4 拳で語り合い

 俺たちは河原に移動した。


「いつでもいいぜ。かかってきな」


 へ、調子に乗りやがって。相当の自信があるようだな。

 一般人相手に本気は出さないが、少しばかりお灸をすえてやるか。

 強化人間の力を見せてやる。

 俺は地面を蹴り、一瞬で水島との間合いを詰めた。

 そして右のボディブロー。


「な、なに!?」


 だが、俺の右こぶしは奴の腹に届かなかった。


 俺はこの一撃で決めるはずだった。

 普通の人間では視認不能、そして、まともに食らえばまず立てない。そういうパンチを放った。

 しかし、水島は俺の拳を手で受け止めたのだ。すかさず俺は蹴りを入れるが、それも防がれた。

 こいつ、ただものではない。どうやらあの自信は本物らしい。

 俺は用心のために、一度距離を取った。


 だが、負けるわけにはいかない。

 俺の強化人間としてのプライド、そして何より立川がかかっているんだ。

 俺はポケットに手を突っ込んで、なにか武器になりそうなものを探した。

 しかし、どのポケットを探しても、目ぼしいものは出てこない。


 ……ん? ブレザーの右ポケットだけ感触が違う!

 これは期待できるか……って、なんかベトベトしてる……。何故だ?

 ――あっ!

 前回ポケットにブルーベリージャムトーストを直接突っ込んでたからだ!

 汚いッ!


「どこ見てんだ!」

「あぶねえ!」


 と、こんなことをしている間に攻守交替。水島が勢い攻めてくる。

 一応どのパンチも見切れはするが、どれも高校生とは思えない鋭さだ。


 そのまま十分ほど、一進一退の攻防を繰り広げた。


 面白い。まさか強化人間でもないのに、こんなに強い奴と出会えるなんて。

 久しぶりに腕がなる。強化人間は、闘争を好む生き物だ。

 今、俺はとても心地よい感覚に包まれている。

 もう、何のために戦っているとかどうでもいい。

 ただ俺はこいつと戦っていたい!

 だが、強化人間として俺はこの戦いに勝たないといけない。

 プライドとアイデンティティがある!


「俺とここまで渡り合えたことに敬意を表し、俺のとっておきを見せてやる」

「とっておき?」


 俺は右腕のナノマシンを起動させた。

 徐々に右腕が熱を帯びていく。早いとこケリをつけたいところだ。

 俺の右腕には弱点があって、それは熱を出し過ぎる所と、エネルギーを使い過ぎる所だ。

 あー、なんか焼き肉っぽいニオイがしてきたかも……。


 早く喧嘩を終わらせて右腕を労わってやらないと、二度と使いものにならなくなるかも。

 そうなったら、エッチするときに片腕分、損するかもしれない。

 おっぱい揉むときとか!


「今度のはただのパンチじゃねぇぞぉ。くらえッ! 広辞苑パンチッ!」


 このパンチは、広辞苑を貫通するだけの威力がある!


「じゃあえーっと…………カウンターパンチを喰らえッ!」


 水島は二秒で考え付きそうだけど、本当にこれで良いのかちょっと迷って、結局決めるのに十秒かかるような名前のパンチで、俺の広辞苑パンチにクロスカウンターを合わせてきた。

 だが俺も外すわけにはいかねえ!

 構わず殴りぬけ、互いの顔面に互いのパンチがめり込んだ。

 しかし、パンチの威力はあまりにも違い過ぎた。

 倒れたのは水島、ただ一人だった。



 この男、物怖じせずにカウンターを合わせてくるとは、ますます気に入った。

 俺は何事においても、一番だという自信はある。特に戦闘面においては。

 だが、一番であるからこそ、まま退屈に悩まされる。

 だから、時にスリルが欲しくなる。

 自分を脅かす存在というのが、嫌いであったとしてもだ。

 そして、今日そのスリルを味わうことが久々にできた。


 相手を圧倒するのも、もちろん好きだが、時にはこういうのも良いものだ。

 ま、勝ったからこそ言えるのかもしれないが。




 水島が目を覚ますころには、だいぶ日が傾いていた。

 川面が夕日を反射し、キラキラと輝いていた。


「お、気が付いたか」


 水島はゆっくりと目を開け、目を擦った。


「水島、楽しかったぜ。こんな熱い戦いが出来たのは久しぶりだ」

「俺もだぜ永井。まさか、こんなに強いやつが同い年に居たなんてな」


 俺たちは笑い合った。

 男たちの間にはそれで十分だった。全てが通じ合った。

 もう、十年以上も付き合いがある、気の置けない関係であるかのようだった。

 互いが互いのことを確かに認め合っていた。

 俺たち二人は固い握手をした。


 だが、少しして水島は俺の顔を見上げるなり、ガバっと立ち上がって騒ぎ出した。


「てめえ! なに膝枕してんだ、気持ち悪いっ!」


「いや、だって河原にそのまま寝かせるのも、悪いと思うだろ?」


「別にそこは気を使わなくて良いわ! 寧ろ、男同士であるところに気を回してほしかったわ!」


「細かいこと気にするなよ。男だろ?」


「いや、男だからこそ気にしろって言ってるんだが!? 勝ったからってやっていいことと、悪いことがあるだろ!」

「……うるせえ」


「どほぇらぉ!」


 このまま水島が騒ぎ続けては、話が遅々として進まないので、延髄チョップで黙らせた。

 というか気づかいであって、別に勝ったから好きかってやったんじゃなくてだな……あれ、勝ったから?

 そうだ。楽しくて忘れてたが、さっきまでの喧嘩は何かを賭けてたんじゃなかったか?

 それで勝ったら何かを貰えたような……?

 なんか最近物忘れが激しくないか……? 何だったかな…………。



「立川!」


 思い出した!


「どうした急に?」


「俺が勝ったら立川を頂けるんじゃなかったのか!?」


「そういう話だったな」


「立川はどこだ!?」


「あ」


 辺りを見渡しても立川はおろか、俺たち以外人っ子一人居ない。


「どういうことか説明しろ!」


「あ! 俺たちだけで盛り上がって、女子二人を置いてきちまった!」


「何やってんだ! すぐに二人を探すぞ!」


「だが、俺は負けたし、探してもあまり意味は――」


「別に俺は川上には手を出さない。勝ったら立川を頂くとは言ったが、川上をどうこうするとは言ってない」


「……確かにそうだ!」


 俺が笑いかけると、水島もにんまりと笑った。


「「よし、行くぞ!」」


 声は自然と合った。俺たちは立川と川上を探して走り出した。




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