第2話 事故があったか。
「っちい。見つかりやしない。」
ウチに向かってきた男と『話し合い』をしてから2時間、奴らが出歩きそうなところをかたっぱしから探していた。
(今日なら学校も半日だから遭遇率は高いと踏んで行動を起こしたってのに、まったくもってダメだね。)
こういった時は気分転換だ。ヘッドフォンを付けてスマホの音楽プレーヤーアプリで曲を流す。
音楽は良い。気分が変わるし考え事に集中できる。
(いっそのこと発想を逆転させるか?信条洸太と室山影児……こいつらは基本的に二人で動く。さっきは奴らを分断させようとしてあの馬鹿どもをけしかけたけど、口では悪くいってもあの二人の連携は本物だ。だとしたら……)
考えていたら肩に軽く衝撃を感じた。振り返ってみると、そこには見知った顔。
「あ、あの……千夢さん。」
ヘッドフォンをはずしながらウチよりも小さいその子を見る。
「ああ、
「はい。私にはそれくらいしかできないので。」
「いつもありがとうね。千香もきっと喜んでるさ。」
「……そう、だといいんですけど。」
そう。『きっと』。千香は今、話すことができない。それどころか、意志の疎通すら。
「香澄ちゃんには感謝してるよ。引っ込み思案な千香と友達になってくれて。間違いなく千香は香澄ちゃんと一緒に過ごせてよかったって思ってるさ。だから香澄ちゃんも笑っててくれると嬉しい。……って千香なら言うだろうさ。」
「……ありがとうございます。千夢さん。ほんと、千香ちゃんは羨ましいな。私は一人っ子なので、こんな良いお姉さんがいて。」
「ウチにしてみれば香澄ちゃんももう一人の妹みたいなものだよ。付き合いは短いけど、そんなことは関係ないよ。」
ウチらの家柄を気にすることなく一緒に千香と香澄ちゃんと三人で遊んでるとき、ウチは確かにそう思った。時間は短くとも、過ごした密度は濃厚だ。もう一人妹ができたみたいで、いい気分になったのはいつからだったか。
「ふふ。いいんですか?千香ちゃんが聞いたらちょっと拗ねちゃいそうですよ?」
「かもねぇ。あの子、ウチにべったりだし。」
さっきまでちょっと暗い顔してたけど、笑い合う。千香とウチは3つ違いだけど、外からみても仲のいい姉妹だったと自負してる。香澄ちゃんもそんな様子を思い出して微笑ましそうにしていたのを思い出したんだろう。
「千夢さんも千香ちゃんも本当に仲いいですもんね。ほんと、羨ましいです。」
「それが自慢の姉妹だからね。けど、香澄ちゃんと一緒にいる時の千香も、ウチから見たら羨ましかったよ。違う角度からみた顔が見れて嬉しくもあったけどね。」
「そういうものですか?これ、もしかしたら千香ちゃんも、私と千夢さんのことで羨ましがってそうですね。」
確かに、と2人で笑い合う。本当にいい子だ。些細な事かもしれないけど、香澄ちゃんは千香の話をする時に過去形で話さない。それはウチも香澄ちゃんも、千香が生きていると、起き上がって必ずまた一緒に過ごせると信じているから。
「さて、話してたらウチも千香の顔を見たくなったよ。今から会いに行こうかな。」
「ぜひそうしてあげて下さい。千香ちゃん絶対喜びます。」
「うん。香澄ちゃんも帰り道気をつけてね。変な奴にはついていかないように。」
「だ、大丈夫です。今日はもう帰るだけなので。」
では、とお辞儀をして香澄ちゃんは帰路についた。ウチも今日は奴らのことは諦めて、千香の所に行って帰ろう。
そして、その日を境にウチが千香に会うことは長く叶わないこととなってしまう。
同時に復讐相手であるヤツに、近づけるチャンスもやってくることとなる。
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お父さんに事情を話て店を離れて買い出しに向かってから2時間。私、
「ちょっと2人とも、遅いわよー!まだ買うものあるんだからー!」
「ふざけんなよ。こんな量の物持ってそんな早く歩けるか!」
「まあまあ影児。大事な幼なじみのお願いなんだし。」
