3 共に食事を取ることは、距離を縮める近道

 昼休みになった。

 昼、城ケ崎が教室で持ってきた弁当を食べるということはリサーチ済みなので、俺も弁当を持参した。城ケ崎には仲の良い女子三人が居て、彼女はその三人と机をくっつけて食べているらしい。丁度、教室の真ん中あたりで机を動かしている。情報通りだ。それに声をかけて、俺も仲間に入れてもらおうってわけだ。


 しかし、その前に催してしまったので先にトイレだ。だが、そんな俺に待ち受けるものがあった。外に出るため扉に近づこうとしたとき、俺は立ち往生するリムジンを認めた。どうやら自分で扉を開けられないらしい。仮にあけられたとしても、車幅が広すぎて通り抜けられなそうだが。

 しかし、いったいどうやって入ったのだ。疑問は尽きないが、このままでは食事会に間に合わないので反対側の扉に向かおうとしたとき、


「ちょっと、薄情ね。助けなさいよ」


 リムジンは俺に救難信号を出してきた。しかし、俺には助ける気はさらさらない。物事には優先順位がある。リムジンを助けても一銭の得にもならないが、女の子たちの食事会に間に合えば、それはエッチにつながる。どちらを優先するかは明白だった。


「なんだ。分解でも手伝ってほしいのか?」


 俺は軽口を叩いた。


「え、なにそれ引くわ……。バラバラとか、そういう性的嗜好? いつか実行してしまう前に自首しなさいよ」

「そんな趣味はねぇっ!」


 強いて言うなら面食いで巨乳好きか。しかし興味深い話かもしれない。

 俺は、単純にデカいものを運ぶときの、定石を話したつもりだったが、当人からすればバラバラ殺人も同義なのか。しかし、また疑問が生まれる。いったい製造工程のどの段階で自我が芽生えるのかということだ。

 いやいや、そんなことを考えている場合ではない。そろそろ膀胱も限界が近づいてきた。

 俺が反対側の扉に歩き始めると、後ろからリムジンの声がした。


「もういい! 自分で何とかする」


 おう、精々そうしてくれ。

 俺は教室を出た後振り返ってリムジンの様子を確認した。リムジンはまだ教室の中に居た。何ならドアから離れて外がさっきより遠のいていた。

 諦めたか? と思った次の瞬間、エンジンの爆発するようなけたたましい音と、タイヤの空転音が聞こえたかと思うと、リムジンは急速発進して教室の扉をぶち破ったッ!


「うわぁッ!」


 さっきまで扉がはまっていた枠は完全にひしゃげてしまい、扉もどこに行ったのか分からない。


 なんて力業だ! しかし、それでことは終わらない。

 リムジンは扉を破るのには成功したが、車体の半分以上がまだ教室の中に取り残されていた。それを、リムジンは右にハンドルを切りながら、強引に進み始めた。車体と建物が、ゴリゴリと大きな音を立てて擦り合う。


「と、とんでもねえ奴だ……」


 この事態に主人である城ケ崎は一瞥もくれない。

 リムジンが教室からの脱出を完遂したときには、教室の廊下側の壁は半分潰れていた。恐るべきリムジンの強度である。

 廊下に出たリムジンは走り出したが、廊下は狭く車体の左右両方を壁に擦っている。それはもうすさまじい音を立てて!


「う、うるせぇっ!」


 そしてその歩みは徒歩より遅い。そして運の悪いことにリムジンの進行方向の先にトイレがあった。

 隙間がないためリムジンを追い越すことは出来ない。このままでは漏れてしまう。思わず股間を抑えてタップダンスを踊る。膀胱はもう破裂寸前。頭に血が上るの膀胱バージョン。


「うおおおおおお!!! 早くしてくれぇッ!!!」


 こらえきれなくなった俺は、飛び上がってドロップキックでリアガラスをぶち破り、後部からリムジンに侵入した。


「うそ、破られてる!? 後ろは初めてだったのに!」

「意味深な言い方をするな!」


 というか前は経験あるのかよ。

 俺はするすると前に移動し、邪魔な仕切りを破壊して運転座席についた。

 このままでは漏らしてしまって食事会どころではない。


「飛ばすぜ!」


 俺は、持ち前のドライビングテクニックでなんやかんやして、廊下を一般道路を走っているかのように難なく走らせ、階段も止まることなくスムーズに降り、リムジンを校庭まで走らせた。


