄目なの? ……ああ、そういうことね。


「なんだ、融通の利かないやつだなぁ。じゃあ、一年分前借りさせてくれ」


「かしこまりました。 また明日、届けさせていただきます」


「今すぐは駄目なのか?」


「駄目です」


 こいつは確か、相当強情だったはずだから、これ以上言っても無駄なのだろう。

 ということは作戦始動は明日からか。だが、今日出来ることはやっておこう。

 帰りにまたスーパーに寄って、下ごしらえが必要な食材を先に買っておこう。

 スペアリブとか、前日から漬けておいた方が良い。




 今後の算段を立てた俺は、かなり遅れて学校に向かった。

 到着したのは、三時間目と四時間目の間の休み時間だった。

 教室に入るなり、学級委員、帆風恵美が出迎えてくれた。

 なにやらカッカした様子で、腕を組んでいる。


「あなた、今何時だと思っているの?」


 どうやらカッカしている原因は俺らしい。さすがは学級委員、真面目である。

 だが、まあ、以前考えた『不良が気になる学級委員』の構図に図らずもなっているわけで、俺としては好都合だ。

 今後はこれを狙ってやっていきたいが、忙しいったらありゃしない。


「あなた、風紀委員なんだから、自覚を持って行動してよ。風紀委員自ら、風紀を乱すような行いをしないでくれる?」


 そう、知らない人からすれば意外かもしれないが、俺は風紀委員なのである。

 何故風紀委員になったかと言うと、格好付けと、スカート丈チェックのためである。

 まあ、それはそれとして、今のセリフは聞き捨てならない。


「それはお互い様だろ。そんな腕組んで巨乳を強調して、学級委員の自覚はあるのか? このハレンチ女!」


 いや、自覚があるからそんなことしているのかもしれない。

 これを聞いて、帆風は顔を真っ赤にして、バッと腕を体の横にした。


「サイテーよ、あなた!」


 帆風はプリプリして俺の前から去った。

 入れ替わるように、女神、西城加恋が現れた。


 いつものように、三つボタンの開けられたブラウスから覗く胸の谷間が眩しい。

 それは全ての男の視線を吸い寄せる、まるでブラックホールのよう。

 輝いてるのにブラックホールとは、これ如何に。


「駄目だよ、ハジメ。めぐみんはおっぱいが大きいこと、気にしてるんだから」


 西城は、クラスメイトのことをあだ名で呼ぶ。

 しかし、俺の呼び方だけ殆どひねりが無くて、悔しいというか悲しいというか、釈然としない。

 ちなみに水島のあだ名はマッケンジーだ。

 水島の『ま』だけ取って、下の名前の健二に付けたと見られる。

 このセンスなら、ただのハジメでも別に良いかとも思えてくるが。


「お前は気にしてないっていうより、むしろ自慢にしてる感じだよな」


「まあ、そだね。私はこれが武器だと思ってるから」


 そう言って、西城は胸を寄せた。これが彼女が女神と呼ばれる所以です。


「だが、そんなことしてたら、お前も結構、帆風に注意されてるんじゃないか?」


「そうなんだよねぇ」


 西城は参ったというような顔で言う。

 これはかなり注意されてそうだが、それでも彼女が懲りずに、谷間を披露し続けるのは何故なのだろうか。俺としては結構なことだが。


 理由を尋ねようとしたとき、チャイムが鳴って教師が入って来た。


「じゃあね」


 西城は自分の席に戻っていった。

 まあ、別にいっか。エロに理由は必要なし!




 そしてその後は授業を適当に流し、チア部へ、チアガールを見物に行き、


「弁当は持ってこないように」


 と伝え、帰りにスーパーでスペアリブを買って帰った。


 そしてスペアリブに下ごしらえをしてから寝た。

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