「あいつは多分俺たちの事を幼なじみってより、体のいい荷物持ちとしてしか見てないぞ……」
失礼ね。ちゃんと大事な幼なじみとは思ってるわよ。ただ、一緒に過ごしてきた時間が長い分、遠慮が少ないだけで。
「感謝はちゃんとしてるわよ。ありがとね。」
「そう言うならお前も荷物持てよ燈。ここでときめくような頭してねえよ俺は。」
「そんな気は全くないから安心しなさい。私は年上の大人っぽい人が好みだから。」
そんな軽いやり取りをしながら影児から数個紙袋を受け取る。影児とのやり取りは楽で助かる。軽口を軽口だとお互いにわかってるから、変に気を使わなくて済むのよね。
「へ、へぇ~……。燈って年上の人が好みだったんだ……。」
で、もう一人の幼馴染、洸太は少し前の漫画とか小説の主人公みたいな性格。鈍感、無自覚、無駄に熱い、加えて顔は良い。別に悪い奴じゃないのは今までの付き合いからわかるけど、影児の言っていた通り面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁ね。洸太が鈍感なせいで周囲の女子からの目も面倒くさいし、実際絡まれて厄介なことも現在進行形であるからなぁ。
「お子様な考えな人が嫌なだけよ。男子ってすぐ馬鹿なことするでしょ?」
「それは……そうかもだけど。」
「ああそれなら、さっきの人とかはどうだ?陽央さん、結構かっこよかったし話した感じも柔らかかったぜ?」
「ああ、
「え?あの人婚約してんの?」
「あの人、よくうちの店に来るから。それでお父さんと話してるの聞いたの。そろそろ籍入れるんだって。」
物腰も柔らかいし、相手の人のことを話してるとき、本当にうれしそうに話す人だったから、見てて覚えちゃったのよね。ああいう人が相手なら幸せなんだろうなぁ。
「はあ~。すげえな。結婚なんて全然考えられないわ、俺は。」
「僕も。そもそも付き合ってくれる人がいないしね。」
何を言っているんだこいつは、みたいな顔で影児が洸太を見ている。かくいう私もそんな表情だと思う。私の知る限りでも洸太に好意を抱いているのは、いつも取り巻きの様にいる5人の女子、加えて学校の中にも隠れファンサークルがあるとかないとか。
特に取り巻きの5人の女子に至っては周りがわかるくらい洸太のことが好きなアピールをしているって言うのに当の本人はまったくそれに気づいていない。驚きと呆れを通り越して影児と一緒に無感情になったのも懐かしい。
「お前は一回、人生をやり直したほうがいいと思う。」
「私も同感よ。どうしたらそんなに周りの感情に鈍くなれるのか……」
「え?なんでそんなこと言うの二人とも。」
えっと、ほんと、もう。
影児も溜息をついて洸太にいつも通り、いつもの日常の様子を伝えているが、結局……
「え、そんなわけないじゃん。みんな仲のいい友達だし、僕のことを好きだなんてないよ。」
と、こんな感じで自己完結。自信がないのもあるけど、これをいつも聞かされる私と影児は、5人にご愁傷さま……と思うこともない。
「だって、好きだったら僕をいつも殴ったりしないでしょ。」
そう。取り巻きの5人は何かにつけて洸太を取り合って、洸太がだれかを選ばなかった場合、よくそれを引き留めるために暴力に走る。もうこの時点で頭おかしいのだけれど、それで友達と言える洸太の思考もどうなんだと思いたい。私も影児もそれに巻き込まれることが多いため、その5人とは関わり合いになるのを避けている。
「ああ、そうね。普通の人はそんなことしないわ。」
「あいつらは普通じゃないからな。」
「二人とも、友達にそんなこと言うのは良くないよ。」
こんな事までいう始末。なので、影児を私はもう本人たちがいいならそれでもいいんじゃないかと考え始めている。幼馴染ではあるけど、私は洸太を好きなわけでもないし。影児もあきらめ気味だ。
「あ、燈先輩!」
と、洸太の周囲の話をしているとツインテールの女の子が話かけてきた。