「ちょっと! 何人か轢いてない!?」

「気のせいだ!」


 一番難しかったのはトイレを我慢することだった。階段を降りる時の振動は、結構来たぜ。

 俺はリムジンから降りた。その場から去ろうとすると、リムジンはクラクションを鳴らした。


「ま、待って! そ、その……ありがと」

「勘違いするな」


 俺は後ろ手に手を振り、格好をつけるのもつかの間、トイレめがけて全力疾走した。


「ああああああああああッ、漏れる漏れる漏れる漏れる漏れる漏れるぅ!!!」


 いくら強化人間と言えど、膀胱までは強化できなかったというのか。




 トイレには何とか間に合った。男子トイレには小便器というのがあるが、アレは画期的発明だと思う。

 だが息つく暇もなく、俺は教室に走った。強化人間の超身体能力、百メートルを八秒台で走れるこの脚力で、すぐに教室に戻ることは出来た。しかし、本気を出したので息切れを起こし、呼吸が荒くなった。


 食事は一息ついてからにしたい気分だが、そうもいっていられない。

 カバンから弁当を取り出し、早足で城ケ崎に近づく。


「はぁ、はぁ、城ケ崎ぃ……ごくり。一緒に、はぁ、食べても良いかい? はぁ、はぁ」

「えっ、気持ちワルっ。汗びっしょりだし、近寄らないでくれる?」


 他の三人も後ろに身を引いた。

 クソっ、あのリムジンのせいでこんなことに!

 くっ、ここは一度引くべきなのか? ここで強引に押し通そうとして、悪い印象を与えるのは得策とは思えない。しかし、俺は一刻も早く彼女が欲しい!


 解決策をしばし考える。

 ……よし、呼吸は時間が経てば落ち着く。汗の方は、拭いてしまえばいい。なんだ簡単じゃないか。

 だが、ここで計算が狂う。汗の量が多すぎて、手持ちのハンカチでは到底ぬぐい切れない。どうする? 

 なら下着を脱いで、それで拭けば良いだろ!

 俺は城ケ崎たちの前でガバっと上半身の服を脱いだ。


「ちょっと、何をしてるの!?」


 うろたえる城ケ崎を尻目に下着で汗を拭う。腕を上げて脇も念入りに拭う。

 城ケ崎は依然、呆然としている。俺の筋肉に見惚れたか?

 さりげなくポージングなんかも交えてみる。拭い終えると、汗でぐっしょりの下着を着るのは気持ち悪いので、直に制服のシャツを着た。

 俺は裸を晒したのだし、いずれは城ケ崎にも裸を晒していただきたい。


「これで文句ないだろ?」


 しかし、驚くべきことに城ケ崎は、満足どころか憤慨した様子だった。何故?


「女性の前で裸を晒すなんてどうかしてるわ! それに肌に直接シャツを着るなんて、悪趣味にもほどがあるわ!」


 そんな、馬鹿な……っ。俺の行動が完全に裏目に出るなんて、強化人間の頭脳をもってしても、この事態は予測できなかった……っ。研究所での試験は全部満点だった! 大体、女だって男と同じで異性の裸は見たいもんだろ! 


「爺や! 爺や!」

「お呼びでしょうか、お嬢様」


 城ケ崎の呼び声に、どこからともなく爺やが現れた。


「どうやら今朝轢かれたせいで、頭がおかしくなったようよ。病院に連れて行ってあげなさい」

「かしこまりました」


 マズいことになって来た。病院だけはマズい。病院で精密検査なんてやっちまったら、俺が強化人間だということが明るみになっちまう。それは非常にマズい。


 よし。ここは平謝りで乗り切ろう。爺やをのすくらいわけないが、学校で暴力事件を起こしたとなると停学、下手すれば退学。そんなことになったら、放課後の教室で彼女とイチャイチャラブラブ制服エッチが出来なくなっちまう。


「いや~悪かった悪かった。すまん。この通り謝る」


 俺は両手を合わせた。

 しかし、それも届かぬ思い。許してくれる気配はない。爺やは城ケ崎の命令で、こちらにじりじりと詰め寄ってくる。土下座でもするか? 上手くすればパンツ覗けそう。

 しかしパンツなんて、付き合えばいくらでも見られそうだしなぁ。パンツ一枚のために、土下座というのもプライドが許さない。かくなる上は…………逃げよう!


「うおおおおおおお!!!」


 俺は城ケ崎たちに背を向け、走り出した。せっかく一息ついて、汗まで拭いたのにまた走って、今度はシャツが汗でぐっしょり。


 おかげで午後の授業は、上半身裸の上に直接ブレザーの姿で受けた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る