第一話 少女漫画のような運命の出会い作戦

1 食パン咥えて遅刻遅刻

 俺、永井一は、入学早々轟々高校をやめた。

 だがこいつも計画の内だ。やめたと言っても転校。転校先は千幸高校。

 彼女とエッチするためには当然彼女が必要。そして彼女を作るには、女の子に俺に惚れてもらわなくっちゃいけないわけだが、俺はそのための楽な方法を知っている。


 何事も始めが肝心だ。つまるところ女の子との出会いは劇的でなければならない。ドラマティックな出会いを演出し、相手にさも運命の出会いだと信じ込ませることが出来れば、後は勝手に向こうから俺に惚れてくれる。

 では高校生にとって劇的な出会いとは何か、それは『食パン咥えて遅刻遅刻、交差点で出合い頭にぶつかった男がまさかの転校生!?』だ。これに勝るものはない。これさえやっておけばいい。研究所の学習キットにもそう書かれていた。

 そして今がこれをやるのにベストなタイミングだ。出会ってからの期間が長い方が当然仲を深めた後のお楽しみの時間が長くなる訳だからな。


 しかし初手転校は決まっていたものの、いったい誰と出会うのかまでは作戦立案段階では決めていなかった。

 そういうわけで俺は研究員たちに、クラスメイトになる予定の女子たち全員のプロフィールと、登校時間とルートを調べさせた。かなりの粒揃いだったが、その中で一人の女の子に目が留まった。


 城ケ崎まりあ。

 城ケ崎という苗字にピンとくる人間もいるだろう。そう、お察しの通りあの城ケ崎グループの社長令嬢。城ケ崎グループと言えば『ゆりかごから墓場まで』でおなじみ。世の中なにかしら物を手に取ってみれば、なんでも城ケ崎グループのマークがしるされている。ほとんどの人間が、かつて城ケ崎グループのゆりかごで眠り、城ケ崎グループのゴムで初体験をし、いずれ城ケ崎グループの火葬炉で灰になる。


 スリーサイズの詳細は不明。背は低いが胸は服の上からでも、かなりあるように見える。おっとり顔の童顔は、いかにも苦労を知らなそうな顔だが、結構可愛い。こういうアンバランスさは性欲を大変刺激します。まあ、結局おっぱい大きかったら性欲刺激されるし、なんならおっぱいが大きくなくても、裸になられたら性欲を刺激される。

 まあ何にしろ、相手にとって不足はない。俺は女は第一に顔、次に体で決める。性格は目を瞑ることもできる。男が大業をなすには時には我慢も必要だと知っている。


 そんな、体と顔で彼女選びするなんて不誠実だと言う人間も中には居るだろうが、これはただの好みの話である。要は優しい人が好きとか、頼りになるとかとまったく一緒だ。別に、放課後夕方の教室でイチャイチャラブラブエッチ出来たら、すぐ捨てるというつもりもない。そもそも、イチャイチャラブラブ出来なきゃ、目的は達成されたとは言えない。イチャイチャラブラブ出来る様に、相手を大切にすると決めている。無理やりもなければ暴力も使わない。体と顔で決めて何の問題がある。


 そういうことで俺は登校初日、城ケ崎が毎日通るという十字路で、彼女が来るのを待ち構えた。もちろん、城ケ崎から死角になる右に曲がった少し先でだ。そして時間来れば、直進する城ケ崎に横からぶつかる。ひょっとしたら、ラッキースケベも起きるかもな。


「ひひひっ」


 思わず他人さまには聞かせられない品のない笑いが漏れる。いけないなこれじゃ。格好をつけなきゃ、ぶつかっても惚れてもらえないぜ。制服のネクタイを締めなおし、腕時計に目を落とすと作戦決行まで、あと十秒といったところだった。俺は用意していたブルーベリージャムトーストをポケットから取り出して咥えた。


……そういえば本当は俺も城ケ崎も遅刻じゃないな。まあいいか。

……さん、にぃ、いち、今だ――!