「あ、香澄ちゃん。奇遇ね。」
「はい。燈先輩も……お邪魔でしたか?」
「いいのよ。こいつらはただの荷物持ちだから。」
花井香澄ちゃん。私と同じ、バレー部の後輩。よく自主練とかに付き合ってたたら妙になつかれちゃったのよね。悪い気はもちろんしないし、友達思いのとってもいい子なんだけど……
「室山先輩とし、信条先輩も、こ、こここんにちは……」
「おう。」
「奇遇だね香澄ちゃん。香澄ちゃんも買い物?」
洸太をみて頬を赤らめ、もじもじする燈ちゃん。お察しの通り、洸太に好意を寄せている子。さっき話していた5人の中の子ではないけど、最近徐々に「6人目」になりそうだと影児と話している最中。
洸太が絡まなければ、本当に良い子なのに、どうしてこうなったのか。ちなみにこの子が洸太に惚れたのは、私のバレーの試合の最中、まだレギュラーじゃなかった香澄ちゃんが試合前のドリンクを作っている最中、私の応援をしに来た洸太が偶然それを手伝った際に一目ぼれしたらしい。私が試合している最中に何してんだ。
「い、いえ!私は友達のお見舞いに行って、もう帰るところです……!」
「そうなんだ。あ、そう言えばこの間燈からきいたけど、香澄ちゃんもレギュラーになったんだって?おめでとうね。」
「あ、ああああありがとうございます!ぜひ今度の試合、見に来てください!」
「うん、そうさせてもらうよ。ね、影児。」
「ああ、燈の応援もあるしな。」
影児は香澄ちゃんが苦手みたいで、結構そっけなく返す。ちょっと露骨でしょうに。
「洸太が弁当作るんでしょ?香澄ちゃんの分も作ってあげてね。」
「え?まあいいけど。香澄ちゃんは大丈夫?」
「信条先輩のお弁当……?そ、そんな!いいんですか!?」
「料理は無駄にうまいからな洸太は。無駄に。」
「なんで二回言ったの影児!?」
なんて。いつもの二人のやり取りを聞きながら歩いていく。商店街はすでに抜け、人通りの少ない交差点で信号を待つ。
「そう言えば香澄ちゃん、お友達の様子はどう?」
「あ、えっと……いつも通り目を覚ます気配はなくて……」
「きっと大丈夫だよ!香澄ちゃんが気にかけていれば絶対目を覚ますさ!」
「ありがとうございます……信条先輩……!」
洸太に励まされてうれしそうに笑う香澄ちゃん。昏睡状態の友達、ね……。ほんと毎日様子を見に行くなんて、良い子ね。
「……そう言えば、その友達、なんて名前なんだ?一回も聞いたことなかったよな。」
影児がふと疑問を口に零す。そう言えば私も聞いたことなかったわね。
「そう言えばそうでしたね。えっと、
「事故……交通事故なの?」
「いえ、それが詳しく教えてくれなくて……千香ちゃんのお姉さんとも交流があるんですけど、いまいち歯切れが悪いんですよ。」
「それも変な話ね。事故ならニュースとか新聞とかにも載りそうだけど。」
「ニュースにもなってないんです。なので、それも含めて心配してたんですけど……」
「心配だね。ね、影児、影児は……」
洸太が影児に聞こうとしたとき、私は影児の様子がおかしいことに気付く。
「影児?」
「……根来千香?……まさか。」
「何か知ってるんですか!?」
何かを知っているそぶりを見せた影児に、香澄ちゃんが勢いよく飛びつく。
「ちょ、あぶね……!」
「教えてください!千香ちゃんのこと……!じゃないと、友達として私……!」
「落ち着いて香澄ちゃん!洸太!あんたも見てないで手伝って!」
「あ、うん!」
洸太に香澄ちゃんと影児を落ち着かせるよう頼む。とりあえず物理的に離さないと危ない。なんせここは、通りが少ないとはいえ信号前。そして。
「―――あ。」
洸太が影児の落とした荷物に躓き、短く声が零れる。そして、私たち3人を押し出し、4人で道路へ。
クラクションが聞こえたとき、私が最後に見た物は、フロントガラス越しに見えた運転手の顔。
少し前に話題に上がっていた、
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