6 本気か?

 研究所の人間に金を払ってもらったおかげで、月曜日には普通に登校出来た。


 俺は城ケ崎が、いつも通るというあの時間に、リム子と初めて出会ったあの十字路で、リム子たちが来るのを待ち構えた。

 リム子があれからどうなったのか気になった。

 捕まってから離れ離れになってしまったので、リム子がどうなったのか知らないのだ。無事でいるだろうか。


 車の走行音が近づいてきた。

 前を見ると、一台のリムジンが目の前を通り過ぎていく。しかし、そのリムジンは俺の良く知るリムジンではなかった。リム子ではない、別のリムジンだった。


「自由になれたってことなのか……?」


 俺は城ケ崎に真相を聞くべく、学校へ向かった。




「な、んだと……」

「聞こえなかったならもう一度言ってあげる。捨てたの」


 教室に着いて、城ケ崎にリム子のことを尋ねてみたら、こんな耳を疑う内容の返事が返ってきた。


「捨てたって、いったい何処に」

「知らないわ。全部爺やたちに任せたのだから」


 クソっ、よりにもよって爺やたちか。きっと碌な場所じゃない。

 野ざらしかもしれない。もしかしたらスクラップ工場か。城ケ崎たちから解放されても、そんな場所じゃ幸せなんて……。

 俺は思わず城ケ崎の胸ぐらをつかんだ。


「な、なによっ」


 城ケ崎は狼狽するが、俺はそんなことは構わない。


「なんでお前はそんなにあいつに冷たく出来るんだよ! いつもお前を送り迎えして、嫌がらせをされても必死に耐えて、お前のために頑張って働いてるのに!」

「ちょ、ちょっと、あなた、たかがリムジンに熱くなり過ぎじゃない?」

「そうやってリム人差別をするような精神だから――」

「いやあなた、リム人って、本当にどうかしてるわっ」


 城ケ崎の表情がまた少し変わる。

 城ケ崎は俺に脅えているようだった。

 俺たちの騒ぎに、このままではいけないと思った周りの連中が、俺を城ケ崎から引きはがした。


「ちょっと! どさくさで胸を揉まないでよ水島君! 別に持つとこ肩で良いでしょ!」


 どうやら城ケ崎を後ろから引きはがすとき、水島という奴が不逞を働いたらしい。揉んだのか、おっぱいを。

 おっぱい、おっぱいねぇ。いやいや、今はリム子のことだ。……おっいやリム子。


「おい、こっちの話がまだ済んでないぞ」

「黙ってて。それどころじゃない!」


 と、俺がせっかく気持ちをリム子に戻したというのに、胸を揉んだの揉んでないだの、そっちの騒ぎの方が大きくなり、こちらの問題は有耶無耶に終わった。


「う、うわあああああああ!!!」


 もっとリム子のことを考えてやれよ……!

 俺はリム子を思い、一人、男泣きした。




 俺は昼休みに秘密機関の人間に電話をかけた。


「リム子が今どこに居るのか調べてくれ」

「は?」

「城ケ崎が登下校の時に使ってたリムジンだよ。早く調べろ」

「ああ、城ケ崎。上手くいってますか?」

「何が」

「だから、城ケ崎の娘さんを彼女にして、放課後夕方の教室で、イチャイチャラブラブ制服エッチするんでしょ? 出来そうですか」

「あ」


 俺は何か大事なことを見落としていたような気がする。

 それに今、気づきかけたような気がする。


「『あ』ってなんですか『あ』って」

「いや、でもリム子だって名前に『子』が付いてんだし、女の子だよ。だから早くリム子の居場所をだな」

「よく分かりませんが、そのリム子ってのはリムジンなんでしょ? 人間じゃなくて。リムジンとエッチする気なんですか」

「あ」

「まあ、そんなわけないですよね。そのリムジンについては調べておきますが、卒業までにエッチ出来るよう頑張ってくださいね。それでは」


 電話が切れた。

 気がするから確信へ。俺は気付いてしまった。

 奥底から上り詰めてくる「しまった」という感情。そしてそれが噴火した。


 あああああああああああ!!!

 そうだよ! リムジンとはエッチ出来ないよ!

 いや確かに恩は感じてたし、何かしてやりたいとは思ったけども、犯罪侵したり城ケ崎の胸ぐら掴んで、関係悪くしたりするほどか!?

 俺の最優先事項を思い出せよ。エッチだろうが。

 リムジンとどうやってエッチすんの? 排気口に入れるのか!? おっぱいも何もないじゃねえか!

 別に優しくなくても、デッカいおっぱい揉んだら癒されるってこと、なんで忘れてたかなぁ!


 クッソー、どうせ関係が悪くなるなら、俺もさっきどさくさで城ケ崎のおっぱい揉んどけば良かった。

 というか、彼女に出来たら揉み放題だった。悔しい、悔しすぎるっ!


 俺は怒りと悲しみと後悔に打ちひしがれた。

 そんな俺が求めたのは癒しだった。

 そう、こういうときにこそ癒しが欲しい。

 そして癒しとはさっきも言った通り、おっぱいだ。

 デカいおっぱいを揉めば癒される。


 城ケ崎の現在位置を確認する。

 奴は今いつも通り、教室の真ん中で友達と昼飯を食っている。

 俺は城ケ崎に特攻をかけた。一気に距離を詰め、後ろからがっしり。


 両手に柔らかい感触を確かめた。ああ、これが巨乳かおっぱいか。

 感動だ。このために生まれてきた。実は初めて揉んだ。


「きゃああああ!」


 城ケ崎は叫びをあげた。

 そして首を後ろに振って、こちら目掛けて後頭部で頭突きしてきた。

 普段ならこんな頭突き、余裕で躱せるのだが、


「あ、髪がイイ匂いする――ぶべらぁっ!」


 俺は頭突きを顔面にもろに食らい、倒れた。

 打ち所が悪かったのか、段々と意識が遠のいていった。




 気が付いたらベッドだった。

 内装で保健室ではなく、病院らしいことは把握できたが、少しばかり様子がおかしかった。

 少しして看護師が通りがかったので、呼び止めた。 


「ここは病院だよな」


 看護師は答えた。


「ここは医療刑務所です」


 無免許、逃走、暴行。

 強化人間(前科三犯)永井一は、高校に入学してまだ一週間も経っていなかった。


 俺は彼女と体を重ねる前に、罪だけを着実に重ねていた。

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