「遅刻、遅刻!」


 言いながら俺は飛び出した。

 俺は城ケ崎の飛び出したおっぱいに飛び出せるのか。俺はさっと左を向き、城ケ崎を確認しようとした。しかしそこに居たのは人ではなかった。


 黒く、光沢を帯びた車体。四つのタイヤ。

 そこに居たのは黒いリムジンカーだった!


 なんでリムジンが!?

 次の瞬間には俺はリムジンに吹き飛ばされていた。


「ぐへぇあえっ! ごほっごほっ!」


 口を押えていた手を開けると、手のひらがべっとりと赤く染まっていた。


「なんじゃこりゃぁあ!!!」


 一体どういうことだ!? 城ケ崎まりあは、この時間この場所を通過するのではなかったのか。まさか研究所の奴らめ、俺に偽の情報を掴ませたというのか。

 混乱する中、停止したリムジンから爺やが降りてきた。


「いたたぁ……急に飛び出したら危ないでしょ!」


 その声は甲高く、女みたいというより女の声そのものだった。

 このジジイふざけていやがる。人を轢いておきながら女の声真似、しかも謝りもしない。俺が超優秀な強化人間でなかったら、死んでいたかもしれないんだぞ。よくもこんな口をきいてくれやがって。

 ジジイのことを睨みつけてやると、ジジイは一転して態度を改め、普通の爺さんの声で話し始めた。慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。


「申し訳ございません。お体は大丈夫でしょうか? お怪我はありませんか?」

「大丈夫なものか。見ろこのトーストを!」

「ミックスベリーですな。美味しそうです」

「もとはブルーベリーだ!」

「ああっ、大変申し訳ございません!」


 爺やは深々と頭を下げた。


「さあ、お前も謝って」


 と、爺やは車の方を見ていった。車の中をよーく見ると、中には城ケ崎まりあが座っていた。そうか、金持ちだもの、リムジン登校していても何ら不思議ではない。がしかし、この爺さん、主人をお前と言いやがったぜ。大丈夫か? 第一、そんな普通に言ったんじゃ車内まで聞こえないだろう。

 しかし次の瞬間には「ごめんなさい」と言う女の声が聞こえた。

 馬鹿な。あの声が車内の城ケ崎に届くはずがない。それに、この強化人間の超視力が、城ケ崎の唇が動いていないのを確認している。じゃあ一体誰が今謝ったんだ。また爺さんの声真似か?


「でも、もとはと言えば爺やがちゃんと前を見て運転しないのが悪いのよ」

「何を言うか。お前がブレーキをかけるのが遅かったせいじゃ」

「なに人任せにしてんのよ」

「車が口答えするな」

「あー、またそうやって車差別をする!」


 ……この言い争いでようやく謎が解けた。信じられんがリムジンが喋ってる! まだ言い争いは続いているが、二人の声が同時に聞こえる時もある。これは爺さんが女の声真似をしていない証拠だ。全く信じられんことだが、このリムジンは確かに女の声で人間の言葉を話している。


「いや、それよりあなた様、こちらの車で病院までお送りしましょうか?」


 爺さんは提案したが俺は断った。俺は強化人間、体は平気だ。それに病院に行ってたんじゃ、この後の「今朝の男!」が遅くなっちまう。

 ふとリムジン後ろの方の窓が開いた。


「爺や、何をしているの。遅刻してしまうわ」


 城ケ崎まりあだ。冷たい眼差しでこちらを見ている。

 これに爺さんは「ただ今」と答えた。


「私の連絡先です。何か後で異常などありましたらご連絡ください。それでは」


 爺さんはそそくさとリムジンに戻ると、車を発進させた。


 ……城ケ崎、感じ悪っ。俺を心配する素振りも全くない。ふざけんなクソっ。

 巨乳じゃなかったらキレてるところだぜ……。




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