第32話 写真の少女

「……」


 俺は、またやってしまった。いつまで経っても経験を糧にできず、次のステップに進むことが出来ない愚か者だと、自分を憎み、呪った。


 早尾は今どのような表情をしているのだろうか。俺は恐ろしくて恐ろしくて、早尾の方を見ることが出来なかった。

 俺の目の前には、写真たてがあり、その写真の中で少年は無邪気に歯を見せて笑っているのだ。純粋無垢なまでの笑顔が。


「あの、高梨……?」


 嫌な記憶であるはずの、過去の出来事を無理やり呼び起こしてしまったはずの俺に対して、それでも俺の心配をすることができる早尾を、まるで仏に対して抱く気持ちを持って尊敬した。


「早尾が一番辛いはずなのに…、こんな時も優しいんだな?……まさか、妹が若くして亡くなってたとは。」


 早尾は俺の話を聞き、少し変な顔をしてこちらを見つめている。この状況で何でそんな変な顔するんだ?……もしかしてこの張り詰めた空気を和らげようとしてくれているのかもしれない。

 俺は早尾の優しさに思わずふっと笑った。


「仏壇、どこにあるんだ?お願いだ、挨拶くらいさせて───」


「あっ!いやっ!高梨!違う違う!勘違いしてる!」


 俺が、家にあるだろう妹の仏壇に、兄である早尾に日頃お世話になっているので、ご挨拶をと思っていたが、とても凄い勢いで俺が最後まで言う前に遮った。


「え、?なに?勘違い?……は?勘違いって?」


 俺はやっと早尾の方に向き直り、顔を真っ直ぐに見た。


 勘違い、と言われてまず何が真実と異なった事柄だと思い返してみる。


 妹はいると早尾が自ら言ったわけだからそこが勘違いというわけではないだろうし。なら、他に思いつくのは妹の『死』だった。

 確かに、早尾が自ら『妹は死んだ』とは口外していなかった気もする。え?なら俺の早とちり?……まじか。あ、いや死んでないならそれは喜ばしいことだし、良かったぁって安心もしたけど。


 だとしたら一体妹がどうしたのだと言う意味で早尾の方を改めてまっすぐ見た。

 早尾は少し苦笑を浮かべてはははと笑う。


「まず、整理すると妹は実際に生きてるし、死んでないよ?」


「な、なるほど」


 妹はどうやら実在した人物であり、今もまだ生きている、と、


「あれ?じゃあどうして家にいないんだ?」


 早尾はそこで真面目な顔に戻り、覚悟を決めた様子で話し出した。


「実は、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、僕のお父さんとお母さんはもう何年も昔に離婚したんだ」


「……え?り、離婚?え、じゃあ今の親御さんは……」


 シリアスは勝手な勘違いで実はもっと緩い話なのかと思っていたが、あったのはシリアス→シリアス、だった。結局シリアスなのかよ!


「うん。僕はお母さんに着いて言って、その母さんは数年前に再婚したんだ。中学生の頃かな」


「再婚…。あ、じゃあ妹はお父さんの方に?」


 話が見えてきた。だから妹はこの家に居ないのだと言うことも確認をしなくとも理解出来た。


「そういうこと。だから妹は血の繋がった本当の妹で、お父さんの方に着いていくことになったから僕とは別々なんだよ」


 何故離婚したのか気になりはしたが、それを聞いてもどないしようもないし、赤の他人に変わりない俺にとって、関係の無い話なのだからそこまではよそうと思った。


「そうか。なんか、どっちにしろあまり良い思い出ではないな。ごめんな」


「いや、いいよいいよ。この話、いつかしないとなァって考えてたし」


 気にしないでくれと言った感じで顔を横にフルフルとふった。


「そうか、妹か……」と呟いて俺は写真たてを掴み、よく顔を見た。

 白いワンピースと良く似合う光沢のある艶やかな長髪の黒髪。清楚に感じるコーディネートには自然と脳内で麦わら帽子が良く似合うのだろうなと思いながら、どこかで見た優しい笑顔がとても可愛い。


「自慢の妹なんだ。まぁ、僕がこうなってから嫌われてるんだけどね」


「確かに。これは自慢の妹だな」


 そう言ってニカッと俺も自然に笑った。

 俺は一人息子なので、弟とか妹、兄や姉などに憧れていた。子供がどうやってできるのかを知ってからというもの、親の年齢的に弟妹は望めないから、親戚の年下の子をよく可愛がったものだ。


 しかし、早尾にも妹が居たのかと早尾のことがまた一つ、二つと知れたのが嬉しかった。


「早尾は妹の為にも、南を攻略するためにも痩せないとな?」


「うぐっ…」

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