4 ある朝

 授業が終わり学校から帰った俺は、家で今日の反省会をした。

 しかし、考えても考えても、どこにも反省点が見当たらない。

 昼のことだって、アレは完全に予想の範疇を超えたことだから、反省のしようがない。だのに、どうしてこうも上手くいかなかったのだ。

 考え込んだ俺は、つい夜更かししてしまった。




 目が覚めると、朝飯を食ってる時間なんてないくらい、遅刻ギリギリの時間だった。

 昨日と違って本当に遅刻してしまう。いっそ今日も食パン咥えて誰かとぶつかってやろうか。

 食パンを咥えて家の外に飛び出すと、家の前に傷だらけの黒いリムジンが停まっていた。


「アンタが教室に居なかったから、心配で来てみたら」

「お前、どうやってここが――」

「優子先生に聞いたのよ。さあ、早く乗って」


 運転席のドアがひとりでに開いた。


 このままでは本当に遅刻してしまうので、お言葉に甘えてリムジンに乗り込んだ。

 中には誰も居ない。ここまでどうやって走ってきたのだろうか。

 いや、今はそんなことどうでもいいか。俺はリムジンを発進させた。

 学校に着くまでの道中、俺は聞いた。


「しかし、なんで俺の所まで来たんだ?」


 もしかして城ケ崎の差し金か? そうしたら、昨日はなんだかんだ言って、成功だったってことか? なんだよ城ケ崎ツンデレかよ。俺は早くデレデレのお前が見たいぜ。


「そ、それは、もしも困ってたら助けなきゃって思って……」


 ん? なんだか様子がおかしい。


「だから、それが何で?」

「昨日助けてくれたでしょっ」


 言われてもピンとこない。

 頭を回転させて、何とか思い出そうとしてみる。

 頭よりこめかみ辺りで、両手人差し指の方が良く回っている気がする。礼をされる心当たりに、まるでたどり着けない。俺は城ケ崎を助けた記憶がない。


「悪い。覚えてない」


 これにリムジンは驚いたようだった。


「いや、昼休みに廊下で」

「ああ~」


 俺は手をポンと打った。


「ちょっと、ハンドル離さないでよ!」


 リムジンが焦りの声を上げる。慌ててハンドルを握り直した。

 なるほど、尿意とその後の失敗ですっかり忘れていた。

 そんなことで、わざわざ礼をしにくるなんて、中々可愛いところのあるリムジンじゃないか。

 名前は確か、かなり安直な……リム子だったか。


「しかしまあ、おかげで助かった。礼を言うぜ」


 俺が礼を言うと、突然室内の気温が上がり始めた。照れてるってことか?




 リム子のおかげで、なんとか遅刻せずに学校につくことが出来た。俺は再度リム子に礼を言って、教室に向かった。リム子はそのまま城ケ崎邸に帰ったようだ。

 教室に入り自分の席に向かう前に、俺は城ケ崎に話しかけた。


「今朝はリム子に助けられたぜ。城ケ崎にも礼を言っとくよ」

「あら、そう」


 城ケ崎はそれだけ言って、肘をついてそっぽを向いた。

 それはないだろぉ。礼のし甲斐がないというか。

 そりゃ、城ケ崎は助けた本人じゃないだろうが、こちらとしては、もう少し反応が欲しいところだ。親しくなるための、話のきっかけにすらなりゃしない。


「なあ、どうしてそんなそっけない態度を取るんだ? 俺、何か嫌われるようなことしたか?」


 城ケ崎は何故か、呆れたようにため息をついた。


「あなた、昨日のことを覚えていないのかしら? とんだ神経の持ち主ね」


「さあ、分からないが、お前が俺に一物あったとしても、お前のリム子のことくらい、聞く耳持ってくれてもいいじゃないか。主人なんだろ」


「リムジンが何をしようが知らないわ。たかが車なんだから。むしろ勝手なことをしないで欲しいくらいね」


 リム子について語るときの城ケ崎の目は、まるで物を見るかのようだった。

 それはあんまりなんじゃないか、そう言おうとしたとき、優子先生が教室に入ってきた。

 優子先生の着席を促す声に、俺は心にわだかまりを抱えたまま、席に着いた。

 なんだよ城ケ崎の奴。あんな言い方をすることは、ないじゃないか。




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